反則技
「あれが…コア!」
メインフレームを見て、興奮したノルガ―が言い出した。
「コア?」
「ドワーベン伝説に出てくるんだ。
彼らの住居である地下洞窟深くに、その洞窟の仕切る黄金の球体があるって…
それを、コアと呼ぶそうだけど、本物が見れるとは!」
伝説にしては妙に詳しいんだな、と思いながら、セレステは3体のロボタ・ドワーベンの方に視線を向けた。
「実際の所、どうです?」
「そうですね。
まず、私たちにはとくに『仕切る』ような個体がありません。
なにより、全てのガストが繋がっていますから、一緒に決定すればいいだけ」
「では、あのメインフレームの役割は?」
その時、メインフレームの方から声が聞こえた。
「それは、私から説明させていただきましょう」
「「えっ?」」
案内してくれた3体と、生産されている素体以外には誰もないはずの空間でいきなり聞こえた声。
どうやら、メインフレーム自らが発した声の様だった。
「これは……
メインフレーム…殿?御自らの声でしょうか?」
「はい。
驚かれたようですね。
失礼しました、ノルガ―王子殿下、セレステ閣下」
メインフレームという名前から、何か中央制御コンピューターだろうと思っていたセレステも。
『コア』だと思っていたノルガ―も。
二人ともあれに人格があるだろうとは思ってもいなかったので、結構驚いていたのだ。
「いや、こちらこそ……
というか、初対面…あ」
初対面なのに、どうして…と聞こうとしたところ、セレステは『全てのガストはシュバデンケの中で繋がっている』ということに気づいた。
「はい。
先程の自己紹介情報は、既に全ガストへ伝達されています」
「その時点で、すべてのドワーベンと挨拶をしたことになる、ということか?」
「その通りです」
その話を聞いたセレステが、クック笑いながら言った。
「いやあ—
それは実に便利ですね。
一々挨拶しなくても、最初の接触だけで自己紹介も挨拶も済む。
実に効率的だ」
「いや…そんなわけでは…
というか、いまのこの会話も全ガストに伝わっているのか?」
「はい。
何しろ、私たちの歴史記録に残るような、重大な対面データになりますから」
「プライバシーとかないのか?」
「……それはなんでしょう?」
これにはかえって、ノルガ―の方が言葉を失ってしまった。
「まあ、息子よ?
燃え滾る青春の熱気を持て余すお前には、さすがに困るんだろうな?
でも、ドワーベンの皆さんにはそんな悩みはないようだし 」
「な、なんなんだそれは!
ないよ!そんなの!」
「いやいやいや、その年でそれがないのも困るぞ?
まさか、前世の去せ…」
「ぎゃああああ!
それいうなぁぁぁぁ!
縮む気がする!」
なんだか、意味の分からない親子の漫才に同席させられたドワーベンたちはこれはどう反応するべきか、対応に困っていた。
「…って、これもドワーベン全体の前に公開される!?
なにを言わせたんだくそ親父!」
「ああ、プライバシーのなさってこんな!
そうかそうか。確実に理解した。
うんうん、確かに、全種族の前で暴かれるのは…」
「ボクであそぶな!」
「…だ、そうです。メインフレーム殿。
と、ドワーベンの皆の方。
ご覧の通り、我ら有機知性生物には、他にはあまり知られたくない経験…
うむ…これをどういえば…」
CA93962が割って入った。
「個体単位の失敗の記録を、その個体レベルでカットしてシュバデンケと共有しない?」
「そう…ですかな?
あなた方の表現方式にはまだ慣れてませんけどね。
あなたがそう感じられるなら、そうなんでしょう」
「失敗の記録を全体と共有して、その対策を練って…
同じ失敗を繰り返さないようにした方が、効率的だと思いますが」
その疑問には、さすがのセレステも言葉が詰まった。
確かに、知的生命体の教育というのが、まさにそれを目的としているのだから、それを否定することはできない。
だが、感情、感性の話となると…
「理屈では、まさにその通り。
でもですね…感情の領域では…
あなたたちにも、感情はありますね?」
「それはもちろん…
そう激しく変化はしませんけど」
「じゃ、公衆の前で、は…」
『裸を見せたくはないと思わないか』と聞こうとしていたところだった。
…改めてみると、ドワーベン全員裸だった。
しかも、全員無性。
そもそも、『恥ずかしい』という感情の形態そのものが違う。
『やらかし』や『失敗』による羞恥心も、個体の失敗を隠すより、それを公開して全体の発展を計らうという、効率的な側面で接近している。
社会構成員全員が同じことを経験し、皆で同じレベルで考え、一つの結論を出す…
まさに、究極の民主主義…
「あれ?
メインフレーム殿?
一つ、質問したいことが」
「はい、どうぞ」
「…あなたは、このセクターを指揮する、そんな存在なのですか?
他のドワーベンより上位に位置するコマンドユニットとか」
ネットワークにだって、メインホストと個々の端末の差ぐらいはある。
完全に対等な接近権限など、むしろ混乱を招くこともある。
少なくとも、アクセス権限の違いぐらいはあるのでは、とセレステは思った。
「いいえ、我らに等級など存在しません。
指揮管理を専ら上級個体に集中させておいて、その個体に不具合が出来たら。
その個体の替わりができるまで、そのセクターは止まってしまうでしょう?」
「じゃ、あなたの『メイン』というのは?」
「ここ、胴体生産場の管理担当という意味です。
私たちにとっても、新しい胴体の再生産はきちんと管理するべき問題ですから」
「ああ、女王アリ…」
女王アリや女王バチが群れの中心にいるのは、支配者だからではない。
群れの繁栄を担う『産む担当』だからだ。
メインフレームも、それに近い存在なのだろう、とセレステは理解した。
もちろん、『交尾』はしないけど。
「なんとなく、理解する気がします」
「…いや、置いてくなよ!
