表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/87

農場訪問

「あの名声のお高いレギス・セレステにお会いできて、光栄にございます」


「いや、買いかぶりだぞ。コミス・アギズ。

 私の勝手で貴殿の領地に邪魔させてもらうことになったな。

 粗末なものだが、心の表としてこれを、受け取ってもらえぬか」


フェリデリアの西南、アギス領地。

今日のセレステは、ハーヤ・ナクマを駆り、2機のハーヤ・ヤンサを随伴機として連れてこのアギス領地に降り立っていた。


農畜産業を主に営んでいるこの領地で、ある農場を訪れる予定でやってきたわけだが、普通貴族が他領を訪れ時にはお忍びなどではない限り、そこの領主と挨拶を交わすのが常識なのだ。

しかもセレステの場合、こんな派手というか、大袈裟な移動になるから密かに行ってくる、ということがそもそも不可能だったから、用事の前にまずここの領主館を訪れていたのだ。


…元々、こんな派手なお出ましじゃなくても、アンテロではない彼にとって『お忍び』自体が不可能なわけだけど。


3機のデュエマ(いつまでもロボット、ロボットいうのも味がないと思ったセレステが、デウス・エクス・マキナの略でこう名付けた)が運んできた運送用ゴンドラから降りてきていたラインバルトが、セレステの手信号に応じて、持っていたカゴを差し出してみせた。



「これは?」


「ああ、大したものではないが…

 最近、我が屋敷のパティシエ…お菓子職人が再現してみせた地球のお菓子と…

 ヴェラン領で生産に成功した、紅茶の試飲品だ。

 貴殿の領地への訪問の礼物、というにはいささか心許ないが、受け取ってもらえると嬉しい」


落ち着いた、なんか偉そうな顔でそう言っているセレステだったが、先から彼の口の端がビクビクと微かに痙攣していることに、まだ誰も気づいていなかった。


『雪豹だぁぁぁーーー!!

 あの大きい手足!長く太い尻尾!丸っこいお目目とほっぺー!

 きゃわいいいーーーー!!!もふもふしたい!』


…雪豹のレオパの夫妻の前で、凛とした顔を保とうと、必死で頑張っていた。


「おお、あの噂の『セレステ閣下邸のお菓子』ですか。

 これはこれは、こんな田舎の領地では、なかなかお目にかかれないものを。

 貴重なものを、ありがとうございます」

 

実はこの間、ガーネサはロールケーキに続き、マドレーヌとプリンの再現にも成功していた。

その味を認めたセレステは、ガーネサをこう褒め称えていたのだ。


「見事だ。

 屋敷で消費する分さえ賄えてくれれば、屋敷外に販売してもいいぞ。

 もちろん、販売分の材料費は君持ちになるけどな、それで稼いだ金でいつか君の名を掲げた店を出しても、いいだろう?

 君はな、このフェリデリアの、ひいてはトゥシタのお菓子職人の巨匠になれる。

 いや、きっとなる。私はね、君の素質を信じているんだ。

 どうだ?その野望はあるか?」


それを聞いたガーネサは、雄叫びを上げて大泣きしたとか。


「それだけではなく、ヴェラン領地の…新しいお茶まで。

 あれは、もう商用化できるところまで来ていたんですか」


ヴェラン領地の噂も、王都から離れた地方の領地の間に、徐々に広まっていた。

最果ての領地ヴェランに、王都から伸びてきた虹に乗って空から舞い降りたレギス・セレステが、異世界のお茶を作る方法を伝授し、ヴェラン領地には新たな跳躍の機会が訪れたと…


「いや何そのお伽話にしても恥ずかしい話は?

 虹に乗る?私が?何それ?」


「まあまあ、噂って、大袈裟に盛られて事実とはかけ離れた話になるものですから」


ついに本人の耳にまでその噂が届いて、呆気に取られたセレステをビアラ夫人がああ宥めていたとか。


とにかく、王国全土で話題になっている品々が、ヴェランほどではなくても田舎領地だから流行とは距離があったこのアギス領地の領主夫妻の前に、『舞い降りた』のだ。

領主夫妻の目が光らないわけがない。

そして、言葉にはしないけど、『もしかしたら、我が領地でも何か…』という期待を隠せないゆえ、さらに燃え上がるような目でセレステをガン見している。


『あの尻尾、触ってみたい!』


『何か、新しい産業の糸口を!』


『テンゲルがこちらにも来てくれるようなことは、ないのかしら』


…三人がそれぞれの欲望まみれの視線で互いを見定めている中、両家の執事たちが困った顔で頭を抱えていた。


「お館様、そろそろ出発を」


「ああ、そうか。

 コミス・アギス、貴殿のご夫妻のような麗しい話し相手とお別れするのは本意ではないが…」


「オ・ヤ・カ・タ・サ・マ」


「…すまぬ。元の予定があるゆえ、しばしの別れを告げねばならなそうだ。

 そして頼みたいことがあるが、あの3機のデュエマを、ここに止まらせてもらえぬか?

