今度は南へ
「これ、喜ぶのは良いがな。
皆、先決の問題があるというのを忘れるでない」
財務、商工、魔術師長の三人がキャキャウフフ騒いでいるところ、宰相のツッコミが入った。
「先決の問題、とおっしゃいますと?」
興醒めさせられたせいか、少し不満そうな顔で聞き返す財務大臣に、やれやれといいたそうな表情の内務大臣が宰相に続き、指摘した。
「それはもちろん、彼らの法的地位のことです。
戦争難民だったピグレットとは、色々と違いますけどね。
セクターと言いましたか?
都市と言えるほどの規模となると、結構な人口数でしょう。
もちろん、伝説の存在が我が国に来てくれるということです。
ピグレットの時とは違って、反論はあまり出ないと思いますけど――」
だからと言って、異質な集団が国内で大集団を成す。
それにつきまとう問題がないはずがないから、法的な根拠や世論対策などを、予め用意しなければならない。
もちろん、ドワーベンを受け入れる場合、手に入れられる利益はすでに理解済みだから、受け入れるのを前提して、内務と法務でその対策を練らなければならないと、内務大臣も心を決めていた。
「それもそうじゃがのう。
大体、お主らは当たり前かのように言っておるがな。
ドワーベンがこの国のために働いてくれると、約束でもしたか?
なあ?王父卿よ?」
あ。
ワイワイ騒いでいた三人も、頭を打たれた気がした。
新しい電力と、技術と、それによる輝かしい未来。
それに心踊らされ、騒いでいたのは自分たちの勝手。
ドワーベンの口からは、まだ一言も出ていない。
まあ、口がどこにあるのかすらわからないけど。
とにかく、セレステが言っているだけだった。
会議室の皆、特に財務大臣たち三人の懇切な視線が自分に注がれるのを感じながら、セレステが言った。
「さすが、空気読まずどころか、空気バスターの意地悪ジジイ」
「こら」
軽く受け流す宰相にニッと笑い返しながら言い続けた。
「まあ、でも最もな疑問です。
その疑問に、私から答えるより…
張本人の、KN80679――
いや、シュバデンケ全体に、聞いてみましょう。
さあ、どう思われるのかな?」
今度は全員の視線がメインフレームに注がれた。
張り詰めたような緊張の中、メインフレームが口…を開いた。
「予め申し上げます。
私たちは、フェリデリアという、特定の国のためだけに働くのではありません」
場の空気が、さらに張り詰めた。
どういうことだ?と聞く視線がセレステに向かわれる中、メインフレームが言い続けた。
「しかし、私たちに滞在の地を貸してくださる国家に…
共存の示しとして、助力を惜しまない気でおります」
「つまり、交換条件ということじゃな?」
宰相の質問に、メインフレームが応えた。
「そうとも言えます」
「ふむ。
それを聞くと、むしろ信用できますね。
条件の良すぎる話は、一応疑ってみる性格でしてね」
「これ、内務の。
お主のその疑心暗鬼、どうにかならんのか」
「…誰に仕込まれたものとお思いで?」
少し睨み合ってはいるが、いつものことだからみんな別に気にしていなかった。
「交換条件、というのは承知しました。
でも、これまで何千年も隠遁を続けてきたあなた方でしょう。
なぜ今更、我らに接触することを決心したのか、聞かせていただけますか?」
内務大臣のその質問は、みんなの疑問でもあった。
セレステがこのメインフレームを、フーマニタからうば…奪還してきたというのは周知の事実。
でも、だからと言ってこうして正体を表す理由にはならない。
「それは…」
みんなが耳を澄ませる中、メインフレームが続けた。
「そこにいらっしゃるアインガスト…
いえ、あなた方の呼び方では、レギス・セレステのお陰です」
まあ、そうだよな。
大臣たちはもう、『またお前か!』という視線を送る気にもならなかった。
「あれ〜?みなさん?」
「お主の奇行にはもう慣れたんじゃよ。
さあ、続きなさい、メインフレーム殿」
「はい。
もちろん、このメインフレーム個体をフーマニタの手中から救い出した。
そのご恩もあります。
でもその以前に、レギス・セレステには、我が種族に新しい未来を提示していただきました」
「新しい未来?」
「はい。
私たちは種族としての渋滞で悩んでいました。
そこに、アインガストとして現れ、新しい可能性を提示してくださいました。
そして、あなた方有機知性生物との共存で得られる、さらなる高みへの道も」
まさに『私はこうして悟りを開いた』という証言のような言い方だった。
生憎、ここに神や宗教の概念を持っているものはいなかったので、妙な言い方だな、としか思わなかった。
ただ一人、『神』という概念を理解している天城だって、無神論者だからその手の話には興味がない。
「で、あいつがまた何かしでかしおった。
それで、あいつの口車に乗って、世に出ることにした…
と理解すれば良いのじゃな?」
「色々と省略されていますが、はい」
実のところ、そもそもその『アインガスト』とはなんだ、と誰かが突っ込んでもおかしくないところだった。
場合によっては、またアリメカリセスたちが総出で対処しなければならないことになっていただろうけど、幸いなことに、フェリデリアの皆さんはセレステ絡みのことには半分理解を諦めていたので、すんなりと受け流されたのだ。
「わかったわい。
じゃ、何かあった場合は、あれに責任を問うことにして…」
「え、なんでそうなります?」
「お主がお主じゃからよ。
国家規模の賓客として迎え入れる、ということでよろしいでしょうか、陛下?」
これまで静観していたラシオンは、いきなり自分に振られた話に、にっこりと笑いながら応えた。
「うむ、余もそれが良いと思うな。
誰か、異存あるものは?」
一応、財務大臣たち三人は彼らからの交流で得られる利益と技術のことで、反対する気はさらさらない。
宰相と内務大臣も、基本彼らと同じ意見の上に、協力してくれるという意思と、その理由を確認できたから別にダメ出しする気はない。
外務大臣も、『他の国々に先立って、ドワーベンとの外交で有利な位置を先占する』ということで満足しているから、特に反対する気はないようだった。
「では、土地…と言っても地下空間になりますね。
賓客への提供と、国内での地位に関する法律を確認しましょう。
この場合に当てはまる条文を探すのも、大変でしょうね。
何より、前例のないことになりますから」
法務大臣は、もう受け入れ前提で話を進めていた。
「うむ、では全員同意とみて良いな?」
「…陛下?
