白鳥の湖
ケイレスは、エイヴィアの人口率が他の国より高い。
他の国にエイヴィアが全く住んでいないというわけではないが、少なくともフェリデリアの王都や、セレステが立ち寄っていた南の領地のような、平原地帯にはほぼ住んでいない。
いないというか、彼らの生態に向いていないので、よほどの事情がない限り、『住めない』という方は相応しい。
「地面から飛び上がるのが、彼らにとっては結構大変なことだから?」
「そうです。
全くできないわけではないけど、羽ばたくための広い空間を必要としたり、助走を必要としたりするから、出来れば高いところから風に頼って飛ぶことを好みます」
ダンテヒ領の国境を超えて以来、ケイレス王宮に迎えの時間を与えるためにわざとゆっくりとケイレスの国内を巡回していた途中、フェリデリアでは殆ど見かけなかったエイヴィアを目にしてすごく興味を持つようになったセレステに、ナデントがこう説明していた。
「それなので、我が国内では、主にビカリ・ノコイの実家であるマルク・チオノ家領地のような、北方の山岳地帯の領地に住んでいますね」
「へえ、そうなんだ…」
ウルバーサ入城の前日。
グラハネ領の近郊で留まっているテンゲルの第二白亜館で、セレステはナデントとラインバルトに、ケイレスに関する最終チェックを行っていた。
「それで、エイヴィアの住居は主に崖の上や山岳地帯にいて…
全般的に窓が大きい様式となっている、ということですね?
もちろんアンテロとの共同国家ですから普通の扉もあるけど、エイヴィア同士では窓からの出入りが普通だと」
「ええ、そうです。
だからこそ、王宮も崖の上に位置しています。
他の種族から見れば難攻不落と思えるところですけど、彼らエイヴィアにとってはそれが普通です」
そんなナデントに、親善目的の使節団がそんなことをいってもいいのかな、と思うセレステだったが、頭に入れておいて悪いことはない、とも思っていた。
「そして、現王は今年35歳の、幼い女王です。
彼女を補佐しているのが、百二十七歳という、異例とも言える若さで宰相の座に就いた女性。
レギス・ファドラセナ・イラガンデ・メアです。
女王の政治的立場が、危ういところです」
「…いや、未だにこちらの年齢感覚には慣れていないけど…
ラインバルトくん?君、今年何歳だったっけ?」
「92歳です。何度もお教えしたと覚えておりますが」
「そして双子が83歳だったね…
けっ、それでもピチピチの若いもんだというのが、実に羨ましいんだよな」
とにかく、地球年齢で換算すると女王は16歳、宰相は三十台半ばになる感覚だった。
「まあ、絶対年齢で若い…とは言えないけど、さすがに宰相にして摂政、という年齢としては若いほうでしょうかな。
これは、野心家が余計な考えをするのに好都合なんですな」
「やはりレギス・セレステもそう思われますね?
それが、いままさにこの国に起きている問題です。
有力貴族の…王家の遠い血筋のコミスがですね、脆弱な女王なんかに国を任せておけるか、などと扇動しているそうです」
脆い権力基盤の上に立っている幼い王と、その体制の転覆を狙う野心家の大貴族。
地球の歴史でもありふれたケースなんだが、いまそれが目の前にいて、こちらに助けを求めているというわけだ。
「だから…我が国との縁を作り、後ろ盾にしたいというのが…
あちらの若い宰相さんの考え、ということでしょうね?」
「その通りです。
例の借款のことも、実はそれは名目にすぎず、我が国の保護を狙っての要請だったと思います」
「ほほう。
少なくとも借款を返済する30年間は、女王やその直系の正統性に揺らぎがあったら返してもらえなくなるから、何かあった場合こちらから介入してくれると思って?
謀反などで執政者が変わった場合、『廃位された元女王の勝手に借り入れした借款など、我らには継承する義務などない』と主張してくる可能性もあるから」
ナデントが、その特徴的な悪そうな笑顔で返答した。
「ご名答、流石レギス・セレステ。
借款の件と保護を欲しがる幼い女王の話だけで、そこまで見破られるとは。
正直あの時は、レギス・セレステの介入で助かりました。
即座に拒む理由を、その場で作っていただけたから」
「いや、それほどでもないんです。
しかし…そうなると、向こうの宰相さんも『こちらの基準で』若い割にはかなりの切れ者ということになりますね?
助力とか、介入とか一切口にせず、ただの借款の話を前に出してきたんだから。
この五日間見て回ったところ、金欠なのは事実のようですし。
結構、手ごわい相手かも…
いや、私なんかが気にすることではないなぁ」
どこか、セレステの言い方が棒読みになりかかっている。
「そこんとこ、百戦錬磨の外交官の手腕の見せ所ですね!
はい!頑張って!」
と、自分には関係ないように片づけようとするセレステを、ナデントは逃がしてくれなかった。
「何を仰います。
このテンゲルの主であるあなたを、あちらが放っておくとでもお思いで?
それに、あの借款程度、ご自分の個人資産で何とかできそうな資産家が…」
「…今更聞くのも遅い気がしますけどね…
その威力航行云々、最初から私を巻き込む気満々でしたね?
