リバース浦島太郎
先週末のいざこざで、予定していた月曜日の更新分をお届けできていませんでした。
その代わりにと、本日もう一話更新させていただきます。
地球での日常を描いた閑話のつもりで書き始めましたが…思いの他、内容も分量も盛ってしまいました。
– ツンツン
「いだだ…ノルガー…痛いよ〜」
朝06:00
東京-天城のマンション。
いつものように、ノルガーの爪に突っつかれ、天城は目を覚まされた。
猫にはルーティンというのがあって、一度やってみて気持ちよかったり、満足したことを自分の1日の日課に入れてしまい、時計も読めないくせに決まった時間にルーティン通りに行おうとする。
…もう15年以上守ってきているノルガーのルーティンの一つが、『朝ごはんは6時に食べる』ということだった。
なんで、よりにもよって顔を突っつくことにしたかは判らないが…前足で触るつもりなのに、爪が出ていて結構チクチクする。
「頼むから、爪は出さないでくれよ〜」
この話も、この10数年間無数に繰り返したわけだが、猫のノルガーにわかるはずもない。
…実は人語など余裕に理解できるくせに、わざと知らんふりをしているだけ、と猫と一緒に住んでいる皆様の中、多くの方々が疑っているんだろうけど。
「肉球でポン、とするだけでも…
あ、それやってみたが私が起きなかったのか?
ごめん、ごめん」
起きないとさらに突っついてくるので、まだ眠いが仕方なくベッドから起き上がる。
一人で寝るには広い方であるクィーンサイズベッドの上、残った空間にそれぞれ寝転んでいたイーシャとアーシャも起き上がって、すりすりと頭をすり寄せてくる。
「みんなおはよう〜ご飯にしようかな」
朝早くご飯を食べる習慣をもつ猫と一緒に住んでいると、寝坊もできなくなる。
でもそれに慣れると、目覚まし時計も要らなくなる。
猫たちにご飯と水をあげて、天城のルーティンも始まる。顔を洗い、パジャマから室内服に着替え、自分の朝ごはんを食べて、片付けをしては、仕事をはじめる前に少し休む。
ラシオンが20歳になってから、天城は老いた猫たちの面倒を見るために会社を辞めて家で働くことを選択していた。人間関係にも疲れていて、大事な家族–猫たちの介護も必要だと思っていたからだ。
「まさか、あんな形でまた巡り会えるとは想像もできなかったけどな」
ラシオンが旅立ってからは、1匹、もう1匹と去っていくことを怖がり、全員去った後は自分はどうなるんだろう、ともう未来なんか期待せず、悲しみに明け暮れていた時もいた。
しかし、ラシオンがアンテロになってトゥシタから舞い戻り、自分の意志でトゥシタに往来できるようになってからは、地球とトゥシタでの二重の人生を生き、二倍以上に働きながらも、充実した日々を送っていると思うようになっていた。
「…でも残りの私の寿命、大丈夫かな…
単純計算で1日45時間を過ごすわけだけど…大丈夫なのか私の体?」
地球にも、トゥシタにも愛する家族がいて、やることがたくさん残っているのに、寿命の消耗が激しくなっていて、志半ばで倒れたりしたら、たまったもんじゃない。
「そのうち、人間ドックでも受けてみようかな…」
とにかく、締め切り間近の仕事をまとめることが先だった。
***
「獣医になりたかった!」
「いや、それもう聞き飽きたから」
夜。
天城は久々に会った友人と二人で飲んでいた。
「そもそも…人間なんか…みんな死んでしまえばいいのに…」
「それ、医者の言うこと?」
「医者ほど人間という生き物に絶望する職業も、ないと思うんだよな、俺は!」
このようなとんでもないことを言っているのは、天城の幼馴染の男性。
名前は、平良白銀。
「しろがね」でも名前としてはおかしいと言いたいところだが、「クローム」と読むのだ。
…歳の割に、先走り過ぎたDQNネームというか…
「DQN言うな!森鴎外もDQNという気か!」
「はいはい、そこ誰もいない第四の壁。
全く、大した親御さんだったな、お前んとこ」
「あのクソ親父ぃぃぃぃ
