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ザイデ

「ほう、この世界にも製糸昆虫が?」


「はい。ザイデという虫がありまして」


セレステがバレドにその話を聞いたのは、再開した農場の見学が終わるところだった。

確かに農場は広かったけど、やっている仕事はダパとカーチェの飼育しかなかったので、その2種がセレステとしては初見だったので珍しかった以外には、特にこれと言った特別なところはなかったので案内するところも残っていなかった頃、申し訳なそうにしていたバレドがその話題を出したのだった。


『ザイデか。蚕のような幼虫なのかな?』 


それが気になったセレステは、今日はそろそろ王都に帰還するとバレドにいった。


「はい?夕食も召し上がらずにですか?」


「何、私たちが夜までいては、君たちもゆっく休めないだろう?

 ガルカン兄妹にもな、久しぶりの実家だから、心ゆくまで家族との再会を楽しませてあげたいんだ。

 ここの領主館に残して来た部下たちも、そろそろ回収しないといい迷惑だしな」


そういい残したセレステは、ガルカン兄妹には明日迎えにくると言い残し、深々と頭をさげるバレド一家に見送られながら、農場を後にして領主館へとSUVを走らせた。


「明日、またデュエマで来られますか?」


帰り道の車内で、ラインバルトがセレステに聞いた。 


「うん?いや、農場と領主館の位置は把握したから、ゲートで来る。

 今日の帰り道も、ゲートだ」


「そうですか」


それを聞いてどこかホッとしたような顔になるラインバルトだったが、セレステは無心に付け加えた。


「あ、もちろん君の座席はナクマの掌だよ」


「…」


領主館で待機していた随伴機の2名と合流したセレステは、領主のコミス・アギスと『怪しいほど長く』握手しながら言った。


「今日は迷惑をかけたな。

 すまぬが、明日ガルカン兄妹を連れ戻しにまたお邪魔することになる。

 あ、その時はデュエマではなく、ゲートで来ることになるから、安心してもいい」


なんか、握手にしては微妙な手さわりだと感じながらも、コミス・アギスは丁寧に答えた。


「いいえ、迷惑とは、滅相もありません。

 今日の農場視察は、いかがでしたか?」


「ああ、またこの世界の知識が増えて、実に有意義だった。

 そうだ、この領地に…ザイデ?と言ったか。

 製糸の農場があると聞いた。

 それも見学させていただきたいと思うが、生憎こんな時間でね。

 悪いと思うが…」


「とんでもない。明日またお越しになったらご視察に行けるよう、手配しておきましょう」


今日は収穫がなかったのかとガッカリするところを、『明日また、他の産業を視察に来る』と聞いたコミス・アギスは、顔にこそ出していないけど、期待に満ちた心で、ブンブンと力を入れて握手し返した。


『いやなんか力が…あはぁん、この肉球…いい!』


セレステもまた、ぎゅっと締め付けてくる彼の手のひらの肉球の感触に、にやけそうとする顔を辛うじて我慢して、また来るとの挨拶を残してナクマの操縦席に乗り込んだ。


「さあ、ラインバルト、座れ」


「本気でしたか…」


自分の前に出されたナクマの掌に腰をかけたラインバルトは、姿勢が崩れて見えないように全力で装いながら、ナクマの指にしがみついた。


「では、帰還しよう」


その号令と共に開かれた巨大なゲートに、持ってきたゴンドラを持ち上げた2機のヤンサが歩いて潜り、起き上がったセレステのナクマがその後をついてゲートを潜った後ゲートが消えるのを見たコミス・アギスたちは、驚愕で落ちた顎を閉めることすら、しばらく忘れていた。


そのおかげで、巻き上げられたラインバルトの尻尾と、震える両足は誰にも気づかれず済んだ。


              ***


次の日、今度はナクマは連れず、SUVだけという軽い体制でゲートを潜って現れたセレステたちを目撃したアギス邸宅の警備が慌てて主に報告し、待っていたアギス夫妻が迎えに出てくる、若干の騒動があった後、セレステが何かが入っているカゴを差し出した。


「二日も邪魔させてくれる返礼というには粗末なものだがな…

 我が領、テンゲルでご婦人方に熱烈な支持を集めている、シャンプーセットだ。

 感謝の気持ちということで、受け取ってもらえると嬉しいな」


 – キーン


…という音が聞こえたかと勘違いするぐらい、アギス・メアの目が鋭く光った。

あれがあの噂の、まるで若返ったかのように毛並みを柔らかく、キラキラ、ふわふわにしてくれるというあのー!


「テンゲルの周回軌道を決めるのにもな、耕作地の日照量を阻むとかの、被害を与えないように考えなければならないから、行ける場所が限られているので、リゾートの営業としても困っている。

 できれば色んな地域を回るのが、クルーズ目的としてもいいし、寄る領地の特産品事業も少しは手伝えるのになー」


なんか勿体ぶるような言い方だが、コミス・アギスだって、領地を経営する貴族。

セレステの言わんとすることは、すでに理解済みだ。


「それはそれは、田舎領主なら願ってもないことでしょう。

 レギス・セレステの高いお目に叶うようなものが、この田舎にあるのか心配ですが…

 それより、今日の目的地にご案内差し上げましょうか」


「うむ。

 …うん?貴殿自ら案内してくれる気か?」


「はい。昨日は現地のものがご同行と聞きましたので案内をつけませんでしたが、

 今日は話が違いましょう。上位の貴族の案内を家臣に投げ捨てるなど、無礼の至りです」


ご丁寧に言ってはいるけど、その本心はセレステの行動を監視…というか、観察したいということぐらい、分からないセレステではない。


「ああ、わかった。

 では、よろしく頼むぞ、コミス・アギス。

 アギス・メア、貴殿の夫君を、ちょっと借ります」


「ええ、今日中に返してくださるなら、ご自由に」


もう手にしているカゴに心を奪われている彼女だったが、それでも優雅に応対することだけは忘れていなかった。


「では、アギス・メアの許可もいただいたところで…

 乗りたまえ、コミス・アギス。

 道案内は貴殿のコーチマンがしてくれるんだな?

