双子、お揃い
「えー面倒くさい!」
セレステに何を聞いたか、オディーリネ姫がそう愚痴を言った。
「姫様…」
「ええ、分かります、分かりますとも。
本当に面倒くさいことですよ、うんうん。
何、私はあくまでも、『そんな方法がある』と申し上げただけです。
後は、女王陛下と姫様でお決めになられること」
他愛のない話をしているように見えるが、今セレステとオディーリネ姫は、ケイレスの王家の運命にかかる、とても重要な会話を交わしていた。
「確かに…それは妙案ではありますね。
陛下と姫様が双子の姉妹だからこそできる方法でもあります」
「もう、ファドラセナ、あなたまで!
…それはもちろん、わがままを言っている場合ではないというのはわかるわ。
でも…それでいいの?本当に?」
そう言いながら自分を見る姫に、セレステが稀に見る真面目な顔で答えた。
「躊躇われるのは、当たり前でしょう。
でも、姫様の愛する姉上の、女王陛下のためのことでもあります。
そして…」
…ニヤリ、と笑いながら付け加えるセレステ。
「あいつに一泡吹かせたい、と思われませんか?」
「むっ。
それで誘ってくるなんて、卑怯じゃない!
…でも、面白そう」
「でしょう?」
とても不謹慎に見える会話だが、今二人が交わしている話の内容がこの部屋の外に漏れたら、ケイレスの政治には大波乱が起きるだろう。
イラガンデ宰相がそう考えているのとは関係なく、セレステとオディーリネ姫は雑談でも交わすかのように、話を続けていた。
***
「女王陛下からの重大発表とは、何なんでしょう?」
「さて、外国の使節団が来ているというのにですね…」
使節団が到着した次の日。
重大な勅旨があるという発表で、大謁見室に集まったケイレスの宮廷貴族たちは、なぜかそこに同席しているセレステとナデントをちらちらと見ながら、気になることを話し合っていた。
「まさか、譲位されるとの仰せとか?」
「いやいや、それはないでしょうな。はは」
ムア派閥の者たちがひそひそとそんな話を交わしている中、内務大臣のムアが宰相に歩み寄りながら聞いた。
「宰相殿、これはいかがなことでしょうかな?
内務大臣である私も知らないお勅旨とは」
「さあ。それはそなたの怠慢ではないか?
陛下の仰せに、いつからそなたの許可を必要とした?」
‐ びくっ
ムアの眉間に、皺が寄る。
『小娘が、この私によくも!』
周りの貴族たちも、二人のやり取りに息を飲んで様子を窺い始める。
勤王派も、ムア派も、中立を堅持しているその他の貴族たちも、並々ならぬひりひりとした空気を感知していた。
そんな中、全く我感ぜずな態度の二人は、ひそひそと、意味不明な話を交わしていた。
「そろそろですかな?」
「でしょうねー」
そんな緊張感に満ちた大謁見室の空気を切り裂いて、女王の侍従の声が鳴り響いた。
「女王陛下の、お成りー!」
雑談が止み、場内の皆が頭をさげ、静まり返った大謁見室に、真っ白な正装を纏った女王が入って来た。
その後ろには、真っ黒な正装を身に纏った、オディーリネ王女が付いて歩いている。
普段は玉座のある段の下、臣下たちと同列に立っているか、女王より遅れて入って来て女王の後ろに控えるのが彼女の立ち位置だったが、今日はどういうことか、同時に入場していた。
女王は黙々と歩いて、二つある玉座のなか、向かって左の方に座った。
そして、右の玉座にーー女王の後ろに立つべきだったオディーリネ王女が、腰を掛けた。
「くるしゅうない」
女王の言葉に、頭を上げて段の上を見た貴族たちが、予想外の光景に目を見開いた。
右の玉座は、普通は王妃の座であるが、王が男子ではない女王の場合、女王の伴侶には政に口出しをする資格を与えない上に、今の女王は未婚の身だから、空けておくべき玉座だった。
そこに、あろうことか、女王の妹であるオディーリネ王女が座ってしまったのだ。
それを見た場内の貴族たちに、衝撃が走る。
戯れが、過ぎるのでは?と言いたいところだが、女王がまだ口を開いていないのに、そんなことを言い出す不敬を犯すものはこの中にはいない。
たとえムア派閥であってもだ。
誰もが何も言えない、張り詰めた空気の中、セレステだけがニヤニヤと笑っていて、ナデントは無表情にいようと頑張ってはいたが、その口元がびくついていた。
「皆の者―」
その静寂を破り、女王の声が響き渡った。
「不測のことで、皆驚いているであろう。
だが、わらわは今日、ここにて、皆の前で言わん」
普段とは明白に違う、堂々とした女王の声。
あの幼い女王に、こんな面があったか?
「わらわはまだ幼く、不徳なところも多い。
それゆえ、皆の期待に沿えないところも多かったと思う」
言葉にはしないが、ムア派閥の貴族たちが、互いに眼差しを交わした。
ついに、と。
ところが、当のムアの顔は、強張っていた。
何か、間違っていると直感していたのだ。
「確かに、わらわは弱く、王材ではないと自ら感じることもあった。
わらわより、妹のオディーリネの方が、王の資格を持っていると思ったこともある」
場内がざわつく。
まさか、妹に譲位するとでも?