ボクは全然理解できない!」
ノルガ―が困ったように訴えているけど、それも無理はない。
プライバシーのある有機生物であり、なおかつ階級社会の頂点に近い立場でもある。
そんな彼からすれば、その二つを根本から否定するような社会を目の前にして、混乱するな、という方が無理な話だ。
「ううむ…そうだな。
こう考えてみればどうだ?
一つの国…というか、都市があると仮定してみよう。
そこの住民が全部お前で、意識を共有していると」
「…なんか気持ち悪い」
「かわいいと思うけど?
まあ、とにかく都市の全員がお前ならな。
仕事によって偉い偉くないを決める必要もないだろう?」
「ボクの侍従がボク…
いやますます気持ち悪い」
「…とにかくだ!
都市の全員がお前で、同じ意識を共有しているなら…
政で言い争いになることも、政だけを担うお前がいる必要もないだろう?」
「そう…なの?」
「お前が考えて、
お前が施政して、
お前が従うだけだから」
「あ」
ノルガ―がドワーベン社会について、うすうす理解できそうだと思っていたところだった。
「そして、子供もお前が生む」
「なんでだ!!!!!」
「いや、寿命のある生物だ。
次世代を生むのは、重要な役割だよ?」
「だからと言って…!
生む機能がないよ!ボクは男だ!」
それ以上いったら真面目な話ではなく、セクハラまがいな話になりそうで、セレステは一旦そこまでにすることにした。
「たとえ話だ、たとえ話。
とにかく、ドワーベンはそんな社会だということだよ。
全員無性だから『生む』ことができないから…
その代わり、『生産する』形になっているだけ。
メインフレーム殿はその生産の担当者で、だからと言って特に偉くはない。
ということだよ」
そんなセレステの説明にノルガーが怪訝そうな顔をしていると、メインフレームが補足してくれた。
「大体、その理解であっています。
そして、生産管理機能は、私のガストに何があっても…
他のガストが、代わって遂行できます。
生産管理の機能はこの球体に入っていますから」
「要は、マニュアルだけ整備されていれば。
私の自動車工場だって…
工場長が突然いなくなったら多少は混乱する。
でも、資格を持った人間が引き継げば、
工場そのものは止まらない」
「そう…か?」
「まあ、極端的な話。
ラシオンが健康に無理があって…
王様として執務を続けられなくなったとしよう」
「そんな、不忠なことを!」
王のもしものことなど、言及するだけで不忠ではある。
でも、セレステはそんなことを気にする性格でもなければ、ラシオンの健康に何かあることなど、全く望んでいない。
「バカ、あくまでもたとえ話だよ。
あの健康バカに、そんなことなどあるか。
とにかくだ。
その場合、王弟のお前が継ぐべきだろう?
少なくとも、摂政でもな。
アーシャはまだ幼すぎるし」
「それは…そうだな」
「その場合、お前一人にすべてを委ねたりはしないだろう?
宰相のジジイや、6大臣…
そんな『システム』がある。
そのシステムに支えられれば、あとは正統性のある王族が継げばいいまでの事だ。
ドワーベンの社会ではすべてのガストにその等しい資格があるというだけだ」
その説明に、ノルガ―は完全には納得できないけど、なんとなく理解はできそうな気がしてきた。
「…そうか…
でも、地位や権力を欲したりはしないか?
みんな等しい資格を持っているなら、むしろ混乱の種にはならない?」
「ですから、私たちドワーベンには、そんなのがありません。
担う仕事が違うだけで、仕事に軽重などありません。
みんなで一つの意識で決定することだから、意思決定の軽重もありません」
メインフレームの説明を聞いても、ノルガ―としてはまだ分からないところがある気がした。
「…なんか…ますます分からなくなる気が…
仕事に軽重がないというのは、まあ、そんなことにしよう。
しかし、楽な仕事ときつい仕事の差は確かにあるのでは?」
「それはもちろん」
「それはどうする?」
ちょうど、セレステも気になっていたところをノルガ―が聞いた。
そして、その答えは全く予想もできない物だった。
「いつも同じ仕事をやっているわけではありませんから」
「…は?」
わけのわからなそうなノルガ―。
セレステが質問を続けた。
「あ、いや、こちらの三方を見ても…
それぞれアーキタイプ、パワータイプ、精密作業タイプでしょう?
どう考えても特化した仕様に見えますけど?」
「はい。
ボディはそうでしょう」
「え?」
ノルガ―はポカンとなったが、セレステはある可能性に気づいた。
「まさか…
順番で肉体を乗り換えたりするのですか?」
「はい」
「いや、待て待て!
親父の言った通り、肉体にタイプがあるってことは…
力仕事に向いていたり、精密加工に向いていたり、一般作業に向いていたり…
特定作業に向いているということだろう?
それが、身体を乗り換えるだけで、転換できると?」
「はい」
「技術や知識は?」
「皆で共有していますから」
「な…」
言葉を失い、固まってしまったノルガ―。
…セレステも、本当は同じ気持ちだった。
社会構成員全員が
熟練した職人で
理論を極めた学者で
鍛えぬいた軍人
そして、個体のガストが何かを極めた天才になる瞬間——
社会全体が、天才になる。
「…反則技にも、ほどがある」




