簾の奥
城門での静かな騒動(?)が納まり、使節団一同は王城に迎え入れられ、王宮へと案内された。
使節団の控え所として用意された王宮の大広間では、使節団のうち、セレステとオディーリネ、そして二人の外務大臣とーー今度は使節団の一員として一緒に地上に降りていたノルガーとが、バリアーダの外務長官、カンタトラと歓談していた。
そこへバリアーダの国王、プライ・マハの使者が現れ、謁見の準備が終わったことを告げた。
「プライ・マハガ、使節団代表の方々との謁見をお許しになりマシタ」
使者の話が変わったイントネーションになっているところから、セレステはこの使者はバリアーダ語で話しているな、とわかった。
どうりで、そばでは通訳がオディーリネとノルガーに、フェリデリア語で伝えていた。
『言語チートがあるのはありがたいけど、なんでも分かってしまえばなー
全く別の言語で話しているのに、全然気づかない問題とか、ないかな?』
セレステが一人そんな懸念を抱いている側で、カンタトラが一行に、謁見に参るように話しかけた。
「では使節団代表のみなさま、参りましょう。
打ち合わせの通り、使節団代表の二方とフェリデリアの王弟殿下。
外務大臣の二方に通訳。
そしてご要請通り記録担当の書記官。
以上の方々でよろしいですか?」
その人員は事前に合意されていた通りで、謁見直前にいきなり変更されるわけもない。
打ち合わせ通りの一行が案内に従い、謁見に向かった。
王宮の風景はどことなく地球で言うアジア風の建築様式をしていて、気候のせいか廊下は開放的になっていて、風通しのいい造りをしていた。
そんな長く、結構入り組んだ廊下を歩み、一行は荘重でありながら華麗な浮き彫りが施されている、巨大な扉の前に辿り着いた。
「フェリデリア、ケイレス両国の使節団代表が参りマシタ」
一行を呼びに来た使者が扉の前でそう告げると、その荘重な扉がゆっくりと開かれた。
「さあ、どうぞお入りを」
そう言いながら先導するカンタトラ長官の後を追い、使節団一行は扉をくぐって部屋に入った。
そこは謁見室などではなく、朝礼の間のようだった。
バリアーダの宮廷臣下たちが両側に整然と並んでいる中、玉座と思しき、簾が下げられている所まで、赤い絨毯が敷かれていた。
宮廷臣下たちが見守る中、カンタトラに導かれた一行は絨毯の上を進み、簾の前に立った。
慣れない光景の前でオディーリネやノルガーなどの面々は心の中で結構当惑していた。
しかし、セレステだけは韓国や中国の宮廷劇でも見ているかのようで、興味津々だった。
「プライ・マハニ、礼ヲ」
簾の前、向かって右側に、ドライカ・ラプティの男性が立っていた。
おそらく高位官僚か、プライ・マハの側近と思しき彼の指示に従い、一行は片膝をつき、拝礼した。バリアーダの礼法では、プライ・マハの前では平伏するのが礼となっているようだが、使節団は外国人だから、自国の礼法に従ってもいいと、事前に合意していた。
しかし、団長の二人はそれぞれ国王の代理であり、ましてやオディーリネは副王の身分であるゆえ、膝をついたり、平伏することは許されないし、要求もしない。対等な王国同士の外交だからだ。
二人は軽く頭を下げるだけで礼を済ませた。
「面を上ゲイ。
皆のモノ、遠路はるばる大義でアッタ」
簾も上げず、言葉だけを伝えてくるプライ・マハ。
しかし、低音でよく響くその声には、なんとも言い難い、不思議な力を感じた。
それはまるで、その声だけで相手を威圧するかのような、そんな感覚だった。
使節団はみんな、圧倒されるような気分だった。
たった一人を除いて。
『へえ〜渋い声だな』
セレステにとっては、何かのドラマ体験でもしているような気分でしかない。
そんな様子に気づいたのか、プライ・マハが話しかけた。
「フェリデリアの王父卿」
「はっ」
「そちハ、異世界からやってきた者だと聞いてオル。
相違ナイカ?」
他の者は、その問いに並々ならぬ圧迫を感じて震え上がった。
しかし、セレステは平然と答えていた。
「はい。
空の彼方、地球という星から参りましてございます」
そのケロッとした態度に、周りのバリアーダの臣下たちさえ、驚きの色を帯びていた。
プライ・マハの威光の前で、どうしてあそこまで平然といられる?
その当惑はセレステの一行である使節団も感じていた。
ひいては、プライ・マハそのヒトすら。
「…あい分カッタ。
使節団の皆、ご苦労デアッタ。
実りある訪問になるといいダロウ。
苦しゅうナイ」
プライ・マハの声に変わりはなかったが、微かに当惑したような気配をにじませていた。
簾も上げず、王の顔も見せずで謁見が終わったが、使節団のみんなはそれを指摘するところではなかった。
終始ケロッとしていたセレステはというとーー
『プライ・マハって、女性だったかな?』
例の宮廷劇などで女王や母后が簾の奥で統治するのを見ていたから、すっかりそんなことだろうと、早とちりしていて別におかしいと思ってもいなかったのだ。
いかにも男性らしき、低音で野太い声のことは…ガーネサのこともあるし、ラプティなら尚更、おかしいことでもないのかも、と勝手に勘違いしていた。
果たして、これを謁見と言っていいのかわからない状況ではあったが…
その威圧感の前に生きた心地がしなかった使節団は、謁見が終わったことを幸いと思いながら、朝礼の間から退いていた。
「なんか…凄まじい存在感でしたね?」
「副王殿下も、そう感じられましたか」
使節団の他の人員が待機していた大広間に戻ってきて一息ついた後。
オディーリネとノルガーはそうため息をついた。
「若手外交官として赴いた時にも謁見は叶っていませんでした。
私としても今日初めてプライ・マハの前に立ったわけですが…
あれほどの威圧感を放っておいでとは、全く知りませんでした」
「聞くに、バリアーダの貴族でも、滅多にあのお顔を拝見できないとか。
しかし…さすがはセレステ閣下、というべきでしょうか」
「うん?
