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たった1ヵ月

ガーネサが白亜館の専属パン職人になった一ヵ月後。

セレステは、彼女が再現に成功した地球の甘味を持って、王宮に来ていた。


「しかしな、本当に毒見しなくてもいいのか?」


「あら、お父様、毒入れました?」


「そんなわけないじゃないか」


「なら、いいではありませんか。

 お父様を信じずに、誰を信じられます?」


娘にして嫁、イーシャ王妃が自分を信じてくれるのは嬉しいが、少しわがまますぎるのでは、ともセレステは思っていた。


「地球の甘味を、お父様のお屋敷の使用人にまで振舞われたのに、愛娘にしてこの国のお・う・ひ・さ・まである私にはなにも…って、ありえないことだと思いませんか?」


「いや、あれは謝罪したし、もう5回も地球から高価なスイーツを貢いだじゃないか」


「アーシャ姫?おじい様が姫のおやつに、ケチつけていらっしゃいますよ?」


「おじいさまのケチ!」


「ひ、卑怯だぞイーシャ!」


…と遊んでいる3人を、そばでノルガ―が情けなそうな目で見ていた。

確かに、セレステが屋敷の皆と公社の職員たちに甘味を奢ったのに王宮にはなにもなかったと聞いたイーシャ王妃が拗ねてしまって、セレステとまったく無罪なのにとばっちりをくったラシオン王に「もうしりません!」と言っていたのが一か月前のことで、王が慌てて「父上!なんとかしてくださいよ!」とせがんで、イーシャの機嫌を取るために何度も地球から甘味を買って来ていたが…


今になっては、イーシャもセレステもなんだか楽しんでいるようにみえていた。


「それで、その親父お抱えのパン職人とやらが作ったのがこれなのか?」


「ああ、そうだ。

 腕のいいパン職人とはわかっていたけどな、まさか1ヵ月でここまでやってくれるとは、正直驚いたよ」


「そんなに難しいことなのか?」


「こちらにはかつてなかったものを、テキストだけを頼って作らなければならないからな」


セレステとノルガーがそんな話をしながら見ているのは、綺麗に出来上がったロールケーキ、その中でもクリーム多めのものだった。

簡単そうに見えるけど、パン生地の作り方も、クリームの作り方もトゥシタの物とは全く違うものだったので、それをレシピの説明と、食べてみた記憶だけでここまで再現できたのは、並みならぬ努力の賜物と言っても過言ではない。


「ほぼ衝動で雇ったんだけどね、今考えてみると、すごい掘り出し物だったよ、彼女」


「男だと勘違いしてたって?」


「だって、男にしか見えなかったんだ。

 でも、うちの男衆は…どうしてすぐ女だとわかったんだ?」


レーテスもラインバルトも、一見しただけで彼女が女性だとわかっていた。

後でロデリックとロノヴァールに聞いても、『見ればわかるでしょう?』とだけ。


「見ればわかるだろう?」


「お前もか!

 ま、いい。いつまで気にしてはいられないからそういうことにする。うん。

 あんなに紛らわしいやつが、他にいそうにないし」


「それはどうでもいいから、もう味わわせていただけません?」


しびれを切らしていたイーシャにせがまれ、セレステは苦笑しながらロールケーキを切り分け、イーシャ達に配って、持って来たカバンからティーバッグを取り出して、用意されてあるティーポットに入れてお湯を注いだ。


「そしてーこれも試してみてくれ。

 どう考えても、西洋菓子にお茶は似合わない気がしてな」


「何です?」


「紅茶と言ってな、簡単に言えば茶葉を発酵させたものだ。

 茶の産地と交渉して、こちらで開発してみようかと思っている。

 その前に、試飲してもらおうと思ってね。

 まあ、こちらのアンテロの嗜好に合わなかったらそれまでのことなんだけど…

 一応、ビアラ夫人は気に入ったと言っていたよ」


それを聞いたイーシャが、呆れたような顔になった。


「あらまあ、お父様ったら。

 ビアラ夫人のお口に合ったというと、もう試飲など必要ないとお分かりでしょう?

