また木の実?
執筆が大幅に遅延してしまいました。
更新をお待ちになってくださる読者の皆様に、まことに申し訳ございません。
なんか説明回になってしまいそうで、できるかぎりそれをよける風に書いていたら…
「ムフ、ムフフ、ムフフフフ」
「お館様…」
ガルカン兄妹の実家の農場の前。
出迎えに来ているガルカンの家族と、その他の農場の手伝い達の群れを前にしたセレステの奇怪な笑いが止まらず、にやけ面になっていた。
そのため、彼を補佐しなければならない彼の家令であり、随行員筆頭であるラインバルトは、実に困惑していたのだ。
何度か言っていたが、天城大輝は生粋の猫派である。
大体の猫派の人間にとっては、ライオンも虎も、「ちょっと大きいだけのニャンコ」にしか見えない場合が多々ある。
もちろん、安全なところで観察できる場合の話だが。
そんな猫派のセレステの前に、今『まさに天国のような』光景が広がっているのだ。
虎、豹、ライオン、クーガー、ジャガー、ピューマ、チーター、ヤマネコ、オオヤマネコ、クロアシネコ、サーベルタイガー…
…サーベルタイガー!?
どうやらアギス領のフェリノイ亜属の人口率が高かったからか、それともこの農場の働き手のフェリノイ亜属率が高いだけなのか…とにかく、ありとあらゆるネコ科の頭を持つアンテロが、攻撃性など全くない、むしろ少し怯えているような、素朴そうな顔で、セレステ…天城の前に並んでいたのだ。
『絶景かな、絶景かな!大ニャンコの壁じゃ』
さっきから変な顔で気持ち悪く笑っているだけで、何も言わないセレステを見て、出迎えの一同が怯えていたのを見かねたラインバルトが、結局叔父直伝の強硬手段に出た。
『いいかラインバルト。万が一、あいつが正気を失い、言うことを聞かないような状態になったらなー』
「お館様、お許しを!」
‐バシッ
「…あ?」
その場にいる全員が凍り付いた。
それと同時に、セレステがふと、まともな顔に戻って来た。
…ラインバルトが掌でセレステの後頭部を叩き、正気に戻させたのだ。
「…あ?ラインバルト?私、なにかしていたか?」
「少々ご乱心の様だったので、叔父直伝の療治をしたまでです」
「あ、そう?うん、ありがとう。
褒美を取らせよう。帰り道の君の座席は、ナクマの掌な」
「………っ!」
このお貴族様の主従は一体何をなさっているのか、ますます困惑する農場の一同だった。
「見苦しいところを、すまなかったな。
私がレギス・バシ・オオテル・セレステ・パールである。
今日は、図らずも君たちに迷惑をかけたな。
ガルカン兄妹の親御は…ああ、君たちか」
誰だと名乗り出なくてもすぐわかるような、屈強で大柄の壮年のフーラニ夫妻と、その息子と嫁、孫らしい子供が一同の最前列に立っているのを見たセレステがそう言いながら彼らに歩みよった。
…またにやけ顔になりかけるのを必死で我慢しているだけで、大したことだとほめるべきかも。
「レギス閣下!
今日は、このような田舎の何もない農場にお越しいただき、まことに感激…その…」
「いや、無理して格式ばった挨拶をしようとしなくてもいいぞ。
来てみたいと言い出したのは私だからな。
むしろ私の方から礼を言うべきだ。
閣下とか、堅苦しいことは抜きにしよう。
セレステ様でいいんだ。
そして、ガルカン?ガーネサ?久しぶりの家族だろう?