……私、何かしましたっけ?」
いきなり話を振られたセレステが、怪訝そうな顔で聞き返した。
そんなポカンとした顔に、他のみんなは呆気に取られた。
「…レギス・セレステ?」
「セレステ卿?何も感じていませんでした?」
何もわかっていないようなセレステに、ナデントとオディーリネが訝しそうに質問したが、セレステは全く何もなかったかのように、ケロッと答えた。
「何を?
…あ、女王にしては渋すぎるお声?」
「「「「はあああああ!?」」」」
何をバカな。
4人の思いも、声も、見事にハモった。
「いや、あの声のどこをどう聞き取れば女王という結論に?」
「親父、とうとうボケた?」
「変ですわよ!ありえません!」
「私は、こんな男に惨敗を喫したのか…」
四人に散々言われたセレステは、なぜかはわからないが悔しい気がして反論しようとした。
「…いや、ひどい言われようですけどね。
あの簾、女性だから顔を見せないように下げていたのでは?」
「あのカーテンらしきもののことですか?
そんな話は、初めて聞く。
一体どこの常識ですかな。
少なくとも、ここバリアーダではそんな慣わしはありません」
「そうですな。男女の勤務空間を別にするぐらいはあるかもしれませんが」
ナデントとムアの連携攻撃で『簾の奥の女王』説は論破された。
そこで止めたら良かったのを、セレステはつい、いらないことを口走ってしまう。
「…いや、すまん。
ラプティはエイヴィア以上に、男女の区別が難しくて」
「レギス・セレステ!
本当のことでも、御本人の前ではお控えください!」
「ええええ!?
セレステ卿、私たちのこと、そう思っていらした?」
「あ」
思わず本音を明かしてしまったセレステのせいでガヤガヤ騒ぎになっている一同。
それを見ていたノルガーが、ぶつりと言った。
「バカ」
「いや、正直あなたたちエイヴィアだけではなく、アンテロの性別も区別がつかないことがしばしばありますからね?
別に悪意はなかったようですし、大目に見てやってもいいと思いますよ?
ほら、本人も反省しているようですし」
「自分で言うかそれ!」
セレステのボケにノルガーが容赦なくツッコミを入れた。
まさに阿吽の呼吸の漫才と言えなくもないが、惜しいことにトゥシタには漫才の文化はない。
「ま、まあ…正直、私たちエイヴィアもアンテロの方々のこと、服装とお声がないとよく勘違いしてしまいますし…」
「エイヴィアの方々はスカートも穿かない上に、男性でも美声の方が大勢いてですね…」
「「「「正直、ややこしい」」」」
セレステの失言が、図らずも異種族同士の共感を導いてしまっていた。
「メデタシ、メデタシ」
「だから自分でいうなって」
なんか訳のわからない漫才を見せる親子の側で、オディーリネが疑問に思うことを口にした時だった。
「では、プライ・マハが女王だというセレステ卿の話にも一理…」
「ありません。違います」
「きゃあ」
いつの間にか一行の後ろに来ていたカンタトラに、オディーリネがびっくりして悲鳴を上げた。
「あれ、カンタトラ殿。
行けませんなー女性を驚かせたりしては。
しかも、オディーリネ殿下は女性だとご存知…」
「いや、そのネタいつまで引っ張る気だ?」
またノルガーにツッコミを入れられるセレステを見て、カンタトラは不可解さを感じた。
周りの全員は身分も高く、慎重な人物ばかり。
故に、こんな馬鹿げた雰囲気に巻き込まれることはそもそもないだろう。
なのに、なんでその中心にこのヘラヘラする男がいる?
しかも、最高の権力と古今無双の力をその手に握って。
「それで、どういうご用でしょう?カンタトラ長官殿」
またセレステのペースに巻き込まれないよう、ナデントがサポートに回った。
「そうですね。
謁見の儀も無事終わったところ、そろそろ使節団の業務を始めていただきたく存じまして」
「ああ、確かに。
我ら外務担当者の会談もありますし、その他の交流の催しとか…
テンゲルにいる、両国からの一般訪問客の王都訪問の許可は?」
「すでに下っています。
私たちとしても、結構期待しておりますが…」
なんだか言い淀みながらセレステを見つめるカンタトラの視線に気づき、全員の視線がセレステに注がれた。
「…また何かやらかした?」
「そんな暇などなかったじゃないか!
…まだ
あ、まさかプライ・マハの性別のことで…?」
「…それではありませんが…
もちろん、そのようなご冗談はお控え願いましょう。
国家元首への不敬と捉えかねませんから。
生憎ですが、プライ・マハからの呼び出しです」
話し方こそ穏やかだが、後はないという警告ははっきりと伝わってくる。
しかし、問題はしれっと付け加えられた最後の伝言だった。
「…呼び出しですか?
誰を?」
「今誰に言っているとお思いで?」
また、自分に注がれるみんなの視線を感じて、セレステは驚いてしゃっくりをしてしまった。
「ヒック?」