「皆も知っている通り、オディーリネはわらわの双子の妹である。
生まれた順番でわらわが即位したが、わらわと全く同じ継承権が、王女にはある。
それゆえ、わらわは決断した」
なにがどうなっているのか。
全く予想できない事態に場内の貴族たちが混乱に陥っている中、女王の言葉が続いた。
「わらわは、双子の妹にして、同等の継承権を持つオディーリネ・チャイカ・ドラ・ケイレス王女にー」
王女に?
「副王の座を授け、わらわを補佐し、わらわと共にこの国を治める資格を与えんとする。
これは王命であり、正統なるケイレスの、不磨の大権を持って宣言するなり」
一瞬に、場内が騒然となった。
『やられた!完全に!』
今聞いたことの意味が、まだ分からなくてざわついている貴族たちもいる中、ロートバル・ムアは心の中から、そう叫んでいた。
普段から軟弱だと貶されていた女王だ。
しかし、その女王に、闊達で勇ましい性格の双子が副王として付く。
これはただの性格の補完どころではない。
王と副王、と名称こそついているが、実質的に、王が二人になったのと同じことだ。
もし、自分がクーデタを起こしても、同時に二人を確保できなかったら、逃がした片方が正統なる王権を主張し、反逆者としてこちらを討伐してくる。
…つまり、何か事を起こそうと思っても、難易度が倍以上に上がってしまうのだ。
『いったい誰だ、このような奸智を女王に囁いたのは。
宰相か?いや、違う。あれは有能ではあっても、実直な性格だ。
こんな奇策を練り出せるようなタイプではない』
犯人は、この中にいるだろう、と思っているかのように、場内を見回していたムアの視野に、明確にこの場から浮いている存在が、入ってくる。
『あやつの仕業か!』
その瞬間、その浮いている者が、女王に向かって話し出した。
「大変失敬かと存じますが、女王陛下。
この不肖に、発言をお許しいただけますでしょうか」
場内の全員の視線が、そちらに注がれる。
何かの小さなケースを二つ、いつ用意したのか赤いクッションまで出して、その上に載せたセレステが女王に話しかけていた。
「レギス・バシ・オーテル・セレステ・パール。
よしなに。
そもそも、そなたはわらわの臣下ではない。
自由に発言しても構わぬだろう」
「ありがたき幸せ。
女王陛下と姫…いや、副王殿下に献上しようと用意したものがございましたが。
今この時以上、これを献上するに相応しい時はないと存じましたゆえ。
お近づきのほど、お許しいただけますでしょうか?」
一体なにを…と、全員の視線が自分に集まっているにも全然気にしないのか、セレステは悠々とそう語っていた。
「許す。近う寄れ」
女王の許しが出ると、セレステは待ってましたと言わんばかりに、ズカズカと玉座へと、いつの間にか貴族たちが後ろに下がって開けてくれた道を歩き、玉座の前に上がって片膝を突いたまま、クッションを持ち上げてみせた。
「それは?」
「は。麗しの女王様方に…
まったく粗末なものでございますが、お近づきの印として、ネックレスを」
「ほう?」
女王が侍従に指示し、二つのケースを吟味させた。
「お揃いのものですので、どちらを選ばれても同じものが入っております」
問題ないと確認した後、侍従からケースごと渡してもらった女王と副王がケースから取り出したそれは、細かいゴールドチェーンに、赤いルビーが一つ付いてある、シンプルなデザインのネックレスだった。
「このチェーン…なんと細かいことよ。
これは?」
「はい。私の出身地、異世界である地球の物でございます。
ちょっとだけ、お役に立つかもしれないお呪いをかけておりますが」
「お呪い?」
場内が、また静まり返る。
昨日の使節団の到着の時、セレステが見せた超常の力はもう、王宮中で噂になっていた。
そんなセレステがかけた「お呪い」とは、いったいなんだ。
注目しない者の方が、おかしいだろう。
「はい。大したものではございません。
ただ…ご執務でお疲れになった時、いつでもご自由に…
我が領地、テンゲルにお越しになり、ごゆるりと休まれるように。
転移ゲートを開くお呪いを、掛けております」
‐ガクン
ムアは、膝が折れる思いがした。
いや、実際には真っ直ぐな姿勢を保っていたわけだが、心の中では完全に敗北したと感じていた。
あの憎き、異世界人めに。
二人を同時に確保するどころか、いざとなったら手の届かない所に逃げてしまう。
そして、『お近づきの印』といったのは、『二人に何かあったら介入する』という、無言の宣言でもあるのだ。
しかも、それを、外務大臣ではない、初めから自分のことを『異世界人』と明言しているセレステが言ったので、フェリデリア政府の干渉ではないと言っているのと同じであり、あくまでも『お疲れの時に自由に休養を』との名目で献上したのだ。
内政干渉と抗議する余地すら、封じられた。
「そうか。
まさに今日という日に、相応しい贈り物だ。
感謝する」
女王はそう言って、微笑みながらそのままそのネックレスを付けた。
双子だからか、副王も同時にネックレスを付けていた。
大粒の赤いルビーは、白にも黒にも、よく映えていた。
『いやあ、サージカルステンレスと人造宝石が、本物に変換できて助かったなー
幸いなことに、出費が浮いてくれたよ』
独り、場違いな考えをしているセレステだった。