何我慢しているんだ」
そう言いながら脇に退いたセレステは、穏やかに笑いながらガルカンの兄夫婦に聞いた。
「実に愛らしい子供ではないか。抱っこしてみてもいいか?」
「は、はい!光栄でございます!」
泣きじゃくるガルカンと、なんか照れくさそうなガーネサが両親との再会を喜んでいるそばで、セレステは彼らの甥(姪だったかも)を抱き上げて、頬ずりしながらかわいがっていた。
『クンカクンカ、赤ちゃん虎最高ー!!!!』
地球だったら警察沙汰になりかねないアブナイことを考えているが、せめて口から出さないのが、セレステの最後の良識だった。
もちろん、まわりの皆さんからは『平民の子供を分け隔てなくかわいがってくださる慈悲深きご貴族様』にしか見えないのが、滑稽な所なんだけど。
***
「粗末な田舎飯で、もうしわけございませんでした」
もてなしの昼食を取った後、セレステと一緒に放牧地へと歩いていたガルカン兄妹の父、バレドが面目なさそうに言った。
食事の後、デザートとしてガーネサが作ったプリンを出して皆を驚かせ、(キャッキャ喜ぶバレドの孫の子をみてまたにやけた顔になったセレステだったが、幸いなことに皆は慈愛なる微笑みと誤解してくれた)その後バレド以外の皆は『忙しいだろうから、私に構わず仕事に戻れ』というセレステの言葉に従って恐る恐るそれぞれの仕事に戻っていた。
ガルカンには『夕食には、家族の皆に君の料理人としての腕を披露しなさい』と指示しておいて、兄妹とは母と共に母屋に残っていて、セレステとバレドの後ろを、ラインバルトとレーテスが静かに追っている。
「いや、実に美味しかった。
君たちも見てわかるだろうけど、私は異世界人だからね、この世界のお料理は、いま住んでいる王都で味わったのがほとんどだ。
多様な食文化に出会えるのは、実に興味深い。
それに、畜産家だから、食材も君たちが頑張って育てた、新鮮なものなんだろう?
実に良かったよ」
「ありがたいお言葉です!」
率直で素朴な性格なのが、兄妹の父ならではのことはあったけど、それだけ『貴族様からのお褒めの言葉』には心から感激していた。
「いや、そこまで畏まらなくてもいいんだ。
貴族だのなんだの偉そうにしていてもな…結局、日々の食生活を君たち生産者に頼っているもんだからな。
おお、あれか」
ついた放牧場には、サスぐらいの大きさをした、昆虫ではないものの、6本足と少し首の長い、地球でいえば牛とも、ヤギとも言えない妙な形をした動物たちが草原の上でのどかに放牧されていた。
「あれがダパという動物か?」
「はい。農耕の労働力にもなって、食肉も提供してくれて、脱皮した皮も皮革になるなど、とても有用な生き物です」
「それは大したもの…って、え?脱皮?」
「はい。サスと同じで、年に一度脱皮します。
サスの甲羅は硬すぎて、昔は鎧などに使っていたと聞きましたけど、ダパの皮は柔らかくて、服の素材にもなります。
まあ、屠畜したダパから取れる皮と比べると、質は劣りますけどね」
「…それは驚いたな」
哺乳類かと思ったけど、『サスと同じ』で、足が6本で、脱皮する…
まさか、節肢動物からあんな形に、収斂進化したのか?
「気になることがあるがな…
あれって、まさかサスと近縁種なのか?」
「さあ、そんな難しい言葉はわかりませんが…
学者さんたちのいうところ、同じ祖先をもっているとか、というのは聞いた覚えがあります」
そういえば、セレステがトゥシタの『動物』を見たのは、ほぼ王都での経験に限られていて、アンテロ以外の4本足哺乳類は見たことがなかった。
サスはクワガタに似た超大型昆虫で、騎獣の一種であるキマは馬に似たシルエットをしてはいるが、どこか大型鳥か、爬虫類のような感じがする6本足の動物だった。
まさか、ほとんどの哺乳類がアンテロに進化したから、他の動物群がその生態の空白を埋めるかのように進化したのか。
そういえば、爬虫類や鳥類のアンテロを見たことがないのが、今更ながら気になった。
「あ、知らないことだらけですまないが、もう一つ聞かせてくれ。
さっき出ていた料理の中、レネート、だったか?あれはどんな動物の卵で作ったものだ?」
スクランブルエッグのような料理が出されていたので、卵だとばかり思っていたセレステは当たり前かのように鶏のような家禽でもいるのかと思って聞いたが、戻ってきたのは訝しげなバレドの視線だった。
「え?卵…ですか?
