ゲップ
地球に戻ってきた天城は、自宅で少しダラダラしてて時間を潰すことにした。
いくら肉体労働でよく食う農場のヒトたちとはいえ、昼食から1時間ほど経っていないのに間食は…と思ったから、あと1時間ほど明けておこう、と決めたからだ。
それに、自分がいない方が農場のみんなにも、ガルカン兄妹が家族との再会を満喫するにも都合が良さそうだと思ったのもある。
…残っているラインバルトとレーテスなら、まあ、うまくやってくれているんだろう、と勝手に丸投げしていた。
とにかく、マンションで一休みしてから、猫たちの世話をして近所の店でフライドチキンを買ってきた。ヤンニョムチキンとかいうのもあったけど、あれはタレが強烈だし、トウシタのフェリノイの舌にはまだ早いのでは、という気がして、まずはプレーンなフライドチキンにしたのだった。
「あちらに揚げ物がないわけではなかったけどね…
やっぱり、安価で安全な油が少ないのかな?」
買ってきたチキンを保温ボックスに入れ、コーラとジンジャーエールを入れたレジ袋と共に手に持ってゲートを潜って、農場の母屋の前に駐車しておいたSUVのそばに戻ってきた。
「来たよーって、おや?」
SUVのそばにいたのは、レーテスやラインバルトではなく、ガルカン兄妹の兄の子だった。
それもそのはず、いつ戻ってくるとまでは言っていなかったから二人は母屋の中に入ったようで、それとすれ違うように、幼い子供の好奇心に抗えず、大人たちには内緒でこっそりと出てきてSUVを見に来たんだろう。
「こんにちは。その自動車が気になるのかい?」
「!」
セレステがゲートから出てくるのにも気づかずにいた子供は、いきなり後ろから聞こえてくる声に驚いて、隠れようとしたが、生憎なことに隠れるところがなかった。
後ろに隠れる大人もそばにいなければ、SUVの後ろに隠れようとするとそれができるはずもない。だからと言ってSUVの下に隠れることもできない。
知らないヒト‐しかも見たこともない異種族の上に、お偉い貴族様だから粗相してはいけないと、まだ幼い子供にもさんざん言い聞かせていたんだろうか、怯えているのが目に見えている。
「おや、おじさん、悪い人じゃないよ?
こわがらなくてもいいんだ。…ほら」
おどおどと怖気づいている子供に、セレステはさっきコンビニに飲み物を買いに行った時買っておいたチュッ〇チャッ〇スのビニルを外して、出来るだけにやけ顔にならないように気を付けて、穏やかな微笑みを見せながら子供に差し出した。
「ほら。アメだよ。甘いのは好きかな?」
『甘い』という言葉に、子供の目が大きくなる。
やっぱり甘いのが嫌いな子供はいないはずで、その上この世界で砂糖はまだ高価品に属する。
その上蜂蜜までもがあんな貴重品となると、甘いものを味わえる機会はほぼなきに等しいだろう。
でも、まだセレステを怖がっているからか、子供はもじもじしているだけでアメを受け取ることも、前に出ることもできずにいる。
せめて目線でも、と思ったセレステは、屈んでアメを持った手を伸ばし、子供のほうに差し出した。
「ほら。大丈夫だ。怖くないよ?
それに、おじさんの細い腕を見てくれる?
早く受け取ってくれないと、重くて落としちゃうよ?
土まみれになったら、せっかくのアメが~」
子供の家族も、周りの手伝いたちも筋骨隆々だし、特に子供の母や祖母さえ、人間のセレステの細腕よりは何倍はありそうな屈強な腕だったから、これならいける!と思ってハッタリをかましてみたものだ。
「!」
そのハッタリは見事に働き、こんなか細いヒトは見たことのなかった子供は、本当に貴重なアメを落としたら大変だと思ったのか、恐る恐る手を伸ばしてアメを受け取ったが、本当に食べてもいいのか躊躇っていた。
「うん?手に入れたからにはボクのもんだよ?
何も遠慮することはない。舐めていいよ」
そういいながらまた、和やかに微笑んで見せたら、子供は恐る恐る、舌で舐めてみた。
‐ ペロッ
子供が、目を大きく見開いた。
そのネコ科の瞳までが大きくなっているのを見ると、相当驚いたみたいだった。
『現代人でも、舌が痺れそうな暴力的な甘さだからな、それ』
あまりにも可愛さにまた顔がにやけるのを必死で我慢しているところ、誰かがこちらに走ってくるような気配がした。
「ネネーデ、何してるのよ!」
母屋の方から、子供の母、ガルカンの義姉がこちらに走って来ていた。
その勢いが、あまりにもすさまじくー
「ひいい、すみまー」
さすがのセレステでも、虎がすごい勢いでこちらに突撃してくるとなると、怖気ずく。
で、屈んでいた姿勢が崩され、そのまま尻餅をついてしまったわけだが…
「もうしわけありません、セレステ様!!!」
走って来た母は、子供を抱きしめてはそのまま深々と、セレステに頭を下げた。
「え?」
状況が飲み込めず、ぼうっとしているセレステの前に、子供の母は頭を下げたまま訴え続けていた。
「この子がなにか無礼を働きましたら、何卒私に罰を!」
自分の子供が、何か悪い悪戯でもして貴族の不興をかったのかと、勘違いをしているようだった。
「あ、いや、いいんだ。その子は何も悪くない。
かわいかったから、アメを上げただけだよ。
そんなに畏まる必要などない」
そう諭してくれるセレステに恐る恐る頭を上げていた母は、セレステが地面に座り込んでいるのを見て慌てふためいた。
「セ、セレステ様!お召し物が…!」
「あ?あ、いや。大丈夫だ。
土を払えば…って」
少し地面が濡れていて、どうやらズボンも濡れた様だった。
「あ…これは着替えてこなければ。
ちょっと、ここで待っていてくれるか?