 助手席でうちのレーテスに案内を頼む」


「はい。リデサテ」


「わかりました」


アギス家のコーチマンであるカニセイドの青年が、レーテスと軽く挨拶を交わし、助手席のドアのそばで待機していた。

セレステとアギスがラインバルトの案内で乗車した後、自動車に乗れるからだ。

アギスも、リデサテも顔には出ていないが、生まれて初めてみる乗り物に、相当緊張していた。


「では、行こうか」


「はい。お館様。

 レーテス、発車だ」


「はい」


レーテスが始動を掛け、軽くアクセルを踏んだ。

SUVが動き始めると、さすがのコミス・アギスも驚きを隠せなかった。


「これが…噂の『セレステ閣下の魔術車』!」


音も出さず(電気自動車だからモーター音はするが)、振動もなくスムーズに走り出す自動車の前に、サス車や騎獣に慣れていた彼らは驚くしかなかったんだ。


「悪いが、魔術ではないんだ。

 現在王都の研究所でこれに使える動力を研究しているから…

 その内、こちらでも普及できると思うぞ」


何事でもないかのようにそんな説明をするセレステを見て、アギスは戦う前から負けたような気がした。


『私は、こんな相手と何か交渉してみようと思っていたのか』


              ***


「これが、ザイデ…」


領主と共に農場を訪問したセレステは盛大な出迎えを受け、昨日とは少し違って、形式的な労いの言葉を農場主にかけ、農場の視察に入った。


そこで目にしたのが、多分カイコのような芋虫だろう…と考えていたセレステの予想を完璧に裏切るものだった。


「クモ…か?

 繭…から糸を取るわけではないな?」


「閣下の世界では繭から糸を取るのでしょうか。

 こちらでは、こいつらが排出する糸を塊にしておくので、それを集めて糸を取ります」


「そうか。こいつらの餌は?」


「基本雑食ですが、餌によって糸の質や色が変わります。

 ワカ()の葉を食わせれば白くて綺麗な光沢の細い糸を、イフラ(ハエ)の幼虫を食わせれば黄色の丈夫な色を出す、そのような仕組みをしております」


農場主のプードルカニセイド女性が、そう説明した。


「ほう、餌によって糸が変わる…

 実に興味深い。

 それに、繭から糸を取るのではなく、自然に排出する糸を利用できるとは」


「そして、寿命で死んだザイデは、乾燥させてカーチェの餌として使えます」


「実に浪費のない生命循環だな」


いや、まるでわざとそう設計したかのようなサイクルだった。

糸を取るために犠牲されることなく寿命を真っ当にし、死んだ後は食物連鎖に帰る。


『出来過ぎ、というか優しすぎるライフサイクルなのでは?』


「実に興味深い。

 …しかし、雑食と聞いて気になることがあるがな」


「はい、何なりとお聞きになってください」


「本当に、なんでも食うのか?

 植物や動物…以外には?」


「あ…はい。

 木の葉もですが、果物の皮や種、そして樹液に木のやにー樹脂をも食べます」


本当になんでも食うんだな、と感心していたセレステが、あることに気づいた。


「樹脂…を?」


「はい。固まったのを齧って食べます。

 ただし、その場合、布にできる糸ではなく、まるで樹脂を細長くしたようなものを排出するので使えません」


樹脂を細長くしたもの、と聞いた瞬間、セレステの脳裏にあることが閃いた。


「…もしかしてそれ、サンプルがあるか?」


「え?いえ、さっきも申し上げました通り、使いものになりませんから…」


それはそうだろう、とセレステも納得した。

価値のないものをわざわざ生産しているほどの物好きは、まずいないだろう。


「そうか…食べたものが糸に影響を与えるまで、何時間ぐらいかかる?」


「はい。餌によりますが、だいたい3時間から5時間ぐらいは」


どうしてこの閣下はそんなことを聞くのか、と農場主は訝しそうに思っていたが、そばで見ていたアギスは、セレステの表情が変わるのを見逃さなかった。


『何かある』


と気づいたアギスは、静かにセレステに問いかけた。


「餌の実験を、用意させましょうか?」


「話が早いな。感謝する。

 ザイデを何匹か、と…固まった樹脂があればいいな。

 もし実験でザイデが死んだら、補償する」


セレステの話を聞いた農場主が、慌てて返答した。


「補償など、とんでもございません。

 ザイデなど、1日にも数百匹は生まれて、その分死にます。

 ご入り用な分だけ、幾らでもお使いください」


畏まる農場主に「うむ」と答えながらも、セレステは新たな可能性にときめいていた。

もしかして、自分の考えがあっていたら、これはトゥシタの材料革命になるーと。


そんなセレステを側から見つめていたコミス・アギスも、まだ知らない何かへの期待に、微かな身震いを感じた。

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