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おじキャン

個体としての個別意識がちゃんと存在する同時に、全体の集合としての意識もまた、存在する。

そして、その個と全体が、完全にシンクロしている。


…いわゆるハイブマインド状態。


そこまでは理解できる。

高等知性体の事例は観察されていないけど、アリやハチなどがそうだとされている。

でも、そのハイプマインドの一部を成している個体が死滅すれば、その意識、記憶はどうなる?


たぶん、その個体分の損失が発生するだろうと、セレステは思っていたが…


「私たちドワーベンにとって、個体を維持するのは個としての情報にあり、胴体にあるわけではありません」


「…ちょっと待ってください…

 じゃ、社会構成員全員の意識がシュバデンケの中にいて、身体は…

 ただの、外部活動用の端末に過ぎない…と?

 なら、シュバデンケが存続する限り、あなたたちは不滅…?」


ハイブマインドではなく、クラウドサーバーから端末に接続しているような状態。

その事実に衝撃を受けているセレステだったが、EK54325はさらにすごいことを言った。


「不滅…でしょうか。

 さすがにそれは…ありません。

 情報だって、いつかは古くなり、劣化しますから。

 バックアップとバージョンアップを経て、新たな情報体へと更新されます」


「…でも元のガストの個性は残るでしょう?」


「『最初の』ガストはなくなります。

 アップデートされたガストが残ります。

 ですから、永続ではあっても不滅ではありません」


…ここまで来ると、知恵熱を出して気絶したノルガ―が羨ましい。

セレステは、そう考えていた。


人間で言えば、肉体の制約から解放された精神体が永遠を手に入れる――

そんな話だと思っていた。

どころが実際には、その精神体にも寿命があり、アップデートで代替わりしているだけ。

記憶も個性も受け継がれる。

だが、それは同じ個体ではないという。


…まあ、気絶したくもなるだろう。


「まさか、あいつら…

 ウーバーガストに憧れを感じるのは…

 あいつらのように、時間を超えて、真の不滅になりたい、と思うから?」


「憧れ…ですか。

 確かに、そういう感情かもしれません。

 ただ…」


「ただ?」


「いつかはこのシュバデンケとして『永続されるだけ』の存在ではなく、

 個として時間を超えるその可能性…

 それだけを、確認したいと思いました。

 いつかはたどり着ける、希望として」


「……」


…重い。

重すぎる。

さっきほど悲願と聞いた時だって、実感できていなかった。

でも、彼らのこれは、まさに悲願その物。

いつかはたどり着ける希望、だなんて…

これでは、引きこもりなどと言っていた自分が恥ずかしくて言葉が出ない。


…どうして、有機生物のアンテロには神の概念すらないというのに。

宗教などと縁のなさそうな――

ぶっちゃけ、ロボットの彼らの方が

こんな純粋な、『救い』への熱望を抱いているのは、なぜなんだろう。


思わず、口が滑った。


「でも…私のような短命種から見るとですね。

 あなたたちは、もう永遠を手に入れてますよ?」


「…はい?」


「ちょっと、お名前を聞いても?」


「個体識別記号EK54325と申します」


…それを名前だと言うんだよね。

ということは、とりあえず胸にしまっておいた。


「EK54325さん…あなたのバージョンは?」


「8.2となります」


もしかしてと思って聞いてみたら、なんのためらいもなくバージョン番号が戻って来た。

本当に、情報体だなと思いながら、セレステは言い続けた。


「最初生まれた…作成された?とき、EK5432だったとか?」


「いいえ、1.0の時からEK54325でした」


「…なら、いいんじゃない?」


「はい?」


何を言っているか分からなそうな『雰囲気』の EK54325と、同じく、 TH39867。

いや、シュバデンケ全体が、セレステの話に集中していた。


「いくら代替わりしても、EK54325さんが EK54327さんになったりはしませんね?

 バージョンアップして…

 有機生物で言う『成長』して、さらに円熟になるだけで、EK54325さんという本質は変わらない。

 そうね、シュバデンケが存在するこの世界自体には物理的限界があるから――

 いつかは終わりが来るだろうけど…

 それだけ時間があれば、ウーバーガストになる方法なんか、探し出せるでしょう?

