許されざる者
天城大輝は、基本的に無神論者である。
日本の神々のことはただ伝統の生活様式ぐらいにしか考えていないし、釈迦は偉大な哲学者ぐらいにしか思っていない。
他の唯一神教に関しても、自分に宣教しようとしない限り、無関心で徹している。
要するに、自分とは関係ないところで信仰する限り、相手の信仰を尊重すると言うことだ。
トゥシタに来ても、アンテロには神という概念すらないと聞いて、安心していたところだった。
……正直、『聖母龍』のことを聞いた時は少し迷ったけど、それがあれでは……
しかし、このフーマニタ共のように、自分たちだけが神の選ばれし民であり、自分達の信仰こそ真理だと言い張る連中を見るとついこう考えてしまうのだった。
『嘲笑わずにはいられないんだよな――
本当、困った性格なんだ』
だから、アランタの王の前では異様なほど、女神の存在をわざと貶していた。
「考えてもみろよ?
お前、あんなのが本当にいると信じているのか?
証拠は?」
「女神の被造物である我々が、この大地に存在している。
それが証拠だ!」
「ほお?
では、さっきいった『魔族』も女神の被造物?」
「当たり前ではないか」
かかった。
セレステはそう思った。
「じゃ、その魔族とやらも女神の被造物なら……
お前らフーマニタと、兄弟と言える関係だろう?」
「何?あんな穢らわしいもの共と一緒にするな!」
「……じゃ、女神はなんであんな穢らわしい連中を作り出した?」
「な……」
「あの女神ってやつが、全知全能で、お前らフーマニタを祝福したならな。
なんでお前らに反する、『魔族』も作り出した?
あれがポンコツでなければ、別にお前らを祝福していないってことかもな?」
セレステは今、有名な『悪の問題』を少し捻って王にぶつけている。
正直、セレステとしてもその命題で神を否定するところまでしか知らない。
もし神学者に反論されたら、こちらが混乱していたんだろう。
だけど、普通の人間を混乱させるには、それで十分だった。
そして、その考えは正解だった。
生まれて初めて聞く難問に、王は混乱に陥った。
「そ、それ…は…?」
「仮に、お前らが『魔族』と呼ぶ連中が、女神に背きし悪と言ってみよう。
なら、女神はなぜその悪を罰しない?
そうする能力がないから、お前らに押し付けたか?
能力はあるが、別に魔族を悪だと思っていないのか?
能力もなければ、魔族を悪だと思ってもいないのか?
能力もあって、魔族を悪だと思うが、何もしないのか?
そんなやつに、神として信仰する価値があるか?」
「いや、女神には人間如きには理解できない大いなる計画が…!
その証拠に、我らに魔族と戦う力として、魔法と神聖力を!」
出た。
地球でも、こういう連中が最後の最後に持ち出す便利な言葉。
『大いなる計画』
「へえ〜計画か。
でもな、お前らが魔族呼ばわりしているアンテロにも、魔術と法術ぐらいはあるがな?」
「うっ……」
「まさか、その大いなる計画って……
考えてもみろよ?
フーマニタも魔族も、女神の被造物なんだろう?
兄弟のような仲だろう?
なのに、その兄弟を死ぬまで戦わせる気?
それで、生き残った方だけを育てようとでも?
本当、適者生存にも程がある。
毒親どころか、クズだろ、それ」
もし、王が万全の状態だったら、ちゃんと反論できていたかもしれない。
いや、論理的な反撃では無理でも、気迫で圧倒して黙らせたんだろう。
しかし、今の王は、先ほどの奇妙な現象で精神も体力も激しく消耗していた。
だから、王はもう我慢できず、剣を抜いた。
「貴様――!」
− パキン
抜いた剣には、剣身がなかった。
「嫌だね、すぐそうして暴力を振るう連中は」
「お…王家の宝剣が……
き、貴様、何をした!?」
目の前で起きた信じられないことに、王が叫び出したが、セレステはケロッとしていた。
「何もしていないよ?
……私は」
正しくは、セレステの背負っているリュックと、そこから出てきた何かがやったこと。
とにかく、自分の手でやったことではない。
「貴様…
本当に悪魔か!」
「だから、違うって。
仮にそうだと言ってもよ?
悪魔が現れたのに、女神は何もしてくれないんだろう?
大敵である悪魔の手に、自分の信者をかけておいて救ってくれない?
嫌だね〜そんなママ。
は〜い、そこの女神さん?
私はここですよ?
何もしないから、罰してみません?
はい、どうぞ〜」
王は、目の前の悪魔の言うことに、自分の耳を疑った。
存在そのものが穢らわしい悪魔が、女神の存在を愚弄するとは。
だから、悪魔の妄言と同時に、懇切に祈っていた。
『女神アシェラよ。
今ここに臨まれ
御身の大敵であるあの穢らわしいモノに
その御怒りの雷を下し給え』
多分、王の生涯で、今この瞬間以上に懇切に祈ったことはないだろう。
しかし、その祈りも虚しく虚空に散るだけだった。
− し〜ん
何も起きない。
正直、セレステとしても少しは期待していた。
地球とは違う世界だから、もしかしたら本当に女神がいるかもしれない。
いや、ラガネマパイサがあれほどひどいことを言っていたではないか。
もしかすると、女神だって5次元の住民かもしれない。
それが本当に現れても、こちらにはラガネマパイサとダルカルヌピカの、二体もいる。
何があっても、負けることはないと思ったから、遠慮せず言っていたのだ。
なのに、何の気配すらない。
『ラガネマパイサ?
