アロハシャツ
「おや、もうお戻りでしたか」
使節団が事務室代わりに使っていたホテルのカンファレンスルーム。
地球から戻って来てそこに来たセレステを見て、ナデントが話しかけた。
「ええ、まあ。
地球で一休みして、用事を済ませてトゥシタに戻ってきても、3時間もかかりませんから。
ライン・ラチャバタとの用件を済ませて来てもですね」
「1日をヒトの倍近く活用できるわけではないですか。
それは羨ましいというか…」
「いや、度々仕事も倍近くやることもありますよ?
別にいいことではないかも」
一国の大臣たる忙しい身として、率直な感想かもしれないけど、張本人のセレステとしては寿命も2倍で消耗しているのでは、と心配しているということはあえて言わないことにしていた。
それでなくてもアンテロの寿命に比べて短すぎる自分の寿命のことで、更なる心配をかけたくはないからだ。
「それで?ヤープライ・ナンタリアデには何をなさいましたか?」
興味深そうな顔で聞いてくるナデントだったが、セレステはニヤリと笑うだけで、その内容は言わなかった。
「何、首都に着く頃には自ずとわかるようになるでしょう。
それまで、ゆっくり南国旅行を楽しもうではないですか」
「いや、旅行というか、公務遂行中ですけど…
それより、一つ、いいですか?」
「はい?」
「なんだか、結構自由奔放なお召し物のようですが…?」
訝しげな目でセレステを見ているナデント。
それもそのはず、今のセレステは、派手なアロハシャツに幅広のショートカーゴパンツ。
地球の南国リゾートそのままの格好だった。
「ああ、それがですね…
クソ暑いじゃないですか。
地球人はですね、こんな亜熱帯気候では、長袖長ズボンなんか着たら…
蒸れて倒れますよ」
それに、汗腺のないアンテロとは違って、全身から汗をかくからびちゃびちゃになるのも嫌だった。
「正直、少々はしたない服装では…
と言いたいところではりますがね。
ずるいと思いませんか!?お一人で涼しい思いをして!?」
流石にナデントも、なりふり構っているところではなかったようだ。
何しろ、犬科の彼らしく舌を出してハッハッと呼吸したいところを、ずっと我慢していたから。
「そういえば、靴はちゃんとサンダルをお履きでしたね?」
「ええ、そうでもしないと靴の中が汗でびちゃびちゃに…」
外交官時代にバリアーダに出張していた経験を生かしてはいたようだ。
流石に服装まではそうはならなかったみたいだけど。
「いや、ずるいも何も、ホテルの記念品コーナーで売っていますよ?
早く行かないと、売り切れになるかも」
急に地球に行って来たのには、この目的もあったのだ。
テンゲルが南下するにつれ、気温が上がってもうすっかり亜熱帯になっていた。
熱帯対策を思いついていなかったスプラ・ヌベスの客相手に、リゾート気分を満喫してもらうために地球の夏服を仕入れてきた。
それを、数を増やしたりサイズを調整したり、形質変換で色を変えたりして、記念品コーナーで販売するように指示しておいたのだ。
もちろん、サンダルやスリッパーもバッチリ。
「…本当、抜け目のないお方だ。
公務中というのに、自分の商売もきちんと行われますね?」
「いやいや、人聞きの悪いことを。
私はただ、ホテルのオーナーとして、お客様に快適な旅行を楽しんでいただきたく、ですね」
「はいはい、そうでしょうね。
では、私もその地球の衣服とやらを見にいきますよ。
君たちも、夏服を買いたい者は交代で売店に行くように」
ぬけぬけと答えるセレステに、ナデントはやれやれと言いたそうな顔でそう言いながらも、早速何人かの部下たちと共に部屋を出た。
「携帯扇風機も売っているって…
まあ、特に教えなくても行ってみればわかるよな?
