空を駆ける
週末にちょっと忙しいことがあって、月曜の更新ができなくなってしまっていました。
お読みになってくださる皆様に、大変申し訳のないことをしてしまいました。
今週分の5回はなんとしても書きたいと思います。
*そうそう、ゆっくり踏み込むんです、マイロード*
「こうか?自動車のアクセルを踏むのと似た感覚かな」
*ですよね。普通馴染んだ感覚で設計するので。
さっきも言いましたとおり、歩行中の加速、方向転換、ブレーキは全部ペダルで行います。
飛行中にはそれに加えて、踏み込む角度で上昇・下降もコントロールしますので、頭に入れといてください*
アリメカリセスは弟を叩き起こしてから不機嫌になったのか制御室に戻ってしまい、それからはこの自称『不可視のイケメン』、ヤルデマラセナの案内で基本操作を習っていた。
「下半身をペダルで操作するって、理に叶っているとは思うが…
踏み込む感覚を間違えれば、大変なことになりそうだけど」
*そのミスがないように補正・補助するのがこのヤルデマラセナです。ご安心を*
「それって、ファ○マ…」
*だー!それ言っちゃダメでしょう、マイロード!*
なんか漫才のような会話を交わしているそばで、ダーハラトは何も言わず、黙々と前だけを見つめていた。
「あれ?ダーちゃん、ロボ酔いでもした?気分悪い?」
「…そう呼ぶなとあんなに言ったのに…別に気分が悪いわけではない」
「じゃなんで…あ?」
ダーハラトの方に目をやったセレステは、あることに気づいた。
「…高所恐怖症?」
「いや、そ、そんなことはない!
ただ、足元が心もとないだけだ」
操縦席の周囲上下左右270度の壁面がスクリーンになっていて、ダーハラトが立っているところも、その上だった。
そう、ダーハラトは今、地面から10m以上の上空に、『浮いて』いるような状況にあるのだった。
「ああ、どおりでアームレストを壊さんばかりに握りしめて…
怖かったら怖いといえばいいじゃない。この曖昧な高さだからこそ、恐怖心…
待てよ?君ってさっき、私を脇に抱えて3mも飛び上がったくせに、たかが10mで怖がる?」
「だから足元が心もとないだけだと言っただろうが!」
*マイロード、シートの横に補助シートが収まってあるはずですが?*
「え?そんなのあった?どれ、ダーちゃん、ちょっと離れて」
「あ、ああ…」
『足元が心もとない』せいか、操縦席から離れる動きが、普段の彼らしくなくぎこちなく、のろまだった。
「あ、これか…ここを外して…よっと。
さ、座れよ。君にはちょっと窮屈に思えるかもな」
「いや、座れるだけでいい」
シートをセットすると、待っていたかのようにさっさと腰をかけて、自動車で馴染んでいたシートベルトまでちゃっかりと閉めるダーハラトを見て、セレステはニヤリと不敵に笑ってしまった。
「本当に怖かったな?」
「うるさい」
*地球では人間が最も恐怖を感じる高さが11mから12mまでという説がありますから、マルク・メンゲンがそう感じられるのも無理ではないと思います*
「だって」
「…」
二人(?)の合同攻撃に拗ねてしまったのか、黙り込んだダーハラトを見てクスクス笑いながら、セレステは次の段階に入った。
「手はこのレバーで操作…うう、ボタンが多すぎて押し間違えそうだよ」
腕だけを動かしてラジオ体操の真似をしようとしたが、あまりうまくは行かなかった。
*初操作で、さすがにそんな動作は無理ですよ。
そして、そんな時にはトレース式マジックハンドに切り替えたほうがいいです。
微細な調整は自分が補助しますので*
「あ、そう?では、適当に操作してあとは君に全部任せていいかな?」
*そのためにここに来ましたから*
「わかった。じゃ…
『飛ぶ』ぞ」
– キーン
ロボットの背中に折り畳まれていたデバイスが展開して長くなり、そこから噴射炎ではなく、スペクトラムのような七色の光が発散し、全長18mの巨体がふわっと、地面から飛び上がった。
「あ?わああ!!」
操縦席内では変化が感じられないので、何が起きているのか少し遅れて理解したダーハラトが思わず声を上げてしまったが、セレステはウキウキしていた。
「うわ、飛んだ飛んだ!