虫の卵などを…召し上がるのですか?チキュウでは?」
「…は?」
これは何か大きな認識違いがあると悟ったセレステがラインバルトたちの方を振り向いたが、そのラインバルトやレーテスも又、『何をおっしゃいますか?』と言いたそうな、困惑した顔をしていた。
思えば、屋敷でも卵と思える食材を使った料理も、お菓子も当たり前かのように出されていたが、セレステはそれが卵だろうと思い込んでいて、屋敷のヒトたちとしてはそれが何か、わざわざ言う必要を、全然感じていなかったのだ。
だから、驚いたセレステが改めてあのレネートという料理の材料について聞くと、驚きの事実が判明した。
「あ、あれはですね、ギルダの実の種で作ったものです。
皮も果肉も硬く、食えたもんじゃありませんが種の中身は食材として、昔から重宝されてきたものです」
ミルクに続いて、また木の実だった。
ガーネサにレシピを渡したときでさえ、分かりやすいように図版の詳しいレシピを渡したら、そこに乗ってある(割った)卵の写真を見て、別に説明しなくても分かっていた上に、レシピにもメレンゲだのヨークだの、専門用語が描いてあったので、ガーネサが「あ、ギルダの種か」と言った時も、そのようなトゥシタの製パン用語だなと思いこみ、特に気にしていなかったからなおのこと。
『いや、この世界の木って、どれだけ蛋白質が好きなんだよ!』
もちろん、ミルクもギルダも木が蛋白質を生産しているだけで、消費するわけではないから『好き』というのには語弊がある。
「では、ここの鳥は卵を産まないのか?」
「ひよこを生みますけど?」
「な…」
あっけに取られたセレステだったが、少しだけ考えてみたら、そこまで変わったことでもない。
地球でも、魚であるサメが胎生で、その反対に、哺乳類のクセに卵を産むカモノハシもいる。
ましてや、ここは地球とは全く違う生物種が生を営んでいる宇宙の彼方、トゥシタだ。
「そうか。地球の鳥とは違うということに、気づいていなかったな。
そもそも、ここの鳥って4本足だから…」
「え、地球の鳥は、そうではないんですか?」
「ああ…地球の脊椎動物はな、皆等しく四枝動物なんだ。
4本脚か、1対の腕と1対の脚か、1対の翼と1対の脚か…」
「それは驚きました。
それじゃ、食用鳥を飼っても、お肉が少なくなってしまいそうですな!」
純真というか、いかにも畜産家の言い出しそうなことだったので、セレステは思わず苦笑した。
「ああ、そうだな。
確かに、チキン好きには、脚の分配は重要事項だと聞いたような…」
「チキン…とは?」
またわからない言葉が出てきて、バレドが興味を示していた。
「あ、それもここにはないのか。
そうか…ちょうどいい。
お昼を食べてからあまり時間が経ってはいないけど、力仕事だし…皆よく食べるんだろう?」
「はい。みんな大柄ですし、おっしゃる通り力仕事ですから、3食の間に間食もします」
「やはりそうだな。
では、奥さんに伝えておいてくれ。今日の昼の間食は、私がいい物を振舞うと」
「はいいい?」
「お館様、何を」
バレドはもちろんのこと、ラインバルトまでもが難色を示す。
一応お客様の立場で、ましてや貴族の身分であるセレステが、平民相手にするようなことではないようだがー
「いいんだ、ラインバルト。
『下賜』ということにしておけ。
屋敷のみんなにもやっていたことでないか」
「はあ…」
確かに、そういうことにすれば問題はない。
「か、下賜ですか?」
「そうだ。君たちの口に合うかどうか、少し疑問ではあるが…
まあ、揚げ物が不味いわけがないとも言うからな。
不味かったらその時はその時だ。ゲートで何とかする。
母屋で会おう!じゃあな!」
それだけ残して、ゲートを開いて消えてしまうセレステを見て、バレドは驚いて尻餅を突いてしまったが、ラインバルトはまた、頭痛そうな仕草でぶつぶつ言っていた。
「忙しいお方です、本当…」