 今から行こうとする目的地には、あんなもので行ってはいけなそうだ」


「もちろんです。ご自由にどうぞ。

 しかし我が領は初めてなんでしょうけど、道案内でもおつけしましょうか?」


「いや、その気持ちだけいただく。

 実は、あそこはこの領地出身の使用人の実家なのでな」


ゴンドラから降りたフーラニの兄妹が、領主夫妻に深々と頭を下げていた。


              ***


五日前のこと。


昼の仕事を終えて夕飯の準備の前に休憩していたガルカンだったが、妹のガーネサと共にセレステの呼び出しを喰らっていた。


兄妹揃っての呼び出しとは、自分が何か粗相でもしたか、妹のガーネサが何かやらかしたのか、そうでなければ二人揃ってお館様の不興を買ったことでもあったのか、セレステの前で戦々恐々としていた所だった。


「いきなり呼び出して、すまないね。

 君たちに相談したいことがあるんだがね…

 実家に、訪問させてもらえないか?」


というセレステの質問に、その本意が掴めず、ガルカンは当惑していた。


「ぼ、ぼくたちの実家、ですか?」


「そうだ。この間ヴェラン領地でミルクの実を見て驚いたんだけどね。

 それ以降、トゥシタの畜産業はどんなものなのか気になったんだ。

 ミルクの実以外にもどのような、私の知らないものがあるのだろうか。

 この目で見てみたいと思っていたところだ。

 ちょうど君たち兄妹の実家が畜産を営んでいると聞いたではにか。

 見学させてもらえないかなと思ったわけだ」


「お、お館様がうちの農場などをけ、け、見学だなんて」


また気を失いかけていたガルカンを、そばにいたガーネサが支えて言った。


「しっかりしろよ、兄貴。

 しかしお館様、うちの農場なんか見たって楽しいものなどー」


「ガーネサ、でしゃばった口をきくな。

 興味があるかどうかは、お館様がお決めになる。

 そしてお館様もです。

 視察に行くから用意させよ、とおっしゃるまでのことを。

 逐一使用人の同意を求める必要などありません」


「おー怖い怖い。叱られちゃった。

 まあ、ラインバルトもそういうなよ。

 二人にとっては久々の里帰りになるはずだから、いいところ見せてやりたいんだ。

 それに、ご子息の二人を預からせてもらっているけど、心配しなくてもいい。

 ということも伝えたいしね。

 だから、前もって相談したいだけだよ。な?」


「お館様…それでは使用人に甘すぎます」


ラインバルトが頭痛そうな表情でそう言ってみたが、セレステは全然気にしていない顔だった。


「いや、まあ、そうキツくいうなよ。

 この二人も君も、私の手足のように、肝心な部下だと思っているからな。

 自分の手足を、大事にしないやつって、問題あるんだろう?」


実は『大切な家族』と言いたいところだが、ここはまだ、平等思想などの許されない身分制社会だ。

ならば一層のこと、『手足のように有用な存在』と表現した方が、この三人としても受け入れやすいだろうと、セレステはそう思った。


「だからだよ。二人の実家…どこだっけ?」


「あ、アギス領っす。王国西南部にある、農畜産を営んでいる田舎っす」


「詳しい説明をありがとう。

 こちらの地理にはまだまだ疎いんでな。

 ラインバルト、私が行くとなれば…先方の領主に挨拶する必要があるんだろう?」


「もちろんです。

 というか、相手はコミスですから、先方の領主がお館様に敬意を表するべきでしょうけど」


「いや、いきなりこちらから迷惑をかけるわけだからな。

 デュエマで向かうことになるから、連絡を入れる時、先方を驚かさないようによく説明しておけ。

 この際、実用実験をしたいものもあるし」


「承知いたしました。

 しかし、実験…とは?」


不安そうな顔でそう聞いてみるラインバルトだが、セレステは笑うだけで、その内容は教えてくれなかった。


「当日の楽しみにするんだ。

 ガーネサもせっかくの里帰りだから、自信作のお菓子をたくさん準備するように。

 家族と、故郷の友達にも振る舞いたいんだろう?

 あ、領主夫妻への差し入れは、念入りに焼くんだぞ?」


「おっす!」


そして、今日の朝。

テンゲルから2機のハーヤ・ヤンサが運んで来たのが、大型ゴンドラだった。

セレステの趣味でハーヤ・ナクマ1機しかなかった時は、ラインバルトをコクピットに同乗させるぐらいに留まっていたが、師団創設後は要人の警護や輸送、物資運搬などに使うことも考慮され始めていたので、そのための運搬手段として、整備チームに開発を命令して作られたもので、テンゲルで繰り返し強度確認と安全テストを行っていたが、実際の長距離輸送に投入するのは今日が初めてだった。


「空の旅を楽しめない人でも安心して乗れるようになー

 中には窓がついてある区画と、着いていない区画に分けられている。

 大型自動車をも輸送できるよう、負荷テストもすませているし。

 喜べ、ラインバルト。最初の実戦投入の栄光を、君にあげよう」


「いや、栄光も何も実験対象じゃないですかぁぁ?」


あれに乗って空を飛んで行くと聞いたガルカンが卒倒したのは、いうまでもない。


とにかく、今度は現地で大人数で移動するための8人乗りSUVまでゴンドラに載せたわけだが、無事目的地まで移動できていた。


              ***


「あれか?」


「はい。あそこに見えるのがうちの農場っす」


「…言わなくてもわかりそうな気がするけどな…」


普通、魔術通信ができる所は役所や、領主館に限られる。

アギス領もそうだったので、レギスの訪問の連絡ができる所は領主館しかなかった。

兄妹の実家の農場には、領主館からセレステの訪問を告げられていたのだ。


その結果というか…


「まさか、朝からあのように待っていたのでは…」


兄妹の家族全員と思われるヒトたちが、農場に繋ぐ道の入り口に集まっていたのだ。


「手伝いさんたちまで出ているみたいっす」


「いや、農場って忙しくないのか!?」


「でも、領主様より上位のお貴族様のお出ましだから…」


「…迷惑をかけたな…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