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おっさん、見参

「で、これが例の召喚陣?」


「はい。

 このような不潔で不完全なものでマイロードのお住まいを汚そうとするなんて…

 万死に値する連中ですね」


テンゲルのブリッジ。

アリメカリセスが、セレステが見せるスマホの画面を覗き込みながら、6枚の翼を全部逆立てるように広げ、憤怒の形相をしていた。


「全く…

 ラガネマパイサに聞いただけでも悍ましいと思っていたのに。

 私があんなことをされるところだと思ったら、腹がたつな」


それは、ついさっきの出来事。

セレステとしての忙しい日課を終え、地球人の天城大輝に戻っていた時のことだった。

猫たちに日課の投薬と餌やりを終え、飲み水も新しいものに替えてやって、三匹全員ベッドで寛いでいるのを確認して、書斎で仕事に就こうとしていた時のことだった。


 − ピカッ


書斎の床が光ったと思ったら、自分の足元に何やら幾何学的な模様の円陣が描かれ始めるのを見て咄嗟に横跳びし、スマホで写真を取ってからゲートでテンゲルのブリッジに移動していたのであった。

予備知識がなかったらそのままやられていたかもしれないが、幸いフーマニタの召喚術の話を聞いていたので、即座に行動できたのだ。


幸い、書斎のドアは閉めていたので、猫たちが巻き込まれる心配はない。


「あのビッチの術なんかでマイロードの目を汚すなんて!

 これは許せませんわ!今すぐ現場へ行って、天誅を与えます!」


ラガネマパイサも、激おこで二人の周りを飛び回っていた。


「む?

 ラガネ、位置が特定できるか?」


「もちろんです!

 あの石頭のビッチのやることです。

 術式の暗号化もしていません。

 ああもう!こんな雑な式を使うから、あんなめちゃくちゃな結果になるのですよ!」


何か、ハッキング合戦のように聞こえるけど、彼女たちの世界ではそんなことになるのかな、という気がした。

とにかくセレステは、この機会を逆に利用してやる考えをしていた。


「そうか…

 ラガネマパイサ?私のゲートに、その座標を組み込んでもらえるか?」


「ええ、それぐらい…

 はいい?マイロード?」


「マイロード、危険です」


アリメカリセスたちは驚いた反応を見せていたが、どうせ彼女たちは『決められている未来』を知っているから、自分の行動を積極的に阻止したりはしないだろうと、セレステはそう思っていた。


「一体どういう連中なのか、直接この目で見てみたいんだ。

 危なくなったらゲートでとんずらこけばすむことだし――

 あれも、試してみたい」


「あれですか…

 わかりました。用意しましょう」 


「サンキューな。

 ラガネマパイサ?あの召喚陣に干渉できるな?」


「はい。お安いご用ですけど…」


「では、作戦開始だ。

 まずは地球との連結を絶って、代わりにゲートを連結しておいてくれ。

 そして…私があそこに出ていくと同時にだ。

 周りの連中を、少し痛い目に遭わせてやれ。

 術の使い手も、見物している奴らもまとめてだ。

 多分、術の使い手が召喚陣の近くにいるはずだから…

 軽く――――――――

 わかったな?」


「ああ、マイロード、なんという慈悲!

 確かにそれなら…別に手を汚さなくても…

 うふふふ❤️」


セレステは自分で命令しておいて、あそこまで喜ぶラガネマパイサを見るとドン引きする気がした。


「いや、お前そんなところ本当に気持ち悪いな」


「ああ、ご褒美まで❤️!」


罵倒の言葉を褒美と受け入れる彼女のことだから、逆に褒めたら罵倒と受け入れるんだろうかとも思っていたが、だからと言って特に試してみる気にもならなかった。


「地球との連結は絶った?」


「はい。乗っ取り完了しました。

 いつでも行けます」


「じゃ、ちょっとそのまま持っていてくれ」


そう指示すると、セレステはゲートを開いてどこかへ姿を消した。

再び現れる時には、もう着替えをしていた。

ケイレスへの外交訪問時に使用していた、黒いライディングスーツとヘルメット。


「何があるのかわからないから、一応顔は隠さないとな?」


「もちろんですわ!マイロードの御威光に触れる栄光をあの連中に与えるわけには!」


そんな二人のところに、アリメカリセスが変わった形の硬質なリュックのようなのを手にして歩いてきた。


「例のものを、持ってきました。

 試験運用は行なっていますが、実戦投入は初めてですから、くれぐれもご注意を」


「ありがとう。気をつけるよ。

 じゃ、ラガネ?ゲート開くから、座標を。

 そして私があそこについたあと、あれ頼むよ?」


「はい、行っちゃってください!」


その返答と同時に、セレステはゲートを開き、その中に飛び込んだ。


              ***


フェリデリアから東、1500kmほど離れたところ。

フーマニタ国家群の最西端にある国家、アランタ。

その王城の一角では、今日も勇者召喚の儀が行われていた。


「魔法使い共、此度は成功できるんだろうな?

 前の儀で呼び出した勇者は、使い物にならなかったからな。

 費用を無駄にしたと、陛下もお怒りだぞ?」


樽のように太って、豪華な衣装を纏った中年の男が、イラついていた。

脂でテカテカと光る二重顎を揺らしながら、その男はローブを羽織った、いかにも魔法使い然とした痩せた男に、苛立った様子で脅かすように唸っていた。


「ははあ、大臣様。

 今の所、順調に進んでおります。

 普段より、召喚陣が安定しております。

 此度の召喚は、女神様のご加護が臨んでいるのでは、と…」


魔法使いの男が両手で護摩を擦りながら太った大臣に答えていた、その瞬間だった。

魔法陣の周囲が青白く光りだし、魔法陣を巡って召喚術を発動していた魔法使いたちが、それぞれ自分の喉を鷲掴み、悲鳴をあげて倒れた。


「い、息が…」


「目が!目がぁぁぁ!」


幸い、というか運良く少し離れたところに立っていた大臣と、多分魔法使いたちの長と思われる痩せた男は、鼻を刺すような刺激臭に、驚いて後ずさんだ。


「なんだこれは!

