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歩み寄る混沌

アランタの大臣は。不愉快極まりない気分だった。

この国、アランタはフーマニタの勢力圏の西の最果て。

いわば対魔族戦争の最先鋒に立っている国だ。

だから、後方で甘い思いをしている他の国家群に代わって、魔族――あの不潔な獣の連中との戦争の真っ先に立っている、人類の誇らしい矛先、とも言える国なのだ。


…ということは、結局傭兵業で成り立っている国家というのが真実なんだろうけど、誰もそれには触れていない。


とにかく、そんな国だからこそ、対魔族戦争のための軍資金と称して、後方の国々からの戦費をむしり取ることもできていた。

……例によって、その『戦費』の大半は王族・貴族が着服していたけど。


そして、そんな国だからこそ、聖国の承認を得て、『勇者召喚』の儀を行う権利と、その経費の援助も、聖国からいただいていた。


その召喚の儀の成功率がどれだけ低かろうが、アランタの知ったことではない。

とにかく、『異世界から勇者を召喚して、対魔族戦争に投入した』という、実績があればそれでよかったのだ。

その過程で、異世界人など何匹がミンチになろうが、使えなくなろうが、構わない。


さっき大臣が言っていた、『前の儀で呼び出した勇者は、使い物にならなかった』勇者だってそうだ。

あれはどこか幼なげな顔立ちをした女で、何か制服のような服を着て妙な鞄を持っていた。

しかし、召喚には成功していたものの、すぐ発狂し出した上に、鑑定の鏡で映してみてもこれといった目ぼしい能力もなかった。


「貧乏くじを引いたな」


大臣が彼女にかけた言葉はそれだけ。

その後は、兵士たちに『処分』を命じ、頭から消していた。

まあ、兵士たちの一時の余興にでもなったのなら、それはそれで使い道があったと言えるか、というぐらいにしか思っていなかった。


そんな大臣が、今目の前に立っている奇妙な召喚者には……

えも言えぬ恐怖を感じていた。

存在感がすごいとか、そういうわけではない。

背も体格も中の小というか、決して威圧感を感じるような体躯ではない。

むしろ、周りの兵士たちより華奢というか、ひょろいと感じるぐらいだ。

なのに、その全身に纏った黒い衣服と、鏡のような黒いヘルメット……

まるで地獄の暗黒が人間の形をしているようなその禍々しさに、圧倒されていた。


その暗黒が、口を開いた。


「おい。

 早く、貴様らの王に会わせろと言っている。

 耳が塞がれてでもいるのか?

 なら、風穴を開けてやることもできるぞ?

 親切だろう?感謝してもいい」


よく暴力を振るう人間は、普通、打たれ弱い場合が多い。

この大臣もそうだった。

権力を握ってからは、少しでも気に入らないことがあれば、罵詈雑言を浴びせていた。

そんな彼だから、セレステの暴言には、見るからに取り乱していた。


「な、な、なんだと…」


その時、大臣の横に立っていた魔法頭が動き出した。

あの凶暴な存在感を放つ人物の前で、ことを取り乱した大臣に任せておいたら、ここでどんな惨劇が起きるか、想像したくもない。

現に、彼の部下である魔法使いたちは、床に転んだまま誰一人意識を取り戻していない。

それどころか、口と鼻から血を流している者までいる。


「ま、待てくだされ、勇者殿!

 ま、まずは貴殿のステータスを、鑑定させてくれ!

 陛下の御前に案内するのは、その後だ!」


しかし、その後返されてきた暗黒の答えに、魔法頭は血までもが凍りつくような恐怖を感じて、自分の発言を後悔した。


「鑑定…?

