命令なんか、しません
「え、食物の摂取はしない?」
地上に上がったついでに、セレステとノルガ―は昼食を取って再び地下に降りて来た。
様子を見に来ていたドワーベンに了承して貰い、昼食の後に地下に戻って来てメインフレームとの会話を再開していたら、その流れでドワーベンの食生活の話題になっていたのだ。
さっき案内してくれた3体はどうやら、自分の位置に戻ったようで、そこにいなかった。
「はい。
ご覧の通り、私たちは口腔を始めとする臓器など、持っていませんから」
では、いま声はどこから出してんのかなー
という素朴な疑問が湧いて来た二人だったが、さすがに胸にしまっておくことにした。
…なにか、想像もできない所から声を出している、という結論になるのも怖い気がして。
「物質交換をしないということ?」
「物質交換をしない、というか…
エネルギー源から、直接力を得ている、というべきでしょうね。
それを補助する体液を、身体の内外で循環させるため…
有機生物のいう、排せつに近い行為も行いますし」
「ぶほっ」
…何を考えたのか、セレステが盛大に吹いた。
「?どうかしましたか?」
「あ、いや。
…うちの親父って、こう見えて結構老体だからな。
急に咳でも…」
あやふやに言ったノルガ―が、セレステに耳打ちした。
「いい加減にしろよ、スケベ親父!」
「いや、だって体液に…排せつ…」
「汚い話題で喜ぶな!子供かよ!
そして、なんでも『あんな』方に持っていくな!」
小声でギャアギャア言い争っている二人に、メインフレームが怪訝そうな音色で聞いた。
…ドワーベンだから、顔などないので表情は読み取れないけど。
「生命活動の話ですから、摂取と排せつの話は、当たり前だと思いますが」
まったくもってその通りである。
ただ、その当たり前の話を、おかしな方向に持って行ってしまうおっさんがいるだけ。
「ああ、その通りだ。
うちの親父が失礼した。
話を続けてくれないか?」
どうにかセレステを黙らせ、ノルガ―は普通の話に話題を戻らせることができた。
メインフレームの説明によると、ドワーベンのいう『エネルギー源』とは、ある種の鉱石から得られる結晶体のことだった。
それはドワーベンの住居の地下深くにある施設で、地熱を吸収してエネルギーにして蓄積する。
その結晶体を加工してドワーベンの身体に装着する――いわば、バッテリーにするのだった。
ロボタなら、左の胸のカバーの内側に装着部があって、そこへセットして動力源にしているということだった。
「リチウムセルバッテリーのようなものかな?」
「…親父だけわかる発言は控えてよ」
「へいへい」
軽く流したものの、たぶんそのようなものが自然発生——もしくは、ドワーベンの歴史の中でそんな風に加工する技術が養われたんだろうな、と、セレステは独りで考えていた。
口外しても、ノルガ―にはどうせ分からない話題だろう。
そして、もしメインフレームが興味を示して質問攻めにでもなったら、一般教養レベルの知識しかないセレステにとって、ろくに説明する自信もない。
こんな時は、黙っているのが第一、とそう決めていた。
「でも…体液…と言いましたね?
差し出がましいかもしれませんが、あなた方の身体は…水分には弱そうですけど」
場合によっては、弱点を突き止めようとしていると受け止められてもおかしくない、唐突な質問。
ノルガ―も、これはまずいのでは、と思って阻止しようかと思ったら、メインフレームは何事でもないかのように、平然と答えた。
「お察しの通りです。
錆やカビは、私たちにとって、厄介極まりないものです。
ですから、水ではなく油を、体中にめぐらせています。
冷却用のものと、潤滑用のものを」
「潤滑…」
普通に考えれば、可動部の多い機械に潤滑油は欠かせないものである。
しかし、なんだか先からセクハラまがいな話題を連発しているセレステがまたおかしな反応を見せようとしていたので…
「親父、頼むから黙っていてよ?
また変な話題に走ったら、今度は殴って気絶させるよ。
これは、我が王家の尊厳のためでもあるんだからな?」
その囁きを聞いたセレステが、一瞬びくりと肩を震わせると、ぶつぶつと呟いた。
「けっ、これだから童貞は…」
「…何とでも言えよ。
でも、歴史的な初対面を、卑猥な話題で台無しにすることだけはやめてね?」
「わかったよ!」
そうやってごにょごにょと言い合っている二人に、メインフレームが話しかけた。
「私たちの再生産に必要な金属鉱脈…
そして、冷却油や潤滑油の原料となる油の資源…
それら無くして、私たちの生活空間は成立しません。
ですから、私たちは鉱山のある、地下で主に生活しているわけです。
これで、なぜ私たちが隠遁しているように見えるかについての、答えになったでしょうか?」
皮肉でも、非難でのない。
しかし、さっき地上で二人が交わしていた会話への…完璧な返答だった。
「ああ、はい。
やっぱり、聞いていましたね?」
ノルガ―は当惑していたが、セレステはあまり驚いていなかった。
それもそのはず、監視用個体の存在をノルガ―に警告していたのも、彼だったから。
「失礼しました。
でも、悪意があって監視したわけではありません。
私たちとしても、有機知性生物体とこんなに長時間接触したのは…
これがほぼ最初ですから。
皆、興味津々だったんです」
『いや、それを監視だというんだけどね』
と思ってみたものの、それはあえて口外しない。
もしドワーベンの方からフェリデリアにやってきたら、フェリデリアの皆だって…
すこしでも情報を得ようとしていたに違いないから。
特に、魔術師の連中ならなお。
「充分に、理解しました。
では、私たちの言っていた通り…
いいお隣に、なれそうだとお思いですか?」
どうせ全部聞かれていたなら、何を隠す。
単刀直入で、本論に入った。
「…………
それは、アインガスト・ἕνとしての命令ですか?」
「…………
…………はい?」
まったく思っても、いや、予想だにしていなかった反応。
「親父ぃぃぃぃ?」
ノルガ―が、すごい視線を送ってきているが、セレステとしては全く身に覚えのないことだった。
「いやいやいやいやいやいや!!!!
