忌み時期
「ムアに、同情するわ」
デュエマが編隊で飛んでいるのが功を奏したのか、それでなければそもそもこちらに興味がないのか、テンゲルの下を飛んでいたアレとは接触することなく順調に国境へと飛んでいた途中、オディーリネがぶつりと言い出した。
「はい?」
「こんな巨大なものが、飛べるというだけで信じられないことなのに…
しかも、ここまで高速で飛べる?
ということは、ヒト型をしている以上、他のこともできるということだよね?
…いったい、なにができるんだろうと考えるとね…」
「ははは…
巨大なのが飛べると言っても、あのアレも飛んでいるんでしょう?」
そういうセレステを見もせず、頬杖をついたまま、オディーリネが言い続けた。
「それはどうかしら?
アレって、勝手に動く生き物でも、気候の問題でフェリデリアにも上がってこれないって聞いたの。
それなのに…この、デュエマ?はね、貴方たちの思うがままに操れるんでしょう?
気候の問題もないようだし。
乗り手次第で…
ね?」
気まずい沈黙は、そう長くは持たなかった。
「いやあ~
うちの陛下は、デュエマなんか、いいオモチャ以上には思っていらっしゃいませんからね~」
「あら、そうなの?
ずっと、そのままだったらいいけど」
「ええ、本当に」
それを機にオディーリネが黙り込んだと思えば、視野にバリアーダの国境城塞らしきものが入って来た。だんだん近づくにつれ形態がはっきりと見えて来た。
それは、高く聳え立つ何か節のある巨大なパイプのような形をした柱の間を、城壁で繋いだような形をしていた。
「え、あれって…まさか?」
ズームしてみてその柱が何なのかに気づいた途端、コクピット内にアラームが鳴った。
「なんだ?」
*向こうの城壁から、何かが飛んできています。
たぶん、相手の迎えでしょう*
「飛んでくる…って、エイヴィアかな?
どれ…」
と、飛んでくる集団にマーカーを合わせ、ズームしたセレステは、つい絶句してしまった。
「…あら、ドライカのラプティじゃない。
私も実際見るのは初めてだけど」
その、オディーリネの発言に、セレステは先日ナデントからエイヴィアもラプティも、アンテロにとっては性別区分が難しいと言っていたのを思い出した。
『ラプティって、レプティリアンのことだったのかよ!!!!!』
こちらに飛んでいる集団は、背中に皮膜の翼が生えた、ヒト型爬虫類。
しかし、セレステの思い出したレプティリアンとは少し違う。
リザードマンかドラゴニュートに近い頭をしていた。
こちらに近づいていた彼らもまた、デュエマの大きさのせいで遠近感がバグっていたのか、近づくにつれだんだん巨大になるデュエマに混乱を覚えているみたいだった。
***
「イヤイヤ、まさかあのようなもので飛んでこられるトハ。
驚きマシタゾ」
「ああ、もっと簡単な手段で来る気だったがな。
アレが飛んでいたので、安全な方法を選んでああなった」
「オット、アレガ。
ソレハ、賢明な判断をされマシタナ」
ドローンで一人で先行して城壁の上で入国の手続きを終えていたケイレスの時とは違って、今回は6機のデュエマ全機が城内に迎え入れられ、セレステとオディーリネはその近くにある官庁のような建物に案内された。
「貴賓のご訪問デスカラ、ヤ―プライが出迎えに来るべきデシタケド、お生憎様、ヤープライが今、外出できない時期にオリマシテ、ラインのワタシが代理にお出迎えに来た次第にゴザイマス」
セレステとオディーリネを迎えたのは、なにかしらのトカゲの頭をした、四つ腕のラプティの男だ。
自分のことをライン・ラチャバタと紹介した彼は、ここの太守であるヤープライ・ナンタリアデの代理として出てきたことを告げてくれた。
「なんと、体調がすぐれないのか?」
「イエ、そんなことではナク…『忌み時期』デシテ」
何か言いにくいことでもあるかのように、言いよどんでいる。
その様子を見て、セレステはここでは聞かない方がいいと判断した。
後でナデントにでも聞けばいいだろうと考え、それ以上聞かないことにした。
「そうか。お会いできないのが残念だな。
では、君に信任状の確認を頼めるか?」
「モチロンでゴザイマス。
既に2枚全部、問題なきを確認してオリマス。
バリアーダへ、ようこそ来てくださいマシタ。
書類にあった他の方々ハ、あの空飛ぶ大地ニ?」
「ああ、そうだ。両国の使節団と、観光客がな。
人員に関しては、書類で確認したな?」
「ハイ。そちらも問題ありませんデシタ。
このまま入国されても結構デス」
かれこれ無事入国手続きを終えたセレステは、さっき城壁を見て気にしていたことをラチャバタに聞いた。
「一つ、気になることがあるがな。
城壁の至る所にあるあの大きな柱…?のようなもの…
まさか、竹…なのか?」
「オオ?よくご存知デスナ。
そうデス。あれはタケの木デス。
アレがあの木を忌むノデ、近づいて来マセン」
まさかと思ったけど、あの巨大なのが本当に竹だったとは。
でも考えてみれば、フェリデリアの家畜のことや、ミルクとタマゴが木になることなどを考えると、あんな竹がいて、不思議ではないかもしれない、とセレステは思った。
何しろ、地球の竹だって驚くほどく高く育つものだから。
「しかし、アレだって飛べる生き物ではないか。
あれぐらい、飛び越えられると思うが?」
「ソレガ、昔から伝わってくる知恵ですから原理まではよくわかりマセンガ…
アレを遠ざけるなんかの成分を発散しているようデス。
多数を並べてオクト、その作用が強くなるとイイマス」
何か、虫よけの樹木みたいだな、と思いながらも、一応城壁内ではアレの接近を気にしなくてもいいということに、セレステはひとまず安心した。
テンゲルならアレが近づけない高空へと上がってしまえばいいが、もし使節団や観光客が降りてきた所を襲われたら大変だからだ。
「いろいろと感謝する。
では、私たちは首都への道を急ぎたいのでな…
これで失礼させてもらおう」
「勿体なきお言葉デス。
史上初の空中使節団の皆様のお出迎えと手続きがデキテ、光栄でゴザイマシタ。
ヤープライもさぞ悔しがるデショウ」
「はは、それはご愁傷様」
などと、社交辞令を交わしながら官庁から出てきたセレステとオディーリネはハーヤ・ナクマに乗り込み、6機のデュエマはテンゲルへと飛び立った。
「まあ、訛りが酷いと言いましょうか、異国語なので全然聞き取れなかったわ。
貴方は、よくやり取りできていたのね」
「え?いや、さすがにイントネーションの差こそあっても、聞き取れないぐらいではありませんでしたけど…?」
「貴方にはそう聞こえてた?