 ああ、テンプレのあれか。

 やってみろ。

 だがな…王に会わせるのは鑑定の後というとーー

 これまで何人を、王に会わせず処分した?」


どうして、今召喚したばかりのあの者が、あれを知っているのか。

先日召喚された少女の件もあれば、魔法頭だって、完全ではない状態で召喚された召喚者や、使えそうにない召喚者を、散々おもちゃにしてきたからこそ、セレステのその言葉に、恐怖を感じざるを得なかった。


「まあ、いいだろう。

 鑑定しようが、ステータス窓を開こうが勝手にしてみろ。

 でも、なんでもいいから早くした方がいいよ?

 貴様らの悪臭で、俺の忍耐の緒が、切れる寸前だ。

 ああ、そうだ…

 さっきの青い光はな?悪臭の浄化にも効くんだよ?」


さっきの青い光――オゾンには、殺菌やカビなど、悪臭の原因を駆除する効能がある。

でも、それが効きすぎて吸った生物の肺を破壊する効果もあるので……


『いや、どっちも悪臭の原因だろう?

 私は嘘は言ってないよ?

 しかし、ほんっとクッセーなこいつら!!!』


そんなことを考えているとはつゆ知らず、魔法頭は慌てて配下の魔法使いに命令を飛ばした。


「だ、誰か早く鑑定の鏡を!」


…しかし、その命令に従うべき魔法使いは、全員床に倒れている。

横にいた太った無能大臣にまで『馬鹿か?こいつ』という視線を向けられる屈辱を噛み締めながら、鏡が入っている木箱のところに走った魔法頭は、木箱から鏡を取り出し、セレステの方に向けた。


『鑑定の鏡』とは言っているけど、どうやらそれは鏡というよりは大きなレンズというべきものだった。


「ど、どういうことだ!

 す、ステータスが…」


「おう、どうした?

 凄すぎてカンストでも起こした?」


軽いノリでまたテンプレセリフを飛ばすセレステだったが、魔法頭の顔は蒼白だった。


「い、いや…

 こ、こんなことが…

 ステータスが、全然映らない!

 あり得ないことだ!」


「そんなことがあるか!

 壊れているのではないか!?」


耳元で怒鳴る大臣にイラついた魔法頭は、ついその鏡を大臣にむけてしまった。


「いいえ!

 あなたのステータスはちゃんと読めますよ!

 体力  32

 魔力  7

 戦闘力 5…」


「やめんか!何を読み上げている!」


「ぶほっ」


深刻な状況なのに、何か漫才でもやっているような二人にセレステはやむなく吹いてしまった。

…もちろん、その声はダルカルヌピカが手際よく遮断してくれていたが。


『ナイスアシスト、タルタルソースサラ』


『褒めてくださるのはありがたいですけど、名前ぐらいちゃんと覚えてください!!』


『すまんすまん。

 でもあの大臣のやつ、なぜかショットガンでも持たせてあげたいな』


何か訳のわからないことを言ったセレステは、そのまま次のセリフに出た。


「どうした?

 やはり俺のステータスが凄すぎて、そんなおもちゃでは測れないのかな?

 そこのクズ豚のステータスぐらいしか、読めない代物ではないか。

 そんなガラクタを、よくもこちらに向けてくれたな」


 − パキン


次の瞬間、魔法頭が手に持っていた鏡の真ん中に穴が空き、無惨に割れてしまった。


「な!」


「か、鑑定の鏡が!

 聖国から賜った、至宝が!

 き、貴様!これがどれほどの価値を持つ物だと――」


 − ズキッ


セレステに向かって怒鳴っていた大臣は、右の耳たぶに激痛を感じた。


「な、なんだ!」


「大臣様!耳、耳が!」


悲鳴をあげる魔法頭と、同じく取り乱して声を上げている兵士たち。


慌てて耳を触ってみると


そこにあるはずのものが


なかった。


…耳たぶが、綺麗さっぱりになくなっていた。

出血は、ない。


「う、うわああああ!?」


「貴様なんかでも、自分の命より大事なものはないだろう?