どうしてそうなります!?
なんで私に、命令権なんかが?
そもそも、何です?そのアインガストほにゃららって!」
「親父ぃぃぃぃ…
それ、本当か?
そもそも、そのアインガスト・……
あれ?アインガスト…なんだっけ?」
胡散臭そうな目でセレステを見ていたノルガ―がそう攻めてきたが、次の瞬間、自分でもその言葉が思い出せないということに気づいていた。
「私も知らん!」
「聞こえませんか?
アインガスト・ἕνとは…
一つのガストにして、owshwsldpcsjwkwldkwfld」
説明しようとしたメインフレームの言葉が、何か不可解な音声になっていく。
これは多分、セレステにとって『まだ知ってはいけないこと』のようだった。
「あ、メインフレーム殿!
もういいんです!そこまでにして!
そうしなかったら、またあいつらが来て何かする気がしますよ!
だから、そのアインガストなんちゃらと呼ぶのもやめて!」
それを聞いて、メインフレーム、ひいてはシュバデンケそのものがなにか気づいたのか、ぴたっと反応を見せないようになった。
「あ…あの?」
「…承知いたしました。
では、アインガストとだけ」
「だから……
いや、好きにしてくださいよ。
問題はそのなんだか分からない部分のようだし」
それに、今度はノルガ―が全てを聞いていた。
隠そうとしても、隠せるはずもない。
こうなった以上、受け入れるしかない。
「でもですね、これだけは言わせていただきます。
私には、あなた方への命令権なんかありません。
仮にあるとしても、命令なんかする気はさらさらない。
今度ここに来たのは、ただあなたたちが実在するのか、確かめたかっただけ。
そして、できれば友好関係につなげていく足場を固めたいだけ」
「…そうですか。
少し、時間をください」
そう言い残したメインフレームは、再び沈黙に入った。
何かを、深く思案するかのようだった。
「親父…
そのアインガストって、本当に何なのか知らないのか?」
「いや、一つのガスト…と言っていただろう?
それ以上は、知る由もないよ。
後ろの、全然分からないあの部分…が気になるけど。
どうやら、アリメカリセスたちは、それを私から隠したがっているみたいだし」
ノルガーが、ますます胡散臭くなると言いたそうな顔で言った。
「なら、なんで彼女たちに問い詰めてみない?
なんだかんだ言っても、親父の家臣、しもべなんだろう?」
「いや、それがね…
彼女たち、一応私に従順ではあっても、なんか裏がある気がする。
初めてアリメカリセスが現れた時のこと、聞いただろう?
私に贈られて来たテンゲルの、『制御補助システム』だったよ」
「それがどうした?」
「要するに、私に贈られたものはテンゲルの方で、彼女はその『付属』だったってこと。
あのアリメカリセスが、『付属品』として付いてきたんだよ。
これが何を意味するか、分かるだろう?」
「………
いや待てよ、それって…」
「例えばな、宰相のジジイが…
自動車を購入する時、レーテスも譲ってほしいと言っていたよ。
もちろん、拒絶したけど」
「…彼女たちの主…がいる?
でも、親父に主君と…」
「そう行動するように、命令されているだけ、かもな?
でなければ…ああ、こんなのはどうだ。
お前が王宮から独立して、レギス・バシとして屋敷を建てたとしよう」
セレステは、もっと身近な説明を思い出した。
「その時だ…
お前だって、家臣や、使用人を従えることになるんじゃない?」
「だろうな」
「例えば、お前の侍従や執事が、お前のことをお館様や、王弟殿下と呼んで…
お前を主君と呼ぶだろう?」
「だな」
「……だからといって、彼らがラシオンの臣民ではなくなる?」
「………あ」
その仮説には、ノルガ―も同意するしかなかった。
確かに、その通りだった。
小領主が大領主に仕えているからと言って、国王の民ではないことにはならない。
では、アリメカリセスたちは…
「親父に仕えている家臣ではあるけど、実は親父の上にいる誰かの臣下だ?」
「だよな。
…たぶん、そいつがそのアインガストなんちゃらではないのかな」
なんだか、いつものセレステらしくないその推論に、ノルガーも思わず、没入していた。
そして――
「…それが誰なのか、思い当たりは?」
「ない」
「…は?」
「それがわかったら、苦労しないわ!」
「期待させておいてそれか!」
「何といっても、知らないものは知らないのだ!
知らないくせに知っているフリをするのは、嘘つきか詐欺師だよ!」
「それはそうだけど――!」
呆れたノルガ―が何か言おうとしていた時、メインフレームの声が聞こえて来た。
「お待たせしました。
シュバデンケにあるガスト全員の意見を纏めて、結論が出ました」
「え…もう?
と、とにかく、どういう結論が…?」
少し間を置いて、メインフレームが答えた。
「その前に一つ、話を聞いていただけますか?」