ここであったことは、私たちだけの内緒にするんだ」
そういったセレステがそのままゲートを開いて消えるのを見た親子がポカンと口を開いて固まっていたら、しばらくして着替えたセレステがゲートでまた現れた。
「待たせてすまなかったな。
これを、ネネーデ、と言ったか?君の子供に」
と言いながら、セレステが子供の母にビニルの包みを一つ、渡した。
「娘に…ですか?
これは…?」
娘だったか、と、セレステは子供のことを『子供』だと呼んで幸いだと感じながら言った。
「さっき君の娘にあげたアメだ。
気に入ったようだからさらに持って来たんだけど、虫歯にならないように注意するんだ」
アメと聞いた母も、目を見開いた。
地球産にしろ、王都から持って来たものにしろ、とにかく甘い物は貴重だから。
「そんな、もったいない…」
「いいんだ。大したものでもなければ、私の手足のようなガルカン兄妹の姪に、些細な好意の表示だから、もらっておけ」
そこまで言われると、拒むのがむしろ失敬だ。
「あ、ありがたくいただきます…」
「うむ。そろそろ皆の間食の時間じゃないか?
行こう。私の『下賜品』がある。
それに、私の家臣たちは母屋にいるのか?」
「は、はい!案内します」
「頼む。
ネネーデ?アメは気に入ったのかい?」
「はい!とても甘いです!」
セレステはまだ必死ににやけ顔を我慢しながら、ネネーデを抱き上げて言った。
「では、行こうか。
あ、その荷物を頼もう」
そういう風にネネーデを抱き上げて私欲を満たしているセレステを見たラインバルトは、また頭が痛そうな表情をしたが、それ以上何も言わなかった。
***
「カーチェに、こんな調理方法が…」
やはり、料理人のガルカンとしても珍しい調理法のようだった。
揚げ物と言っても、たっぷりの油であげるのではなく、フライパンを利用した揚げ焼きがこちらでの一般的な『揚げ方』だそうだった。
「…カーチェなら焼くか、蒸し料理にするのが普通だけど…」
「サクサクでジューシー、たまんねえなこれ!」
「それにセレステ様の持ってきてくださったこの黒い飲み物…シュワシュワしてて不思議な感じだけど、この脂っこいカーチェとすごく合う…」
手伝いの皆には、すごい好評だった。
「でもこれって…ものすごく高価なお料理ではありませんか?
多量の油を、たっぷり使って揚げる料理だなんて、貴族様も…」
さすがに家事を切り盛りしているガルカンの母と、義姉はそれに気が付いたようだ。
「ああ、それは心配しなくてもいい。
油ぐらい、腐るほどある世界の料理だからな。
それに今回は、この料理がこの世界で受けるかどうかを確かめたいのもあった。
まだまだ作り出せるから、じゃんじゃん…
あ、食べ過ぎて夕食が食べられなくなったら困るかな?
せっかく、ガルカンが腕を自慢するところだから」
みんなの中で、どっと笑い声は広まってゆく。
『お貴族様』セレステの前だと緊張していたのも、彼の気さくな態度と美味しい物の前で、だいぶ緩んできたみたいだった。
「油が腐るほどある…とは。
お館様の来られたチキュウって、どんな世界なんでしょうかね。
こんな調理方法…ぼくも…」
独りごちるように言っているガルカンに、セレステが平然と語りかけた。
「うむ。私も君の料理に期待しているよ?
食用油ぐらい、いくらでも用意できるしね。
ゆくゆくは、この世界でも油を量産できるよう、こちらの植物を調査してみるよ」
「…え?」
「君にはまだ言っていないようだけどな。
陛下と、大臣たちの前では言っていたよ。
この国、この世界を、より豊かで、より幸せな世界にすると。
美味しい料理だって、その幸せに含まれると思うがな、私は。
貴族だけではなく、平民にも美味しいものが、負担なく楽しめる世界にしたいんだ」
貴族だけではなく、平民にも美味しいもの
その場にいた全員が、釘付けにされたかのように、セレステに視線を奪われた。
何でもないかのように言っているが、『平民にも』と言った貴族が、いたか?
いや、そもそも田舎の農民である彼らにとって、『領主様』に対面することすらめったにないから、貴族が平民のことをどう考えているか知る由もないが、目の前にいるこの『お偉い貴族様』の異質さは、とても違う気がしてならなかった。
「む?なんだね?私の顔に何かついて…ゲフッ」
「お、おやかたさ…ゲフッ」
…一同がさっきとは全く違う理由で静まり返った。
この場で一番身分の高い二人‐セレステと、彼の家令にしてビカリであるラインバルト。
二人の『貴族様』の粗相に、笑ってはいけないと頭では分かっていても、慌てているラインバルト『様』をみると…
「あ、すまん、すまん。コーラを飲んだら炭酸でこうな…ゲフッ」
「お館様、はしたな…ううっ」
はしたないと言おうとしていたラインバルトが、ゲップを我慢しようと口を閉じたが…
「…それ、無駄だと思うよ?」
「ブハッ」
「ほらみろ。
まあ、そのシュワシュワのせいでこうなるのからな、みんなも覚悟しろよ。
無礼講だ、自由にゲップしてすっきりするんだ」
そうはいっても、貴族様の前で…
という決意も虚しく、盛大なゲップパーティーになったと、あとで近所の語り草になった とか。