 しかも、ビアラ夫人って、お父様のお屋敷に住んでいて、さらに美食に…」


「まあまあ、そうは言ってもな。

 『王妃様お墨付き』までいただくと、な?」


「そうでしたら、真っ先に私の元に持ってきてくださるべきなのでは?」


「いや、検証もできていないものを献上するわけにはいきますまいぞ、王妃殿下?」


「もう、お父様たら」


と愚痴を言いながらも、紅茶の香りが気に入ったのか、一口飲んでみた。


「この渋みとほろ苦さ…結構、飲み手を選ぶかも。

 でも、たしかに甘味にはこちらが合いそうですわね」


「だろう?

 砂糖を入れたり、ウィスキーやミルクを入れたりでバリエーションも増やせるし。

 国内に茶葉の産地があれば、いい産業に…」


と言いかけて、セレステはキョロキョロと周りを見回した。


「なんだ?」


「いや、どこかで財務大臣が耳を立てているのでは、と思ってな」


「お父様、ここは王室のプライベート空間です。いくら財務大臣でも」


「…いや、この間の公社の納税の件でな…抱きしめられて死にそうになったことを考えると…」


「…そう言えばあったな、そんなこと…」


そんな大人たちの話など気にしないアーシャ姫は、自分の前に出されたケーキにフォークを入れ、一口大に切りだして口にしては、瞳が大きく見開いた。


「おいしい!」


他愛のない話をしていた大人3人の視線が、それを聞いて姫に集まった。


「あら、姫!母より先に食べるのはエチケット違反でしょう!」


「いいじゃないか、プライベート空間だし」


負けじとケーキを口にしたイーシャも、ケーキの味が気に入ったのか瞳が細くなる。


「まあ、お父様。これ…」


「合格かな?」


「はい。お父様がチキュウから持って来られたものに比べても負けないぐらい」


「だろうな。ノルガ―、お前はどうだ?」


「いや、ボクは甘いものはあまり…」


…とは言っているが、その尻尾の先がピクピクなびいているー興味深々という信号を、セレステは見逃さなかった。


「ベースになるこれが完成したからな、これからバリエーションが増やせるぞ」


「それは楽しみですわね。

 …そのパン職人、頂戴しようかな」


「いや、それは勘弁してくれよ。

 本当、掘り出しものの腕のいい職人だ。

 彼女を手放したら、また新しい職人を探し出して仕込みなおす羽目になる。

 彼女に地球のレシピを教え込んで、こちらの方式で再現して、それを元に他のお菓子職人…

 そう、パティシエを育成していく気だよ」


「またスケールの大きい話をしているな、親父」


王室にお菓子を貢ぎに来て、さりげなく2件もの産業の話をしているセレステに、ノルガ―が参ったと言いたそうな顔で言った。

空想の話なら誰にでもできるが、セレステの場合卓上の空論か、ただの夢物語で終わることなく、実現されて成果を出しているから、聞き流すことができない。


「例の電気研究ってのも、順調だと聞いたんだけど?」


「そうそう。半信半疑で魔術師たちに電気理論を伝えてみたけど、大正解だった。

 魔術師学校で懸賞金をかけて乾電池の研究をさせたらすぐ原理を突き止めた学生が出て、彼女とうちのユーレを中心に研究組織を組むと言ったら…大騒ぎだったよ」


「人選の不満でもあった?」


「いや、その組織に参加したいと、宮廷魔術師も魔術学校の学生…どころか、教授まで申し出てきてね」


「研究好きな連中だからな」


「でも、もう乾電池と麦球の再現にまで漕ぎ着けるとは、正直驚いたよ。

 協力する技術者の精錬度にも驚いた。

 地球ではあれができるまでどれだけかかったかと思うとなー」


              ***


「それも全部、レギス・セレステのおかげです」


魔術師学校に敷設して設立した電気研究所に寄ったセレステに、所長を兼任していた魔術師学校学長、バズデリ・ナイランが言った。

最初はヴァナルデ・ユーレを所長に、という話だったけど、ユーレが自分には荷が重いと辞退し、対外関係とかで重みのある人物を所長にする必要があるとの意見を受け入れ、ナイラン学長に頼むことになったのだ。