こんな名前つけて散々苦労させては、獣医になりたいと言う俺に、病院を継ぐために人間の医者になれって強要しやがって。
その病院とやらを継いでみたらどうよ、借金まみれで、やっとのことで返済できたら今度は看護師さんはやめるわ患者は減るわで…
やってられっか!!」
「うんうん、それも聞いたよ、シルバー」
「うっせえな、タイキ。
おまえだって変な名前の恨みは…」
「おっと、一緒にしないでもらおうか。
私はちょっと珍しい読み方をしているだけで、通り名で呼んでほしいと先生に頼むほどではなかったよ?」
「くそぉぉぉ」
結局、学校などでは『しろがね』という通り名で通していたが、そちらも名前としておかしかったので、天城とは『変わった名前同盟』を結成していた仲だったのだ。
「結成も何も、お前が勝手にそう言っていただけだろうが」
「いいじゃん、タイキと俺の仲だし」
「黙れシルバー」
初めて会う人にはよく間違われる呼び方ではあるけど、こいつは幼馴染のくせにわざと『タイキ』と呼んでくるので、仕返しにクロームでもしろがねでもない『シルバー』で呼んでやったらむしろ「その方がマシ」と喜んでいたので、そのままシルバーのあだ名で呼んできて今日に至っている。
「しかしな、タイキ?お前、最近ヘアダイでもした?」
「は?するわけないだろ。まだ白髪も生えてないし」
天城が、グラスのビールを飲み干して言った。
「いや、この間会った時は結構生えてたよ?前髪の白髪」
「老眼の見間違いだろう…
お前、そこまで目が悪いなら、流石に医療事故を起こす前に、廃業した方が?」
「老眼じゃねえよ!
廃業したいのは山々だけど、視力に問題はねーわ、バカ」
「ヘアダイは私じゃなくてお前のほう…
あ、すまん。抜け毛のお前には縁のない話だったわ」
「なんだとゴルァ!
よくも気にしていたことを!」
ハゲとまではいかないが、平良の髪は結構、薄くなっていて、頭皮が透けて見えるぐらいだった。
「ふっ、羨ましかろう?
アラフィフなのに、豊かすぎて困るこの髪がよ!」
自分で言った通り、黒く、みっしりと生えている髪を撫で倒しながらドヤ顔でいう天城だが…
この発言で、同年代の男性に結構恨みを買っているんだろう。
「はあああ…これだから人間は嫌だ…
できれば獣人に生まれたかったよ…
抜け毛など、ないだろう…」
勝手に想像してあんなこと言っているけど、タテガミの抜け毛で悩んでいた本物の獣人-リオネア・アンテロのゲリエ財務大臣に実際接していて、いやいや抱きしめられたことも多々ある天城としては、鼻で笑う話に過ぎなかった。
もちろん、トゥシタのことは誰にも言う気はないけど。
「またその話か、ケモナー変態め。
空想もいいけど、大概にしろよ」
そう。
平良白銀は、筋金入りの獣人好き、重度のケモナーだったのだ。
しかも、人間に耳と尻尾をつけているだけのライトな獣人を嫌悪する、本格的な…
「変態じゃない!お前なんかに、獣人の素晴らしさがわかるか!」
「知りたくもねーよ、変態め。
獣医になりたいと抜かしているのも、まさか…?
うわ、近寄るな変態。シッシッ」
そんなことはないだろうけど、もしこいつがトゥシタに行ったら…
想像したくもないと、天城は身震いした。
「お前はいいなー毎日猫たちにモフれて」
「私の崇高なる家族愛をお前の歪んだ欲望と一緒にしないでほしい!」
「ぬわんだと……ん?」
ほろ酔いで少しとろんとした目で、平良は天城の顔をまじまじと見つめていた。
「なんだ、気持ち悪い。
そんなに見つめたって、私の顔に毛が生えて獣人になったりはしないよ?」
「お前こそ気持ち悪いこと言うな。
それより…お前、目元の皺、なくなってない?」
「元々なかったけど?童顔ですー」
「殴るぞ。なんか肌のハリもよくなったみたいで」
「スキンケア用品を変えたおかげかな?」
「そんなわけあるか」
もし天城が酔っていなかったら、今朝心配していた自分の体感時間のことを思い出していたかもしれない。
だが、今の天城の頭の中から、そんなことは綺麗さっぱり消えていた。
「…そもそもお前な、なんで私の顔を、そんなにまじまじ観察しているんだ?