もしかして、そこでマークしてた?』
『いいえ!
あのビッチ、びびっているはずでしょう!
身の程知らずがマイロードの前で出しゃばったことでもしたら……
私たち姉弟全員でフルボッコですから!』
正直、セレステは余計なお世話だとも思っていた。
一体どんなやつなのか、見てみたい気がしなくもない。
でも、そんなことを言ったら本当にあの姉弟がフルボッコにして、ボロ雑巾になった女神をずるずる引きずってくるのでは、という気がした。
それはそれで面白そうだけど……どうせ女神の顔なんか、この連中も見たことがない。
見せたって、認めようとしないだろう。
『うん…まあ、わかった。
では、これから私が言う通りにね――』
テレパシーもどきでラガネマパイサに何か指示したセレステは、再び王に向かって言った。
「さあ、見たか?
お前らの女神ってやつは、こちらに興味がないようだ。
自分を冒涜した私に罰どころか、気配すらしない。
本当に、つれない女神様だな。
自分の信者たちが、こんな様になっていると言うのにな。
あんなものに信仰を捧げるなんてなぁ
本当に、おめでたい連中だぜ。
クーックックック」
聞いている王にとっては、神経を逆撫でするどころの話ではない。
女神を愚弄し、自分を嘲笑い、それでいて余裕綽々に笑っている。
絵に描いたようないやなやつだった。
床に倒れたり、腰を抜かして座り込んでいた貴族たちの中には、すでに目を覚ました連中も何人かいた。
だが、様子を見るために気絶したふりをして二人のやり取りを聞いていた彼らも、 王と同じく、心の底からこう思っていた。
『悪魔だ……
本当に、あれは悪魔だ』
王と貴族たちがそう考えるが考えまいが、お構いなしのセレステは右手を頭上に指しあげた。
「さて……
いもしない女神などの名の元に、散々酷い事をしてきたんだろう?
粗末なんだが、答礼だ」
– パッチン
指を鳴らすと同時に、至近距離に雷が直撃したような、ものすごい轟音と振動がした。
「うああああ!」
「な、なんだ!」
王も驚いて声を上げたが、気絶したふりをしていた貴族たちも流石に我慢できず、悲鳴をあげてしまった。
「やれやれ、本当に忠誠深い臣下を持っているな?
あれほど女神を冒涜され、王が危ないというのに様子見か。
実に素晴らしいではないか。
命を懸けて王を守ろうとする臣下が、一人もいないとはな」
そこまで言って、室内を見渡したセレステが、先ほどよりさらに冷たい声で言い捨てた。
「ああ…
忠誠心のあった連中は、さっきのあれで完全に逝っちゃったのかな?
これでは、この国の行く末が楽しみだね」
かろうじて目を覚ました何人か以外は、まだ白目を剥いていたり、半狂乱になっていたり、完全に反応を失っていたりで、室内は酷い有様だった。
「貴様…何をした?」
噛み砕くように、半分唸るように聞く王に、セレステが答えた。
「何って……
貴様らが召喚と称して屠殺を行っていたあの地下室をな?
土台ごと、灰にしてやったまでだ。
感謝しろよ?あんな血生臭いところ、貴様らだって掃除したくないだろう」
実のところ、あの不愉快な地下室と、そこに保管されてあった勇者召喚に関する資料や道具まで、部屋ごと破壊してしまったのだ。
いや、破壊というか、文字通り『分解』してしまった。
ラガネマパイサの四大力を思うがままにする権能で、分子レベルで解体してしまっていたのだ。
セレステはこの間、フェリデリアの大臣たちの前では「ラガネマパイサは無能」と言った。
しかし、あれはあくまでも彼らが理解できるレベルで説明しただけだった。
魔術と法術を操る能力がないだけで、彼女の真の力はそんなものではない。
だが、あまり他人には知られたくないものだったので、伏せていただけだ。
『強力すぎてな…頼りすぎてはいけない。
正直、私自身でも憚れるしね』
本当にどんな存在なのか、少し疑問を持ち始めたアリメカリセスの姉弟たちの中でも、最も強力で、破壊的な力だったので、少しは警戒していたのだ。
…でもそんな彼女を簡単に制圧してしまうアリメカリセスの力は一体…
「…ハッタリではないか?」
セレステの話がどうにも信じられないのか。
王が疑わしそうな目で聞いてきた。
「まあ、好きに考えたまえ。
信じるが、信じまいが、余には関係ないことだ。
そうだ…
一つ、聞きたいことがある。
お前らのその召喚とやら…
召喚した者を、元の場所に戻すことはできるか?」
「…できない」
「ますます気持ち悪い連中だな。
自分の都合で、罪もない者たちを勝手に召喚しやがる。
しかも、戻す術もない。
その上、生きたままで召喚できる確率も極めて低い。
それを何度も何度も繰り返してきた、と?
正気の沙汰とは思えないな?」
「何とでもいうがいい。
それは魔族を駆逐する、女神から賜った聖なる戦争のための力だ。
我らとしては、使わない道はない」
その答えを聞いたセレステは、冷たく答えた。
「そうか。
どうやら、貴様らとは相容れないようだな。
さらばだ」
− パッチン
その言葉だけを残して、もう一回指を鳴らした。
その音と共に、また王宮の何処かで雷が落ちたような爆発音がした
同時に、謁見室内が眩しい光に包まれた。
王の視力が回復した頃には、セレステの姿はもう、何処にもいなかった。