ちなみに、ユーレは主席研究員として研究を率いている。


「買い被りです。

 私はただ、研究費を援助し、研究材料を提供し、地球の理論を伝えるだけ…

 …うむ?こうして並んでみると、結構貢献している?」


とぼけるのかボケてるのかわからないが、そんなことをいっているセレステに、ナイランは苦笑した。


「もう自覚をお持ちになったほうがいいと思います。

 貴方のやっていることは、もはやこの世界の歩みを加速させるほどのことですから」


「いや、そのつもりではいますけどね…

 正直、そんなことができるのか疑いたくなりますからね。

 技術研究面でも、私はなにもやっていませんし」


「また、そんなご謙遜を…

 そう言えば、魔術学習の進展はどうなっていますかな?」


「いっ」


ナイランに痛い所を突かれたのか、セレステがギクっとした。


「なに、1ヵ月ぐらいで目に見える結果を出せたら、まさに魔術の申し子でしょうけどね」


「で、ですよね!あははは!

 ユーレくん、忙しいですし。

 使用人の家庭教師まで頼んで…あははは」


「ええ、ビアラ夫人の侍女の方が魔術に才能を見せていると」


「げっ」


実際のところ、セレステは地球の電気理論とトゥシタの魔術理論の比較のために魔術の理論を学び始めたが、そもそも文系の彼としては基礎段階を超えたらどちらも魔術の呪いにしか聞こえない状態になってほぼ放棄状態だったが、その代わり一緒に魔術の授業を聞きたいと申し出たアドリエの方が才能を見せていた。


「なんか、色々とすみませんね。

 私の勝手で彼を雇っておいて…」


「何をおっしゃいますか。

 彼の塞がれた道を開いてくれたのも、私たち魔術界に新たな可能性をもたらしてくれたのも、レギス・セレステ、貴方なんです。

 感謝こそすれ、悪く言う筋合いはありません」


「まあ、そうだったら幸いですけど…

 それはそれで、私に見せたいというのは?」


「準備できています。ご覧になりますか?」


「はい。今日はそのために来ましたから」


ナイランに案内され、セレステは数人の魔術師たちが実験に没頭している研究所の実験室に入った。


「諸君、レギス・セレステが来られた」


ナイランの一声に、研究していた魔術師たちが一斉に起き上がり、自分に向いて礼をするのを見て、セレステは居ても立っても居られない気分になったが、それを顔には出さず、片手を上げて答礼しながら言った。


「研究者の諸君、ご苦労。こちらは気にせず、続けてくれ」


普段の『お貴族様の演技』が功を奏し、なんとか威厳のある答礼ができたと思いながら、セレステは今日目的としていたところに案内された。

そこには、テーブルの上にさらに小さな台があり、その上に円筒が固定されていて、その円筒中心軸に当たる部分から直角に伸びた棒―クランクにハンドルが付いてあった。


「これですか」


「はい」


「…さわってみてもいいでしょうか?」


「もちろんです」


研究所長の手紙には、『驚くべきものをお見せする』としか書いていなかった。

だが、その物体をみた瞬間、セレステはそれが何かわかってしまった。


『まさか、たった1ヵ月で自力でここまで来るとは』


自分で提供した研究資料の結果だが、セレステとしても驚きを隠せない結果だった。

セレステは、クランクのハンドルを握って、回し始めた。


「…やはり、お分かりでしたか」


後ろから聞こえるナイランの感嘆は、耳に入って来なかった。


‐ピー


円筒の反対側から伸びた2本の電線に繋いである物体から、電子音が聞こえた。


『12V』


液晶画面に、文字が表示された。

この間、電気実験のためにセレステが研究所に提供したテスターの1機だった。

電圧表示は不安定で、数値が変わり続けているけど、いまセレステがハンドルを回している円筒から電気が発生しているということは間違いなかった。


セレステは今、トゥシタ最初の単極発電機を稼働させていた。

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