多次元宇宙時空…何?
これまで数知れぬほど行ってきた勇者召喚だったが、こんなことは初めてだった。
いや、初めてというより、あってはならないことだった。
こんな正体不明のモノが召喚され、鑑定の鏡まで割ってしまうなど。
あの鏡を聖国にまた要求するとなると……流石に、今回は無償では譲ってくれないだろう。
それどころか、『貸した聖物を壊すなど、あり得ることか』といって、弁償を要求してくるかもしれない。
所詮聖国の連中も、対魔族戦争を半ば商売と思っているのが現実だから。
色んな考えが錯綜し、頭が痛くなってくる王の前で、セレステの声が聞こえてきた。
気のせいか、先ほどの殺伐とした声よりは、少し軽いノリになっている気がした。
「それに、貴様ら先から勇者、勇者と騒いでおるが……
その勇者とは、なんぞや?」
言っているセレステが自分で考えても何か言い方がめちゃくちゃだと気づいてはいるが、今のところむしろその方が都合がいい。
とにかく、フーマニタ共を混乱させ、こちらが主導権を持って、籠絡していくべきだった。
「母なる女神、アシェラ様の御導きにより彼方からこの世に舞い降り……
我ら人類のため、その大いなる力で穢らわしい魔族共を駆逐する。
女神に選ばれし、異世界から到来する者のことだ」
「母なる女神…?
なんだ、お前その歳してまだママ離れしていないのか?
情けないやつよのう」
「何ぃ?」
「ああ、まあ、いい。
ママのおっぱい、離れたくないよな。うん。
わかるわかる。男とはそういう獣だから。
だが……お前、仮にも王だぞ?
政ぐらい、自分でやればどうだ?
なんでもママに頼るのも、考えもんだぞ?大人だろう?」
王は、侮辱されたと感じるより、不可解を感じていた。
目の前のこの……黒いモノは、今何を言っているのか?
偉大なる女神の敬虔なる信者である自分を、汚い言葉で貶そうとしているのではないか。
女神への信仰にかけて、これは断じて許し難い狼藉。
だが、ここで怒鳴り散らしては、奴に踊らされる気がする。
「どうやら勇者殿は、我らとは違う認識を持っているようだな。
母なる女神とは、肉体の母を指しているわけにあらず。
この世界の全ての創造の主であり、世の理を主観するお方なるぞ」
王の答えを聞いたセレステは、本当に安い神論だと思いながら、ラガネマパイサに話しかけた。
『世の理を主観するって。
あれ、お前のことじゃない?
ほら、四大の力』
『全く、呆れた話です!
あんなビッチと私を、同格だと思っているなんて!』
『いや、そういうお前も大概だと思うがな……
まあ、いい』
ラガネマパイサとのしがない脳内会話を終え、セレステはまた王を揶揄い始めた。
…そう、もはや真面目に話し合う気など、なくなっていた。
「ほほう、そのようなお方が……
それなら、ぜひ会わせて欲しいな?
彼方より来たりし、四大公爵が一人である私だ。
この世界の理を一人で司るお方に会い、
同業のものとして、ぜひその手腕を拝見させていただきたいな。
いや、我らは四人で分け持っても大変なのにな、大したお方だ」
「今、なんと?同業?」
適当なことをペラペラいっているセレステの発言の中。
どうしても聞き捨てならない言葉に、王は当惑していた。
同業とは、このモノは、恐れ多くも自分を……
『神』だと、主張しているのか?
ありえないことだった。
フーマニタにとって、神はこの宇宙を創造されし森羅万象の母なる女神。
偉大なるアシェラ以外に、あってはならない。
「陛下!騙されてはなりませぬ!
あれは、召喚陣を乗っ取り、地獄から上がってきた悪魔ですぞ!
その証拠に、怪しい光と瘴気で、魔法使いたちを殺めました!
直ちに、司祭たちを!徐魔の陣を!」
仲間の所に来て、幾分か勇気を取り戻したのか。
耳たぶを飛ばされた大臣が、少しは勢いを取り戻し、セレステを指差しながらギャギャ騒ぎ出していた。
「あ、悪魔!?」
それを聞いた、謁見室の貴族たちが一斉に後退り、セレステから少しでも遠くなろうと、壁側に群がった。
「へ、陛下!危険です!」
「早くお逃げを!」
だが、王はそうはいかない。
我が命恋しさに逃げ出したりはできない。
王を王たらしめるのは、王座の重さを知ることだ。
こんな不確かなことで玉座を捨てたりしたら、王権を足元から掬われることになる。
ひびが入りかけていた玉座の手すりを握りしめた手にさらに力を入れながら、王はセレステに問いかけた。
「あれは、誠か?」
「何が?」
「怪しい光で魔法使いたちを殺めたこと。
そして、貴殿が召喚陣を乗っ取ってきた悪魔だということだ」
「ああ、それ?」
それと同時に、セレステは大臣に視線を向けた。
「な、なんだ悪魔め!
さっき程は怪しい術で私を騙したようだが、もうそうはいか………」
「ファ○リーズ」
その瞬間、大臣の周囲が青白く光だし、大臣は両手で顔を庇い、まるで豚が締め殺されるような悲鳴をあげた。
「ぎゃあああー!
目が!息が!」
壁沿いに群がっていた貴族たちは、もうパニックに陥って、悲鳴をあげながら謁見室から逃げ出そうと扉の方に走った。
だが、不思議なことに、どれだけ叩いても、押しても、その扉はビクッともしない。
「静かに。
ギャギャと、耳障りだ。
仮にも貴族と自称しているんだろう。
実に下品な連中だ。
おい、そこの豚。
騒ぐな。お前など、手にかける価値もない」
各々の耳元に響く、先ほどの冷たく殺伐とした声。
強引に落ち着きを戻され、恐る恐る大臣の方に視線を向けたら、両手で顔を庇ったまま床に転がってはいるが、確かに命に別状はないようだった。
「全く。
あれがなんだと?