私はまだ何も…」
慌ててそう言ってみる軍務大臣、ダーハラトだったが、その抗議は見事にスルーされた。
「うむ、不満があれば王父卿にいうように」
「「いや、陛下、何を!!」」
図らずもハモってしまった二人の声に、王はニッと笑いながら言った。
「そこまで思考が一致しているなら、問題なかろう?
あんなに王父卿を敬っている彼らのことだしな。
対フーマニタ戦ならいざ知らず、彼らが国家間の戦争に手を貸すことは…
まずない、気がするがな。
集合意識で遠隔地の同族と繋がっているなら、彼らに軍事行動を頼めるわけでもない。
むしろ、抑止力になってくれるかもな?
まあ、あくまでも肯定的な見方にすぎないがな」
静観していた王の、現実的な味方。
ダーハラトとしても際立って反対する気はなかったが、意見も聞かずスルーされたので、それを抗議したいだけだったから、これ以上言うことはない。
「…お前の責任が重い。わかったな?」
「だからなんで私に振るのかな!?」
セレステのその抗議の声も虚しく、『何を今更』といいたそうな全員の視線を集める中。
王の裁決が降った。
「では、決まりだ。
ここにいるドワーベンのメインフレームを我が国の賓客として迎え入れる。
彼の求めに合うような鉱山を探し出し、関連法律を整えよ。
全ての準備ができる次第、内外に伝説のドワーベンを発見したことを公表する。
皆、心得たか?」
「「「「「「「「承知いたしましてございます」」」」」」」」
…この雰囲気でツッコミを入れないほど、空気というのが読める。
セレステも、それなりに大人ではあった。
『何か気持ち悪いナレーションがついたような気はするけど!』
何か、あらぬ方向へと嫌味を言っていたセレステは、会議で聞きたがっていたことを思い出した。
「あ、陛下、解散する前に一つ」
「なんだ?」
「先日、大臣の皆さんに頼んだゴムの手がかりのことですが」
「ああ、あれか。
重要な案件だな。
して、誰か手がかりを見つけた者はいないか?」
ラシオン王のその質問に、商工大臣が待ってましたと言わんばかりに答えてきた。
「陛下。
実は今日の会議でご報告申し上げる案件でした。
あまりにも大きな案件があったので、後回しにしておりましたが…
南方諸島からの交易船団に問い合わせたところ、それらしいものがあるとのことでした」
「ほう?
王父卿」
ゴムのことはわからないから、自分で確かめるように、という意味だ。
「はい。
商工大臣殿、その情報を、もっと詳しくお願いします」
「はい。
まず、南方諸島というのは、バリアーダより更に南にある海上国家のことです。
大小の島々で構成された連合国家で、あそことの交易は主に熱帯地方の産物を中心とします。
あそこで育つ木々の中、樹脂が取れる木があるそうでした。
あそこではその樹脂を、主に船の防水処理に使っているそうですが――
固まると弾力があり、よく跳ねるので子供たちの遊具としても使われているそうでした。
王父卿からお聞きした特性と、一致するところがあると思いますが」
その報告を聞いたセレステの胸は、すでに踊っていた。
ゴムだ。ゴムなんだ。
見つけた。
でも、現物を見ない限り断定はできない。
何より、ここは木の樹脂を食べて合成樹脂を作り出すような、地球の常識では測れない奇妙な昆虫が存在する、そんな世界だから。
「かなり有力だと思いますが…
実物を見ない限り、なんとも言えませんね。
その南方諸島というところまでは――
あ、いや。今度はテンゲルで行くような場所ではありませんね。
いつもの航路を外れて飛ぶと、リゾートのお客さんに迷惑だから。
高速船が必要か…」
独り言を言っているつもりだったが、ぶつぶつ言っているその声は、みんなにも聞こえていた。
「またか…」
「まあ、レギス・セレステのことですからね」
「高速船?新しい船を?」
大臣たちはそれぞれ言っている中、ラシオンが仕方ないと思っているような顔でセレステを呼んだ。
「王父卿?
……いや、父上?」
「はい?」
「…止めても行くつもりなのはよく分かりますがね…
今回は、何をするのか、先に言ってくださいよ?せめて」