本当、最初からそうと言ってくれても…」
「なにか言い訳を考え出して逃げようとしていたんでしょう」
「まったく…」
不満を言ってはいるが、セレステとしてもこの使節団が、とても重い責任を背負っていると気づいていた。
大山脈で隔てられているとはいえ、国境を接している国を友好的な王家が治めているか、好戦的な野心家が治めているかでは、その意味合いがまるで違うからだ。
***
フェリデリア使節団の到着予定日。
南の大国からの使節団を迎え、王宮中が張り詰めた緊張感につつまれている中、幼い女王である白鳥のエイヴィア、オデットリネ2世は、そばにいる宰相に震える声で話しかけた。
「私…うまく振る舞えるかしら?」
「陛下、お気を確かになさいませ。
怖がることなど、なにもありません。
陛下の傍には、この私がいますから」
振るえる女王の手を、宰相がそっと握ってやった。
「ええ、あなたのことは、信頼しています。
でも…使節団長が、あの噂の異世界人だそうだから…
不安になります」
実の所、セレステの件だけは宰相としてもなんとも言えなかった。
彼に関する情報が足りない?いや、むしろ多すぎて困難なほどだった。
でもそのありふれた情報というのが、これを信頼していいものか疑いたくなるぐらい、荒唐無稽な内容ばかりだったのだ。
一人でフェリデリアの税収に影響を与える規模の事業を起こしたとか、国王一家の前世の家族で、大臣全員を手中に収めているとか、空飛ぶ怪物体でフェリデリア全土を瞬く間に行き来できるとか、彼の一存で産業が復興して豊かになった領地が数知れないほどとか…
一体、これは信じていい情報なのだろうか。
普段からいい仕事をしてくれていた諜報員たちなのに、なぜあの異世界人のことになると、ここまで信憑性を疑いたくなるような報告だらけになるのか、頭を抱えていた彼女だった。
「正直…あれのことだけは、私も直接会ってみない限り…
でも、私の命をかけてでも、何とか対処してみせます」
「ファドラセナ、あなたがそんな弱音を吐いてどうする気なの?
不安でも、お任せあれ、というべきでしょう?
お姉様を不安にさせてはいけないでしょ?」
そう唐突に言ってくるのは、女王と瓜二つの黒鳥のエイヴィア。
女王の双子の妹、オディーリネ王女だった。
「これ、オディーリネ!」
「お姉さまもお姉さまよ?
女王は女王らしく、堂々と振舞っていればいいのよ。
お姉さまがそんなにオドオドしているから、あいつなんかに舐められて…」
「姫様、そこまでにしてください。
しかし陛下、姫様のおっしゃることにも一理あります。
使節団の前では、もう少し凛とした姿を見せてくださいませ」
双子なのに、羽毛の色が正反対の姉妹。
その外見の違いからか性格も正反対で、オデットリネ女王は大人しく優しい性格だが内向的なところがあり、オディーリネ王女は活動的で勇ましい性格だが、繊細さが欠けているとの評判だった。
そんな双子の中、為政者としてふさわしい性格をしているのは妹のオディーリネ姫だという評を聞いていたが、生まれた順番でオデットリネの方が、女王になっていたのだ。
「あなたが女王になっていた方が…」
「いやなのよ。それじゃあいつらの言いなりになることじゃない」
その時だった。
「陛下、フェリデリアの使節団が…現れました」
部屋の外から聞こえてくる侍従の報告に、女王姉妹は怪訝に思った。
「…現れる?王城に到着したのではなくて?」
「姫様、例のあれです。空飛ぶ島に乗ってくるという…」
「え、それデマじゃなかった?」
「…私もそう思っていましたけど、どうやら本当のことだったようです。
とにかく、私は使節団の迎えに行きますので、姫様は陛下の傍にいてください」
そう言いながら、イラガンデは窓を開けて、外に飛び出した。
彼女らエイヴィアにとっては廊下を走るより直接外に飛び立つのが速いし、はしたないことだと思われてもいない。
女王の部屋から飛び出たイラガンデはそのまま方向を転換して王城前へと向かおうとしたが、その瞬間、とんでもないものが視線に入って来て、衝撃で羽ばたくことも忘れかけているところだった。
「あの情報は、本当だったのか…」
王都の南の方から、巨大な島…いや、大地?が、空高く飛んで、北の王都へと飛んできていた。
しかも、凄まじい速度らしく、みるみる大きくなりつつあった。
「ど、どれだけ大きいのだ?」
段々大きくなっていたそれは、まるで空を埋め尽くす勢いで迫ってくると思ったら、王都の城壁から離れた、目算で500アシェぐらいの距離と思われる所の上空に、静かに停止した。
「あんなところで、何を?」
訝しげに思いながらも、イラガンデは城門の前に向かって飛んだ。
使節団を歓迎する準備は既に完了して待機させていたけど、あんな光景を目にしていては、きっとみんなパニックになっているだろうから、使節団に接触するまえに落ち着かせなければならない。
そう思って王城の城門前に降り立った彼女だが、案の定、歓迎の隊列はかなり混乱に陥っていて、あれはなんだとがやがや騒いでいた。
「皆の衆、静かに!
隣国の使節団の前で恥をかいてはならぬだろう!
落ち着くのだ!隊列を整え!」
彼女の号令に、やっと落ち着いて隊列を整えようとしていた皆は、しかし次の瞬間、さっきほどとはくらべものにもならないような混乱に陥っていた。
「どういうことだ!」
「さ、宰相!後ろ!後ろ!」
ほぼ言葉にもならないほど慌てているその答えに、いったい何だというのだと思い後ろを向いたイラガンデは、取り乱している歓迎団を咎められない気持ちになってしまっていた。
「な、なにあれ…!」
空飛ぶ島-テンゲルから、6体の、ヒト型をした巨大な物体が、三角型に並んでこちらに向かって飛んで来ていた。




