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「乗り心地は、どうでしたか?宰相殿」
「まあまあじゃった。
ドライバーがまだ慣れていないせいか、まだお主の自動車に乗った時とは比べ物にならんがね」
王宮と王都全般にかけての電力網設置が一通り終わり、王宮と貴族屋敷、大商会の建物などの照明が発光板に更新され、来るべき家電製品の普及を見据え、コンセントなども設置されていたごろ。
前から欲しがっていた自動車を、ついに手に入れた宰相に、セレステが問いかけていた。
「まあ、コーチマンからドライバーに転職するのも、それなりに時間がかかることですからね。
でも、レーテスの話によると宰相殿のドライバーは、物覚えが速いから助かると」
「まあ、熟練度のことだけはどうにもならないことじゃろう。
で、本当にお主のドライバーを譲ってくれる気はないのか?」
「おっと、それだけはご勘弁を。
そして、長年あなたに仕えてきたコーチマンを、首にしたりしてはいけないでしょう?」
「わしはそんな薄情者じゃないわ!
仕方ないのう。あやつには、もっと精を出して励んでもらうしか」
などなどと、宰相以下6大臣と、魔術師長がそれぞれ購入した自動車は、王都の大路を走りながらいい広告版になってくれていた。
…その中魔術師長は、乗る目的より、駆動の仕組みを研究しようとしていてすぐ壊して、サービス交換品ということでもう一台渡してあげたけど。
「電気研究所は、公社に転換したって?」
「はい。プラント建設も終わって受益を上げられるようになったから…
公社に転換して、自らの収益で切り盛りするようになりました。
投資が実り、逆に配当を貰えるようになりましたから、パトロンは終わりにします。
その分、私の投資は他の所に回そうと思いました」
「そういえば、公社長の選抜をめぐって、財務と商工が競い合っていたような」
「ええ。お二人とも、あれがこれからこの国にとってどのような影響力を持つ産業になるのか、よくわかっているということでしょう。すごくいいことです」
将来、膨大な利権と影響力をもつようになることは目に見えているから、発電に関係のある分野の大臣が、自分の手の者をその公社長の座につかせようと企てるのはごく自然なんだろうけど、その公社の設立まで率いてきたセレステ本人はなにも口出ししなかったのは…
「面倒くさかったからか?」
「いや、私としては、そこまでがちょうどいいと思っただけです。
専売公社だけでも十分稼いでますし、それ以上の利権に関わると…
いらない誤解とか、妬みとか、いろいろあるでしょう?」
「それが面倒くさいというのじゃよ。
まったく、60年も生きていない小童のクセに、考え方は老獪じゃな」
「いや、だからこちらの年齢に換算すると190を超えているって」
「ぬかせ」
二人はそんな会話を交わしながら、王宮の廊下を歩いていた。
「しかし、この世界の魔術師たちには…本当に驚きましたよ。
地球の科学・技術理論をスポンジのように吸収しては、すぐ自分の方式に体得して…
それでも加工技術がないのはどうにもならないと思ったら、魔術で補うとは。
電線網を敷く共同溝の建設を、土木魔術でいとも簡単に成し遂げて見せてくれた時には…本当、度肝を抜かれた気分でしたよ」
「ほう?チキュウでは、そうはならんのか?」
「はい。掘削機で土を掘りだして、その土は運び出し、崩落しないように支えながらトンネル面を固め…
そんなんだから危険もあって、工事時間も長くかかるわけですけど…
なに?掘削と同時のその土を超圧縮して、一枚岩のトンネルに変えてしまう?
何の冗談だよこれ、って思いましたよマジで」
「ほほう、お主をしてそこまで驚かせたか」
感心したように言っているが、宰相の顔は『どうじゃ、すごいじゃろう?我らの魔術は?』と、自慢げに笑いたそうな顔だった。
「いや全く、便利過ぎて建築関連装備は開発しなくてもいいのでは、と思うぐらいですよ」
「いや、プラント建設の時は、ヤンサ部隊が大活躍したんじゃろう?
