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抹茶ロールケーキ

「ラインバルトくん?下着…大丈夫だろう?」


「お館様…

 そのようなことはないと、もう何度も申し上げたはずですが」


フェリデリアの南へと飛んでいる、ハーヤ・ナクマことセレステの作り出したロボットのコクピットの中。

セレステは、補助シートにラインバルトを乗せて、先日思いついた紅茶および茶葉加工品の商談のために王国の南端、ヴェラン領地へ向かっていた。


「自動車は充電ステーションがまだだから遠距離移動はまだ無理だけど、こいつはジェネレーター内蔵型だから、燃料切れの心配がない上に時速がねー」


「お館様?誰に向かってお話しになっています?」


「あ、いや、こっちの話だ。

 まだ時間もあるし、マルク・ヴェランのこと、もう一度説明してくれ」


「はい。

 今日お館様のお会いになるのは、マルク・カルパ・ヴェラン・パール。

 エルマ(水牛獣人)のアンテロで、今年126歳のまだ若い領主です。

 お館様の感覚では…34、35歳ぐらいになるんでしょうか。

 辺境地ですからコミスではないマルクですが、実質、他国と接していませんので、名ばかりのマルクと見ても大差ないかと存じます。

 領地の産業として茶葉の生産に励んでいますが、王国の僻地に当たる領地ゆえ…」


「うん、ど田舎のお百姓貴族、と言われているようね?」


「望ましくないことではありますが…」


「まあ、よくあることだろう?

 王都まで来ようとすると、サス車や騎獣で走っても十日はかかる…

 中央からあそこに行くのも、あそこから中央に来るのも大変だから、いらない偏見が生じるのも無理はないよ。

 そこをうまく突けばね…」


また何か企んでいるようなセレステに、ラインバルトが気になることを聞いた。


「騎獣で十日はかかる距離をたった2時間で…

 どれだけ早いのか、見当もつきませんね」


「何、これも結構ゆる〜く飛んできたわけだ。

 通常速度を出していたら、1時間で来れたはず」


そんな話しをしていると、ヤルデマラセナからの道案内が聞こえた。


*マイロード、あと10分でヴェラン領に到着します。

 着陸シークエンスに備えて、マニュアル操作に切り替えます。

 スピードを落としてください*


「あ…うん。

 このままずっとオートでも構わないけどね…」


ぶつぶつ言いながらも、セレステはヤルデマラセナのいう通り、マニュアル操作に変わったペダルに足を乗せ、減速操作に入った。


              ***


ヴェラン領主、カルパ・ヴェラン・パールは早朝から緊張していた。

王都の社交界とはほぼ縁のなかった田舎貴族の自分に、今王都で様々な奇行で話題になっていると、風の便りで聞いた異世界人のレギス・バシが面会を要請して、向こうからこちらに来るので、アポを取って欲しいとの連絡があった時には何か悪い冗談でも言っているのかと、疑った。

しかし、上位貴族からの要請に真面目に返答しなければ不敬に取られかねないので、他の日程で埋まっていない日付をまとめて返信したらなんと、3日後に到着するという魔術通信が戻ってきたのだ。


まさか、もう王都から出発して日付の相談をしていたのか?

いや、それにしては、向こうの魔術通信の発信地は全部王都だった。

最後の通信には、こんな文面があった。


「当日は、少し変わった乗り物で貴殿の領地に向かうので、予めご了承をお願いしたい」


『少し変わった乗り物』とは一体なんなのだ。

噂のあの空飛ぶ大地にでも乗ってくるというのか。


そんな考えを巡らしているヴェランの書斎の扉を、アレフ(牛獣人)の執事がノックした。

普段の彼らしくなく、何か慌てているような、急な叩き方だった。


「どうした?入れ」


彼の許しを得て書斎に入ってくる執事は、相当慌てているのか、主への挨拶すら疎かにしていた。


「ご、ご主人様、どうぞ外へ」


「外?何があった?まだレギス・セレステが来られる時間では…」


「それが…とにかく大変です!」


普段は落ち着いた態度の彼をして、何がここまで狼狽させているのか。

これは並ならぬことだと感じたヴェランは、急いで邸宅の外へと出てきた。


「な…なんだ、あれは?」


すでに邸宅の前に出て来ていた家の者のたちが見上げている先を追って北の空を見上げたら、背中に虹を背負ったようなヒト型の何かが、高空からだんだんこちらに向かって舞い降りていた。