ただ、そいつの体が臭すぎて、除臭してやっただけだよ」
それを聞いた貴族たちの中から、誰かが吹いてしまう声が聞こえる。
この哀れなブ…大臣は、こんな悪臭が漂う宮廷でも、臭いで裏で笑われていたようだ。
玉座に座っていた王でさえ、気のせいか空気が少し新鮮になった気がしていた。
「しかし、勇者さま!
ではなぜ、魔法使いたちは……」
「あそこの匂いが酷かったからだ。
換気もしないから空気も腐っていて……
あいつら、どうせ研究だのなんだの言って、
着替えもお風呂もおろそかにしていたんだろう?
不潔なものを、許さないんだ。ファ○リーズは」
せめて異論でも、と思って勇気を絞り出した魔法頭は、そのまま撃沈された。
しかし、本当の問題はその後についてきた。
「それはそうとして……
あそこには、悍ましい『死』の臭いが染み込んでいたな。
……貴様ら、あそこで一体何をした?
召喚だけなら、あんな臭いはしないはず」
セレステの雰囲気が、ガラリと変わった。
「そ、それは……」
「当ててみようか?
勇者召喚とはいえ、結果はランダムだからな。
使えそうなやつが出てくるまで、何度も何度も。
その中、満足なステータスを持っていないやつが出たら……
足手纏いだと、処分したんだろう?
いや、あんな不完全な召喚式だ。
多分、『分解されて』召喚されたやつもいたんだろう。
違うか?」
「ど、どうしてそれが!」
真実を突きつけられ、思わず答えてしまった魔法頭は、慌てて自分の口を手で塞いだ。
だが、時すでに遅し。
「……罪状を認めたな?
そこの王とやら、お前も知っていたか?
お前の国で、こんな人道に背く犯罪が、行われていることを?」
せめて、召喚の真実を知らないでいて欲しいと、セレステは思った。
あんな血に狂ったようなことを、いくらこんな連中でも、国ぐるみでやっていたとは、思いたくもなかった。
だが。
「ああ、知っていた。
あれは、女神から賜った、我らフーマニタの正当なる権利。
穢らわしい魔族共をこの大地から駆逐し、我らフーマニタを繁栄に導くため。
フーマニタの母なる、女神アシェラからの贈り物なるぞ。
ちゃんとした勇者として召喚されなかったのは、その異世界の虫けらどもに非がある。
あれは、不良品を処分したまでよ」
王のその答えに、セレステは目眩を感じた。
だが、ふらつくわけにはいかない。
弱点を見せては、いけないのだ。
「そうか。
では、この一連の事態の責任は……
その、アシェらとかいう個体に責任がある、ということだな?」
「貴殿がどのような存在なのかはまだ計り知れぬが……
口を慎んで欲しいところだな。
女神への侮辱は、許せんぞ」
王の方も、本気で怒っている。
『ふむ。そう来たか。
ダルカルヌピカ、これから私の指示する内容を……
奴らの聴覚中枢に、ダイレクトで打ち込んでやれる?
最大許容音量の1200%でな』
『はい。できますが……
その場合、聴覚神経を破壊したり、
精神崩壊を起こす可能性もあります。
構いませんか?』
『知るか』
次の瞬間、セレステはポケットからスマホを取り出した。
アラームのリストから、サイレンの音を選択した。
それを、高く掲げ、再生した。
−グオオオン
「な、なんだこれはあああ!」
「あ、頭の中に音がああ、ぐああああ!」
脳を直接攻撃してくる大音量のサイレンに謁見の間にいた王以下、貴族全員が混乱を超えて苦痛を訴えている中、セレステが叫び出した。
「余は多次元宇宙時空管理局第3等管理官
ニャルラ・ド・ホーテプである!
貴様らには多次元宇宙干渉防止法第三条第六項違反の容疑がある!
よって、容疑者、自称女神のアシェラに、出頭を命ずる!
繰り返すーー」
もちろん、全くもって出鱈目である。
だが、聞いているフーマニタの連中を威圧し、その信仰を貶すには、ちょうどいい内容だとセレステは思っていた。
同じ内容をもう一回全員の脳にぶち込んだ後には、室内の貴族たちは倒れて床に転がっていたり、腰が抜け座り込んでいた。
口から泡を吹いている者もいれば、失禁した者も多数いた。
そんな中、王だけは、玉座に座って手すりを握りしめ、必死に耐えたおかげか、かろうじて正気を保って、肩で息をしながらセレステを睨んでいた。
「ほう?
腐っても王ということはあるのか。
褒めて遣わそう。
だがな、容疑者はいつ、出頭するのだ?」
「き……
貴様は、一体…何者だ」
「む?あれほどはっきり聴こえるように言ってやったのにな。
仕方ない、もう一回――」
「いや、十分だ!
そのタジゲン宇宙がどうとか、聞いてもそれが何か、わからない。
そもそも、貴様が何をいっていたか、理解できん。
しかし、女神アシェラに向かって容疑者などと………
女神を侮辱して、いいと思うか!」
「うん」
「は?」
あまりにもあっさりとしたその答えに、王はさっきまでの怒りまでを馬鹿にされた気がして、ポカンとしてしまった。
「貴様…女神をなんだと…」
「いもしないやつを侮辱したって、なんの罪にもならないと思うが?」