ホテルの室内ではエアコンが効いてはいるけどねー」
実はテンゲルを覆っているフィールドによって、気温や日差しは調節できる。
でも、それに慣れていてそのまま地上に降りたら、かえって危険になる恐れがある。
だからあえて、調整せずにおいたのだった。
「そうでもしないと、せっかく南国まで来たのに、暑いから降りたくないとか…
碌でもないことを言う連中が出るんだろうな。
…商売もできるし」
セレステのそんな目論見とは関係なく、夏服は売れていた。
薄くても丈夫で風通しのいい地球産の生地にゆったりとしたデザイン。
その地球産の夏服の数々は、物好きな貴族や金持ちの間で結構評判になっていた。
そして、ケイレスでの経験を活かしてゆっくりと色んなところを寄っているうちに、それを着て地上の観光に降りたスプラ・ヌベスの客によって、バリアーダでもその服装は話題になっていた。
それに加えて、北部では日照の問題で一箇所に長く滞空していなかったけど、亜熱帯から熱帯にかけているバリアーダではむしろテンゲルの影が暑い太陽光を遮断してくれると評判になっていたのは、ちょっと可笑しい誤算だった。
ゆっくりとバリアーダ国内を遊覧しながら、入国して六日目になった朝。
テンゲルはバリアーダの首都、ムーアナティの近郊に滞空していた。
そこから、今回はドローンに乗ったセレステが城門を目指して下降していた。
ケイレスの時は威圧する必要があった。
そしてバリアーダ入国時はアレ対策が必要だった。
だからデュエマ編隊を出していたけど、今度はそこまでする必要はなかったのだ。
ただ、フェリデリアとの交流に不満を抱いている連中の出鼻を挫いてやるだけで十分だったから、テンゲルの存在だけで十分かもしれないぐらいだった。
ケイレスでもそうだったように、翼をもつ種族ならではの、「空は我らだけの領域」という意識に、ひびを入れてあげるだけで十分だったのだ。
そして、この暑い炎天下、わざわざ上下黒づくめで着飾って、ミラーサングラスまでかけたセレステの出立ちが、異彩を放っていた。
黒一色でも、通気性のいいリネンの衣服だからそんなに暑くはないーー
ということは、あえて伏せておいた。
見るからに暑そうなその服装は、朝なのに天幕まで設けていた歓迎団の目にはどう映ったんだろう。
その中には、ミラーサングラスをセレステの目だと勘違いして、奇怪な生物体が現れたと怖気づくものまでいた。
そんな雰囲気の中、どう話しかければいいかわからず、歓迎団の面々が困っているのを見て、セレステが先に話しかけた。
「フェリデリア王父卿、レギス・バシ・オオテル・セレステ。
マルク・オオテル・テンゲルにして、ケイレス女王の友。
此度の親善使節団の団長として参った次第である。
貴殿らの代表者に、名乗り出てもらおうか」
セレステとしては日本語でスラスラ言っているつもりだが、相手には多分、言語チートでバリアーダ語として聞こえているはずだ。
そして、歓迎団のなか、一人のエルマ・アンテロが前に出た。
「お迎えが疎かったご無礼を、どうかお許しください。
バリアーダの外務長官、プライ・チューラ・カンタトラでございます。
ようこそバリアーダへ…というべきでしょうけれどーー
お一人ではございますまい?」
どういうことか、イントネーションがおかしかったりすることは感じられなかった。
多分、彼が今フェリデリア語で答えているからだろう。
名乗り出たカンタトラに対し、セレステはサングラスを取って、軽く微笑みながら答えた。
…サングラスの下に両目があるのを見て、再び息を呑む者もいたが、セレステは意に介さなかった。
「これはこれはご丁寧に。
感謝します。
もちろん、先発として来ただけです。
ちょっと、周りの人々を下がらせてもらえますか?」
いきなり下がらせろなんて、何をする気だ、と怪訝に思いながらも、周辺の人並みに下がるように命令すると、セレステが軽く一礼してーー
目の前の何もなかった空間に、巨大な扉が開かれた。
「フェリデリア使節団、およびケイレス使節団。
総183名、降りて来るように」
歓迎団が目の前の超常現象にざわめいている中、使節団がきちんとした隊列でゾロゾロとその空間に開かれた扉から出てきて、扉と歓迎団の間、空けられた広場に並んだ。
「…我が国に降りてきた時も、歓迎団があんな顔になっていたんでしょうな…」
「そう…よね?」
歓迎団の面々が、落ちた顎を収拾できずにいるのを見て、オディーリネとムアは、少し複雑な気分になった。
確かに彼には少なからず助力してもらって、「女王の友」として友好関係と宣言してはいるが、もし彼がそんな気にさえなればーー
王城、いや、王宮内に兵力と共に乗り込んでくることすら、不可能ではないのだ。
「少なくとも彼の存命のうちには、フェリデリアとは友好関係を保つしかありますまいな」
「あら、まだ夢見ていたの?」
「……滅相もございません」
二人がヒソヒソと、そんな会話をしている時だった。
「ケイレス使節団代表、オディーリネ副王殿下!
お出ましいただけますか?」
二人の使節団長と歓迎団長、その三者の対面のために、セレステはオディーリネを招き寄せた。
「殿下」
「ええ」
ムアとの会話を終え、使節団の前に歩み出たオディーリネを見て、バリアーダ歓迎団が再びざわめいた。黒鳥の彼女はあえて白い礼装を纏い、その黒い翼との鮮烈な対比で、ひときわ目を引いていたからだ。
ちなみに、使節団の礼装はセレステが形質変換させ、冷感素材へと変わっている。
流石にアロハシャツとショートパンツという、観光地気分丸出しの格好で公式な場所に出るわけにはいかない。
とはいえ、新造する時間もなかったから、やや突貫で使節団全員分の礼装を複製・変換したのだ。
「ケイレス副王、オディーリネ・チャイカ・ドラ・ケイレスである。
此度の親善使節団の団長として参上した。
此度のような大規模訪問は史上稀に見ることだと思うが、よしなに」
確かに、北のケイレスから大使は交換しているが、その多くは少人数で、アンテロがフェリデリアを経由して着任するのが通例であった。
今回のように、大人数のエイヴィアが訪れたのは、両国の交流史を見ても初めてと言っていい、大事件だった。
『両方とも翼と腕を併せ持つ6肢生物だし、爬虫類と鳥類なわけだ。
もしかすると、南と北に分かれてそれぞれ進化した、遠い親戚に当たるかもしれないけどな』
歴史的な出会いを前に、スケールこそそれ以上に大きいことを考えてみるセレステだったが…
鳥類が恐竜の末裔という説はあくまでも地球の学説な訳で、それがここトゥシタでも当てはまるかどうかは、誰にもわからないことだった。