何もかも魔術師に任せるわけにもいくまいて」
「まあ…ですよね。
魔術師になれるヒトの数と、魔術師を必要とする現場の需要の差、ってのがありますから」
「そうじゃよ。
ゆくゆくは魔術師は研究者に位置づけ、技術が彼らの役割を替わってくれるじゃろう」
セレステとしても、たぶんそうなるだろうと思いながらも、掘削の時みた凄まじい魔術の威力が地球の科学を消化した技術と組み合わされば、いったいどのような物が出来上がるのか、想像もできない気がした。
「それで、次は自動車の普及を計画しておるって?」
「はい。強力なモーターとバッテリー…蓄電池の技術はすでに確保できていますから、
残るは自動車を研究させて、こちらの技術で再現することですね。
まずは、車をサスなしで動かせるところから始める気ですが…
研究者のみんながやる気満々なので、これも近いうちに成果物が出てくるかと」
「それは楽しみじゃな。
それだけでも、荷運びなどには十分使えるじゃろう?」
「ええ。
自動車の数が増えてくると、それが走るための道路をどう整備するかで悩んでましたけど…
道路の平坦作業など、魔術師にかかれば簡単でしょう」
そんな話をしながら歩いていた二人の向こうから、ラインバルトとルイナがこちらに向かって歩いてきていた。
「ビカリ・ノコイとプラエ・ルイナじゃな。
公社の商品の輸出の件で参内していたか?」
専売公社の公社長、ダランマ・ルイナは結局、セレステの家臣という名目でプラエの位を授かることになっていた。
公社のことで度々王宮に出入りすることになったが、平民の身分では一人では王宮に入れないようになっていたので、セレステか、少なくともビカリであるラインバルトでも同行しなくてはならなかったのを面倒だと思ったセレステが、「陛下も認めてくださったわけだから」といってプラエの位を授与してしまったのだった。
プラエの位を授かった日の夜、ダランマは昔の臣下たちだった、今の公社の重役たちと密かに喜びの涙を流したというが、それはまた別の話である。
「ええ。それと、テンゲルの軌道を隣国へと拡大することで外務大臣と相談が…
まったく、隣国から先に要請が来るとは思ってもいませんでしたけど」
「なに、きゃつらだって空の旅という誘惑には勝てなかったわけじゃよ。
お主の商品にもな」
互いの距離が近くなると、ラインバルトとルイナは宰相に丁寧に礼をした。
「これはこれは宰相様。ご機嫌麗しゅうございましょうか」
「ああ、お主らも息災か。
お主らの主に話がありそうじゃから、わしはここで。
じゃ、王父卿、また後でな」
そう言いながらラインバルトたちが来た方向へと歩いていく宰相に、セレステが礼を言った。
「ご配慮、感謝します、宰相殿。
…で、どうだった?」
「はい。輸出品目と数量、関税に関しては大した問題はありませんでした。
初度物量に関しては我が国の流通量の8割ぐらいで試してみることに。
詳細は、後ほど書類で報告させていただきます」
「うむ。それがいいな。
周回要請の件は?」
その質問を聞いた二人は、ちょっとためらっていたが、結局ラインバルトが返答した。
「その件に関しましてですが…外務大臣様からお館様に面談の要請が」
「あ?何かあった?」
「それが…とにかく、執務室にお越しいただければ、とのことでした」
そこで、用事が終わったルイナは公社に戻ることにして、ラインバルトはセレステと同行して外務大臣の執務室に行き、中に案内してもらった。
「よくぞお越しになりました、王父卿。
ちょうど、王宮にいらっしゃってよかった」
「ええ、宰相殿に用事がありまして。
で?どのようなご用件で私を?」
「はい、それが…
テンゲルでの、威力航行をお願いしたくてですね」
「…はい?」
なにぶんあやしい言い方だったが、実のところセレステに言いたかったのはこれだった。
「西のバリアーダ、北のケイレスからの要請がありました。
自国の領内への、テンゲルの航行を『許可』するとのことですけどねぇー
どうせ、あの国の物好きたちが、『空の旅』の誘惑に、勝てなかったんでしょう。
スプラ・ヌベスを利用してみた大使の報告が、刺激になったんでしょうけど」
「その二つの国とは、友好関係ですか?」
「はい、当面は」
『当面』は。
ということは場合によっては敵性関係になる可能性もあるということだが…自国の上空に他国の『空飛ぶ領地』が進入することを、厭わないというのか?情報がただ漏れになるわけなのに?
「おっしゃる通りです。
相手も、それを指摘して反対する意見もあったようですが…
両国とも、王が我が国との交流拡大を望んでいます。
それを反対する派閥がいてですね」
「ああ、それで『威力航行』と?」
「さすがマルク・テンゲル」
要は、フェリデリアとの親善が強化されるのをよしとしない派閥を、テンゲルの威勢を借りて鼻を挫いてやりたい、それが相手の国王たちの算段だったのだ。
「それでしたら…
大使経由でいただいたのは『自国の領内』でしたね?
特定領地への制限ではなく?」
「そうですね。普通の用事なら国境沿いで済ませるのが常ですが…」
「王家の一員である私、レギス・バシ・オオテル・セレステ・パールが
恐れ多くも我が国王陛下の代理となりて、貴国の国王陛下を謁見に向かうなり。
外交使節が、相手の王都に直行せず、国王をして王都から出ていただく方が、欠礼でしょう?」
「でしょうとも」
「いやいやいや、全く不本意ですが…
これは国王陛下の忠実なるしもべとして、務めさせていただくしか、いたしかたございませんな」
「おお、やはりレギス・セレステ。
あなたの忠誠は、歴史に刻まれるでしょう」
「いやいやそれほどでは、はははは」
「いやいや、はははは」
無表情でその悪党じみた会話を聞きながら心の中で呆れていたラインバルトは、二人の背後に何か、黒い煙でも立ち上っているような幻視を感じた。
***
「で、使節の任、謹んで拝命いたしましょうぞ」
「え!なんで父上が!私も行きたい!」
「…陛下…
陛下がお出ましになったら、相手の国王も国境まで出迎えに来ることになります。
それでは元も子もなくなりますけど?」
ブーブー言いだしたラシオンを、情けなさそうな目をしたイーシャが宥めた。
「…お前な、外務大臣に聞いてなかったのか?」
「いや、威力航行と聞いて、いよいよ私のパーラ・ナクマに晴れ舞台だ!と」
「王専用機が他国に進入すれば、見事な宣戦布告だろうが!」
王家のプライベートに集まっていた王一家の中、自分以外の全員にジト目でにらまれ、ラシオンは委縮してしまった。
「もちろん私のハーヤ・ナクマと随伴機は持っていくけどね。
ノルガ―も、貸してくれるか?親衛隊長が付いて来るぐらいの、重要なヒトが来たと誇示するにはぴったりだろう」
「それはいい考えですね。
実際、お父様はもう、この国になくてはならないお方になっていますし」
「確かにそうだな。
兄上、ぼくからも頼むよ」
「…いや、なんかさぁ…
妙に息が合っていない?」
…親衛隊長という立場の上、王城から離れる機会がめったにないノルガ―のことを配慮した発言だったということに、ラシオンだけが気づいていなかった。