じゃ、このままテンゲルの外にー」
「ま、待て!何もない空に出るというのか!?」
「『空』を飛ぶんだからな!テンゲルの地面の上じゃ、意味がないよ!」
「そ、その前にオレは降り…がああ!」
『降りさせてもらう』と言いかけたところを、セレステは機体をテンゲルの外へと向けて、そのまま加速ぺダルを踏み込んで空へと飛び出た。
「わ、わ、あわわわ…」
高速で飛んだので、視線を何処にやっても見えるのは何もない空。
ダーハラトはもう、混乱状態になって、両足の間に巻きあがった自分の尻尾を抱えて目を瞑っていた。
『…結構可愛いところもあるんじゃない?』
そばでセレステがそんな失礼な考えをしていると知る由もなく、ダーハラトは普段の彼からは想像もできないほど震え上がっていた。
「で、ヤルデ?今の高度と速度は」
*はい、現在高度2300m…アシェ、時速42万アシェで飛行しています。*
「4、42万…
動いているような気配は、感じられないんだが」
「ダーちゃん…
そんなことは目を開いていうべきだと思うよ?」
「…結構だ」
「せっかく安全な方法で空を飛んでいるのに、見ないと損だよ?」
*そうです、マルク・メンゲン。
マイロードの操縦が下手でも、私が補助しておりますから安全面の心配は無用です*
「おい」
*事実ですよ?マイロード*
「…だそうだよ。君自分で言った通り、高所恐怖症じゃないなら目を開いて空を見るんだ。
空の中眺める空って、結構気持ちいいんだよ?
私もこうして、飛行機の狭い窓越しじゃなく、広いスクリーンで見るのは初めてだよ」
「この『ろぼっと』って、お前の世界の乗り物ではなかったのか?」
「違うな。空想物語の中のものだ」
「よくもそんなのを作り出して、乗る気になったな?」
呆れ果てたダーハラトが思わずセレステを見た。
「そりゃまあ、少年の夢なんだから!」
「いや、お前はもうー」
「あ、目開いた」
「あ」
しまった、と思った時には、ダーハラトの視野いっぱいに、目の前を遮るものなどない、広大な青い空が広まっていた。
「あ…」
「綺麗だろう?」
「そう…だな」
なるべく下を見ないようにしてはいるが、地平線すらない果てしない空を、その空を飛びながら眺めるという想像してしたこともない経験で、ダーハラトはだんだん恐怖を忘れて感動していた。
*おじさん二人空のデート*
「「なんでそうなる!?」」
余計なことを言って、その雰囲気を粉々に破ってしまう『自称イケメン』さえいなければよかったんだろうけど。
「では、本当の地面に降りてみようか。
屋敷までのルートを案内してくれ」
*了解しました*
「ダーちゃんもな、この高さからならむしろ高いという実感がしないだろうから、見下ろしてみてもいいと思うよ?
慣れておく必要もあるだろうしー」
「慣れておく必要?なぜだ?」
「それはー」
疑問に思うダーハラトに、セレステが何か言おうとする時だった。
*マイロード、王都上空への進入許可は?*
「あ?」
そういえば、なんの了承もなくこんなもので王都上空を飛んだら、大騒ぎになるに違いないということを、セレステはまだ考えていなかった。
「そ、そういえば勝手に王都を飛んだら問題になるな。
仕方ない。一旦テンゲルに帰還しよう」
*わかりました*
ヤルデマラセナの指摘で無断で王都上空に侵入…いや、進入することは避けられたが、テンゲルが飛んでいた空域の下の地域ではもう『空飛ぶヒト型の怪物体』の件で大騒ぎになっていたということには、セレステもダーハラトも気づいていなかった。
***
「…という報告が入ってきているんだが」
「あ、ははは、あはは」
休日が明けた次の日、王からの呼び出しで参内したセレステは、そう問いただしてくる王の前でなんといえばいいか、考えを巡らしていた。
「卿の領地で行う、趣味活動はいいが…」
「ははあ。私の考えが至らなかったせいで…」
弁解の余地もない過ちだ、と悔しがっているセレステに、王が語った。
「あんな面白そうなことをやるなら、余にも一言言ってほしいと思うが?」
『そっちか!!!!』
と、心の中で叫びながらも、セレステはそれらしい言葉を練り上げた。
『親子』としてなら「バカいうなや」と言い捨てていたけど、とにかくここは大臣たちも、他の臣下もいるところだから。
「恐れ入りながら陛下、あれがちゃんと動いてくれるかもわからない状況でしたので…」
「軍務大臣は同行したと聞いたが」
「それは公務ではなく『友人』としてでして…」
「『息子』は誘ってくれないのか?」
なんだか、ラシオンが甘えている気がする。
「一通り起動実験は済ませたところで、もう少し安全を確認してから陛下に申しあげたいと思っておりますが」
「期待しておるぞ」
『偉そうに言ってはいるけど、結局駄々をこねているだけではないかよこいつ』
とは思ったが、それだけ頼っているのか、と考えると、不思議なほど嫌な気はしないセレステだった。
…後でセレステと一緒に乗ってみた王が、自分用のも欲しいと言い出して騒動になったのはまた別の話。