「まさか、レギス・セレステ自らが飛んできて…

 いや、待て、大きすぎないか?」


高空からこちらに向かって、だんだん降りてくるそのヒト型は–『大きい』の一言でまとめられないぐらい、巨大になってきていた。


「か、怪物か?」


「ヒトの10倍はありそうだ!」


「あんなのが降りてきたら…領主様、迎撃の準備をしましょうか?」


名ばかりのマルクゆえ、実質的に動員できるのは二十人足らずの警備隊ぐらいだったが、その警備隊長が彼なりの勇気を搾り出して、勇ましく聞いてきた。


「いや…みんな落ち着くがいい。

 あれは多分…客人…

 今日来られると言った、レギス・セレステであろう」


混乱しかけていたのはみんなと同じだが、領主の自分まで混乱に陥ってはならない。

領民を落ち着かせ、万が一に備えるのが、領主のやるべきことだ。

少なくとも、彼は先代にそう教わっていた。

ヴェランたちがそうして当惑している間、件の巨大なヒト型–ハーヤ・ナクマは屋敷の前、空き地になっている空間に、まさに舞い降りるようにそっと、降り立った。

ヒトの10倍はありそうな、見るに金属でできているような巨体が地面に降り立つのにそんなに大きい音も振動もしないということに、ヴェランたちは驚きを隠せずにいた。


実は神秘な印象を与えようと、セレステがヤルデマラセナに指示して、できる限り騒音を出さないように各部を調整させた結果だが、それはどうでもいい話し。


 –パシュ


その巨体が地面に片膝をつけて座り込んだと思ったら、その胸元からドアのようなのが開かれ、そこから二人の人影が現れた。


「お館様、例の『姫様だっこ』というのでいきましょうか」


「…君、わざとそれ言っているね?」


先日、ラインバルトを慣れさせようと相乗りしていた時、コクピットハッチについてあるラダーで降りるのが面倒で、「抱っこして降りてくれない?」と半分冗談で言ったらすごく嫌な顔をされたことがあった。

ラインバルトは、ここであの日の仕返しをしようとしていたのだ。


「ヤルデ、下してくれ」


*承知いたしました*


実は、ヤルデマラセナに指示すれば手に乗せて降りさせてくれるのを、あの日はラインバルトをからかおうとああ言っていた。


…凸凹の主従というべきか。


そんな会話を交わしている彼らを、ヴェランたちは不可解な何かを見る目で見上げていた。


「やあ、マルク・ヴェランか。

 私がレギス・バシ・オオテル・セレステだ。

 到着時間を知らせられなくて、失礼したな」


「お、お初にお目にかかります、レギス・セレステ。

 ヴェラン領主、マルク・カルパ・ヴェラン・パールと申します」


「うむ、いきなりの要請にご丁寧に答えてくれて、感謝する」


ついさっきまでのキテレツな会話を交わしていたヒトなのか疑わしくなるぐらい、態度の変化が激しい。ヴェランはセレステをどう相手するべきか混乱した気持ちになっていた。


「お、お二方、どうぞお入りを」


そんなヴェランを救ってくれたのは、彼の執事だった。

レギスの『少し変わった乗り物』を初めて見た時は取り乱していたが、その正体が分かってからは長年の執事としての経験が功を奏し、セレステと自分の主人を屋内に案内しようとしていたのだ。


「あ、ああ。

 レギス・セレステ。どうぞお入りを」


***


「うむ、新鮮な茶葉で淹れたお茶は、さすがに格別だな。

 それも、産地ならではの特権なんだろう」


「はあ、それ以外はこれと言った長所のない僻地ではございますが」


現代地球でも、茶葉は鮮度が命だ。真空パッケージや密封保管など、鮮度を保つための工夫がなければ、産地と消費地では別物になってしまう。パッケージ技術の劣るトゥシタでは、なおさらのことだ。


「何をご謙遜な。それは『より高級な』味が味わえるということだ。

 社交界の連中にとっては、いい話の種になるだろう?」


『その社交界の連中が、こんな僻地まで足を運んでくれればの話しだがな』


と、心の中で自嘲するヴェランだったが、セレステはそんなことはお構いなしに、自分の話を続けていた。


「あ、そうだ。

 今日の訪問の差し入れというのはなんだが…貴殿にも味わってほしいのがあってな。

 ラインバルト、あれを」


「はい」


セレステの後ろに待機していたセレステ家の執事–ラインバルトが、持ってきた箱からまた何か、木箱を取り出すのを見て、ヴェランは少し不愉快な気持ちになった。


『差し入れとは、王都の最新の甘味でも見せつけて、田舎もんを揶揄う気か』


しかし、そのセレステ家の執事が木箱を開け、その中身を見せた時、ヴェランは自分の目…いや、鼻を疑いたくなっていた。

薄緑のパン生地で、これまた薄緑のクリームを包んだ、円筒型のパン…いや、菓子パン?からは、甘い匂いに混じってほんのりと、上品なお茶の香りがしていた。


「それは…?」


「やっぱり、わかるか?

 これはな、今朝、うちのパティシエが焼いたものでね。

 地球から持ってきた茶葉の加工品…『抹茶』を淹れて焼いたのだ。

 いやあー天才パティシエのうちのガーネサでも、これの再現には結構手こずったよ」


あまりにも多くの情報で、ヴェランは混乱していた。

『今朝』焼いたものだと?そのパティ…なんちゃらも連れて、近くにまで来ていたのか?

いや、だったら『到着時間の連絡ができなかった』というのが話にならない。

朝王都を出発して、まだお昼も過ぎていないこの時間に、ここに来れるなど、ありえない。


『いや、待て、まさかあの奇怪な…?』


そのヴェランの当惑に止めをさすかのように、セレステが無心に言った。


「いや〜今朝焼いたものなんだけどね?2時間も経つとなると…

 一度直接来てみたんだから、次はゲートで来れるな。

 焼きたての味はさらに格別だから、その機会があれば持ってこよう」


『…焼きたて…王都から?

 化け物か、このヒトは!』


ほぼ理性が飛んでしまいそうな、恐怖に近い感覚を味わっていたヴェランだったが、自分の前に出された、抹茶ロールの香りにハッと我に返った。

さすが、茶葉の産地の領主らしいと言えば、言えることだろう。


「さあ、遠慮なく味わってみたまえ。

 茶葉の名産地の領主である貴殿なら、それがどのようなものか、わかるだろう」


セレステがそう言っていたが、ヴェランはほぼ意識していなかった。

ただ、魅入られたかのように、フォークを手にし、目の前のロールケーキを切り出し、口にー

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