 口を慎め。

 あと、臭いから口を開くな」


それを聞いた大臣は、ほぼ反射的に、両手で口を塞いだ。

耳たぶにはまだ激痛を感じているが、それを気にする暇など、なかった。

ステータスなんかわからなくても、その場にいた全員はわかってしまった。

あれは、人智を超えた何か、だと。

絶対、癪に触ってはいけない。


「で、そこの手品師のザコ」


「て、手品師?」


魔法頭は、これ以上ないほどの屈辱を感じた。

大臣にこき使われてはいるが、こう見えて国家魔法使いの最頂点に立つ、王宮魔法頭である自分をして手品師などと――


「…不満か?」


「とんでもございません!

 なんでありましょう!?」


「さっきから言っているだろう。

 この臭いところから出させろと。

 聞こえなかったか?貴様も、耳の穴を穿ち直して欲しいか?」


それを聞いた魔法頭は、バッと両手で両耳を庇いながら答えた。


「いいえ!直ちに案内します!

 で、でもその前にお一つ!」


「なんだ?」


「お名前を、聞かせていただけませんか!」


『そういえば、まだ自己紹介もしていないな』


セレステは、そう思った。

だからと言って、礼儀正しく本名を教える気など、さらさらない。

天樹大輝の名も、セレステの名も伏せておく方がいいだろう。

その上に、ファンタジーでありきたりの設定のうちに、『名前を拘束する』などというのがある。

真名とか、言霊とかとも表現するあれのことだ。

余計なことなど、させるものか。


「知りたいか?

 貴様らなんかに教える名前などない、と言いたいところだがな。

 二度は言わん。

 耳をほじてよく聞け」


 − ゴクリ


わざと間をおくその間。

誰かが固唾を飲む音が聞こえた。


「…ニャルラ・ド・ホーテップである。

 覚えておくがいい!」


……………


その場を、沈黙が支配した。


嘘だ。

あれは嘘だ。

絶対嘘だ。


でも、それを指摘できる命知らずは、ここにいない。


いや、約1体、いるにはいたが。


『マイロード、その名前は困ります…』


『えっ、なんで?

 著作権終了したんだろう?』


『いや、本人が抗議にくる恐れが…』


『………

 お、面白い冗談をするね、ダルカルヌピカくん』


何か、不吉な予感で顔を強張らせたが、幸いなことにヘルメットのおかげでセレステの動揺は大臣たちには気づかれなかった。


「で、では勇者ホーテップさま…」


「ニャルラ・ド・ホーテップだ。

 勝手に略すな」


「は、はい!

 ニャルラ・ド・ホーテップさま、ご案内いたします。

 どうぞこちらへ…」


いまだに状況が掴めないでいるのか、耳たぶを手で庇ったまま 右往左往している大臣を強引に扉の方に向かせ、その背中を力を入れて乱暴に押し出しながら、魔法頭はそれとは正反対の、恭しい態度でセレステに案内を申し出た。


「こら、兵士たち!道を開け!

 勇者さまの前を塞ぐでない!」


魔法頭は唖然として立ち尽くしていた兵士たちにそう怒鳴りつけ、道を開けさせた。

兵士たちもセレステが見せた未知の力を恐れ慄き、武器も使えなくなっていたので、恐る恐る後退りするしかなかった。


でも実際のところ、彼らの武器は穂先こそ切り落とされたが、手持ちの長棒の部分は硬くて重い木の棒な上に、金属で補強したものなので、それだけでも十分に鈍器として使えるものだった。


それに、今セレステの装備している武装は、威力はあるが威嚇と対人戦向けのもので、集団戦には向いていない。


しかし、最初に穂先を斬り落とした『目に見えない力』に怖気付いてしまい、兵士たちはそのままけおされてしまったのだ。

もし、兵士たちが怯まず一斉にかかってきたら、制圧されるのはセレステの方だったはず。


『ねえ、ダルカルヌピカくん?

 さっきの話、本当?』


『気にしないでください』


ダルカルヌピカが付いているから、あれもまた、どうしようもない話だけど。


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