ふうん、私が北方の出身だからかな」
そう言えば、官庁でオディーリネがずっと黙っていたのは、話したくても言葉が通じなかったからか。
そう思いながら、テンゲルまで飛んで帰るのも面倒だと感じたセレステは、空中に巨大ゲートを開いてそれでテンゲルに直行した。
テンゲルに戻って来たセレステはナデントに会い、入国手続きを終えたことを伝えて、気になっていたことを聞いた。
「あちらの太守さんは『忌み時期』とかなんとかで、副官らしきヒトに処理してもらったけど…
なんですか?『忌み時期』って?」
「おや、そうでしたか。
まあ、アンテロやエイヴィアにはない習慣ですけどね…
ぶっちゃけ、『脱皮』です」
「あ、ああ…
それは大変ですな」
「ええ、彼らにとっては、年に一度、本当に大変な時期だそうです」
それはもう、地球の爬虫類にとって命がけになることもあるというからな、と思ったセレステは、もう一つ気になっていたことを聞いた。
「そういえば、彼らの言葉…オディーリネ殿下は全然聞き取れなかったようですけど」
「あれ?あちらで通訳は?」
「む?いや、すこしイントネーションが特異なだけで、私は普通に会話できましたけど?」
「…は?
そんなわけないじゃないですか!ちょっと似ている言葉こそあっても、外国語ですよ!」
「…え?」
そう言えば、あちらの皆もセレステが通訳も介せず会話できるているのをみて、驚いていたような気が…しなくもない。
まさか、初めてトゥシタに来た時のように、『聞いていたらわかるようになった』と?
『言語チートか!
いや、便利だからありがたいけどなぁ…』
そばで、ナデントが獲物を狙うような目でこちらをジロジロ見ているのがすごく気になる。
「レギス・セレステ江……」
「いや、そんなことはさておき。
ちょっと、地球に行ってきますね」
「チキュウに?こんな時にですか?」
いきなりの地球行宣言に、ナデントが今度は訝しむ目でこちらをみる。
「はい。地球でやることもあるし…
『忌み時期』と聞いて、こちらのヒトビトに恩を売れるかも、と思いましてね。
うまくいけば、いい交易品ができるかも」
「ほほう?
さすがレギス・セレステ。抜け目のないお方だ」
「なに、うまく行けばの話ですよ。
そういうことで、行ってきます。
アリメカリセス、航行速度はケイレスでのと同じくだ」
その言葉を残して、セレステは地球に繋がるゲートをくぐっていた。
「お任せください、マイロード」
***
「ダ、ダレダ!」
何時間前にテンゲル通過した、バリアーダ国境付近の官庁。
そこを警備していたドライカ・ラプティの兵士たちは、いきなり虚空から扉を開いて現れた怪人物に驚き、武器を構えていた。
「ああ、すまぬ。
さっきここを寄っていた、フェリデリア使節団の団長、レギス・セレステだ。
ライン・ラチャバタに用件があって戻って来たわけだが、取り次いでもらえるか」
いきなり現れては、こちらの言葉で話しかけてくる怪人物。
普通なら、一人で現れて使節団の団長云々したって、信じるはずもないが…
今回ばかりは、あの『フーマニタ激似』の外貌が、いい仕事をしてくれた。
何時間前、ラインに面会して去っていた外国の使節の貴族様が、フーマニタ激似のアンテロ(ということになっていた)だったという噂が、すでに兵士や役人たちの間に広まっていたからだ。
一応警戒しながらもライン・ラチャバタに報告し、半信半疑しながら事務室から出てきたラチャバタは、訪問者が本当にセレステだとわかって、大慌てでセレステを自分の部屋に迎え入れた。
「セレステ閣下!これはイッタイ…
トニカク、どうぞお入りクダサイ」
「ああ、失礼する。
いきなり戻って来て驚いているだろうけどな…」
事務室のソファを勧められて早速、セレステは用件を言い出した。
「ヤープライ・ナンタリアデが、大変な時期だと聞いてね。
よりにもよってそんな時期にやって来た詫びというか、お礼を、と思ってだ。
忌み時期を少しでも楽に過ごせるようなのを、とな」
「ハ…イ?」