 貴様、召喚に失敗して地獄の扉でも開けたか!」


「い、いえ!決してそんな!

 あ、あれを!」


「こんな状況に、何を…

 な、なんだあれは!?」


魔法頭が指した魔法陣の中。

そこには、先ほどまではいなかった人物が、静かに佇んでいた。


いや、果たしてそれを人物と呼んで良いものか。


見たことのない黒ずくめの衣服。

いや、どうせ異世界から召喚するものだから、衣服の異様さには慣れている。

しかし、その頭には、服と同じく真っ黒のヘルメットのようなものを被っている。

だが、その顔の部分にはまるで黒い鏡のように周りの景色が映り込んでいて、その奥にあるのが果たして人間の顔なのか、わかりやしない。


「しょ、召喚できました!」


「いや、様子が変ではないか?

 さっきのあの面妖な光と、鼻を刺すような臭いはなんだ!

 そして、あの魔法使いたちはどうしたんだ!」


さっき倒れた魔法使いたちが意識を失い、その中には息もできないようになったまま、ただ床に転がっているのを見た大臣がそう怒鳴った。

しかし、それだけは魔法頭としても、どういうことかわかるはずがない。

それは魔法でも、魔術でもない。

ただ、魔法陣の周りに満ちている酸素の分子結合を少し捻り、オゾンへと変えてしまった結果だった。


多分、倒れた魔法使いたちの中には肺に支障をきたし、再起不能になった者もいるんだろう。


『ふうむ、こんなものか。

 一層のこと、酸素の結合を全部解いて、Oだらけの状態にしようかとも思ったけど…

 流石に、あれはグロだな〜私の神経が耐えられないかも』


そう考えていたセレステは、転んでいる魔法使いたちの向こう、いかにも『悪代官そのもの』らしい男と、魔法使いらしい男に視線を向けて、ゆっくり口を開いた。


「我を呼びし命知らずは、貴様らか?」


普段のセレステからは想像できないぐらい、低く、洞窟の中で響き渡るようなエコーのかかった音声。

もちろん、セレステはヘルメットの中でゴニョゴニョ言っているだけで、音声はダルカルヌピカに任せた結果だ。

その効果は抜群で、大臣と魔法頭は、召喚を誤って勇者ではなく、地獄から悪魔を呼び出したのだと、信じ切っていた。


「ま、魔物、いや、悪魔だ!

 だ、誰か!あれを抑えろ!」


大臣の指示で、後ろに控えていた兵士たちが武器――多分、ハルバードと思われるものを構えてこちらを狙っているが、その兵士たちが怯えているのは、素人のセレステの目で見てもはっきりわかった。


「悪魔?

 勝手に言ってくれるな。

 そこの貴様ら、誰に向かってそんなものを向けている?」


 − カラン


次の瞬間、何か光ったと思ったら、兵士たちの持っていたハルバードの穂先だけが、一つ残らず付け根から切り落とされて地面に落ちた。


「ひい!?」


その光景に驚愕している皆の耳元に、セレステの声が聞こえてきた。


「何をしている?

 貴様らの待ち望んでいた勇者様のお出ましだぞ?

 貴様らの王とやらの前に、案内せんか?」


何か、触れてはいけないものを呼び出してしまった。

大臣が、そう考えていた。

生きたまま召喚できた勇者連中の中、あんな者はいなかった。

震えてたり、怖がったりしているのが普通。

たまには強がって見せる連中もいたけど、適当にあやしてやればすぐ従順になっていた。


しかし、これはなんだ。

強がっているわけではない。

むしろ、こちらに恐怖を与えている。


「おい、豚野郎」


「ぶ、ブタ?」


自分に向けられた悪意に満ちた呼びかけに、大臣は震え上がった。


「さっきから悪臭がしてたまらないけどな。

 貴様らには、衛生管理という概念がないのか?

 室内の換気ぐらいしたらどうだ?

 特にひどいのが…貴様の悪臭だな。

 ぷくぷく太ったくせに、ろくに風呂にも入らないからその油と垢の悪臭…

 ああ、不愉快だ。

 早く、この臭いところから出させろ」


こんなひどい侮辱は生まれて初めてだと、大臣は憤慨していた。

日々の着替えはちゃんとしていて、最高級の香水もだっぷりかけている。

なのに、何?風呂に入らない?

男子たるもの、そんな女々しいことなどできるものか!



一方、セレステは召喚を乗っ取ってきてみたはいいが、すぐ後悔していた。

なにぶん、悪臭がひどくて、息がしづらいほどだった。

召喚に使われていた部屋はどこかの地下なのか、湿っぽい空気にカビの匂いが混じっている。

換気もろくにできないところだからか、なんか嫌な匂いもする。

いわゆる鉄の匂いが…

多分、『原型を取り留めていなかった』召喚者の痕跡なんだろう。

そう考えると吐き気がしてならないところに、人間の悪臭までしている。


そんな中で、セレステは今、こんなことやめて帰ってしまおうかと、真剣に悩んでいた。

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