気持ち悪いからやめろよ」
「いや、なんかお前、若返ったような気が…」
「老眼で、酔っているくせに何がわかるんだよ」
「医者の目を、舐めるなよ?」
「嫌だと言ってたくせに」
「それはそれ、これはこれだ」
「あーうっさい、飲め飲め!」
結局、ギャアギャア言った挙句、二人とも酔い潰れて、天城の髪のことはどうでもいいことになって忘れてしまっていた。
…その日は。
***
「炎症値は正常範囲に収まっていますし…
肝と腎臓も、まだ健康です。
20歳を超えた猫がこんな数値なのは、本当羨ましいことですね。
心臓壁が少し厚くなっているのが見えますが…
心臓の大きさには変化がないので、まだ頑張ってくれています。
えらいね、ノルガーちゃん」
ノルガーの健康診断の日。
もう高齢の猫だから、麻酔から戻れなくなる恐れもあるとの警告を聞くたびに心配になっているが、それでも診断しなければ見つけられない病気があるから、健康診断をやめるわけにもいかない。
今日も頑張ってくれることを祈りながら健康診断に来て、無事麻酔から目を覚ましてくれた。
「全般的に健康です。
この子の健康、大事に管理してくださった甲斐がありますね。
でも老衰はどうにもできないということだけ、わかっていただけると幸いです」
「はい、ありがとうございます」
健康診断に来るたびに、いやでもわかるようになる。
猫たちの時間は、あまりにも短いと言うことを。
動物病院で会計を終え、マンションに帰る道を、夕焼けが暖かく包んでいた。
「ここのお前たちには、あと何年が残っているんだろうね…
地球であまりにも短い寿命を持っていたから、トゥシタでは長命種になって報われているのかな。
もしかしたら、トゥシタのアンテロって、お前たち以外にも、地球の動物の生まれ変わりかもな。
寿命を全うできた子も、幼くして旅立った子も…
あそこでは自由に、幸せに、末長く…」
本当にそうだったらいいな、と、天城はキャリアの中のノルガーに、小さく語りかけた。
「でも、誰かに愛されていた子たちには、トゥシタに来てほしくないね。
おじいちゃんに、おばあちゃんに、パパに、ママに、お兄さんに、お姉さんに。
誰でもいいから、全ての小さい命が…
愛する誰かにまた会えるそれぞれの場所に行けたらいいな、と」
–ミャー
天城が何を言っているのか理解しているかのように、ノルガーが小さく鳴いた。
「はは、なんかね…
歳をとると、らしくなく感傷的になるんだ。
だからこんな湿っぽい話を。
さあ、早くお家帰って、猫缶食べようね」
そうして、一人と一匹は沈む夕焼けの中を歩いて行った。
***
「ちょっと休んでくるーと言って地球に来たのはいいけど…
1週間トゥシタに行っていないけど、あそこ、まだ1日も経っていないんだろう。
リバース浦島太郎かよ。はは」
また1日のルーティンを始めて顔を洗っていた天城は、ふと先日の平良の戯言を思い出して、顔を触ってみた。
「気のせいか、本当にハリが良くなったような気がしなくもない…?
いや、気のせいだろう。アンチエイジングセラムが効いてくれたかもだし」
そして、やっていた仕事を纏めた天城は、セレステに着替えてトゥシタへのゲートを開いて、ベッドの上で一塊になって日向ぼこしている猫たちに挨拶した。
「じゃ、パパ行ってくるね」