 あなたがあなたであるままで」


…沈黙が流れた。

何もない不毛の荒野の夜、

石山の麓に留めてあるキャンピングカーの傍。

折り畳み式椅子に座っているセレステと、体重のせいで椅子には座れず、地面にそのまま座っていた2体のドワーベンの間に。

短くも、永遠のような、沈黙が流れた。



「あの…?」


その沈黙に堪え切れず、先に静寂を破ったのは、セレステだった。


そして、2体のドワーベンが反応を見せた。

いや、ここにはいないが、彼らに繋がったシュバデンケの、14,125,400の個体すべてが一斉に。


セレステの前に、再び平伏した。


「え?あ、あの?なんなの?」


14,125,400の意思が、重なった。


「アインガスト・ἕν」


何か、よくわからない言葉が、さらについていた。


              ***


 ‐ ジュジュー


何か、香ばしい匂いがする。

食欲をそそられる。

そう思ったら、猛烈な空腹感が込み上げてくる。

やむなく、ノルガ―は目を覚ました。


「ううん…

 ここどこ?」


何か、部屋が狭い。

天井も低く、壁も…

壁?ベッドのそばに?


朦朧とした目を向けたら、そこは壁ではなく、ガラスの窓。

ああ、通りで明るい…


『待って、本当にどこだここ!?』


‐ぐううう


当惑とは別に、何か香ばしい匂いを嗅いだ腹が、猛烈に鳴っている。

なんだか、昨日の夕食も取っていない気がする。


「あ、起きた?

 少しだけ待ってろよ。

 お父さん特製の手料理、もうすぐ完成だからな!」


ぼやけていた頭が、だんだん覚めてくる。


『ああ、昨日親父とキャンピングに…

 まったく、家ごと持っていくなんて、贅沢なキャンピングなんだよな。

 …って、あれ?なにか…あったような?』


「まったく…

 ひさびさの休暇で羽を延ばすのもいいけどさ。

 ゲームで遊びまくって、ビール…というか、ラガー飲み放題で…

 いざ夕食の時間となったら、疲れ果てて夕食も取れず寝てしまうなんて。

 子供かよ」


「…そうだった?」


「せっかくの夕食も、一人で寂しく…

 親子二人のキャンプ飯、期待していたのに…

 薄情息子め、しくしく」


「わ、わかった!悪かったよ!

 ボクが悪かった!

 ………どいうか、腹が…」


そう謝るノルガ―を見て、セレステが邪悪そうな笑みを浮かべていた。


「くっくっく。

 わかればよろしい!

 さあ、洗面台はあちらにあるから顔ぐらいは洗ってこい!」


「いや顔って…」


「猫だからって、唾で洗うのはノーカンだから!」


「するか!」


ノルガ―が顔を洗った後、キャンピングカーから降りてみたら、そこには朝食のテーブルがセットされてあり、その上には焼いたベーコンにソーセージ、目玉焼きとトーストという…


「全部焼いただけじゃん」


「こら、偏食は健康に悪いぞ」


「…手料理って、これだけ?」


ぶきらぼうに聞くノルガ―に、セレステも負けじと応手した。


「いや、この絶妙な焼き加減を見ろよ?

 慣れてないキャンピングカーの狭い台所で、結構悪戦苦闘したんだから」


「…そんなことにしておこう」


確かに、典型的なキャンプ料理であり、軍の訓練時に食べていた携帯食に比べれば、暖かい飯が食えるだけでましだと言ってもよい、と、ノルガ―は実感していた。


「昨日の夕食も抜きだったから、ちょっと多めに焼いたよ。

 遠慮せず、お代わり言ってもよい」






「…どんだけお代わりするんだぁぁぁ!!」


「お代わり言っていいと言ったじゃん!

 いや、複製すれば済むことだろうが!」


…思いの他、王子様は結構大食いだった。

グダグダ言いながらソーセージを焼き、トースターに食パンを放り込むセレステに、ノルガ―がそうツッコミを入れたが――


「否!

 息子に食わせるキャンプ飯を複製するような奴は、父失格!」


「…そもそも、その複製ができるやつは親父以外いないよ?」


「そんなことはどうでもいいから…

 トースト焼けた!持ってけ!」


「はいはい」


結構、騒がしい朝が過ぎていた。


              ***


「親父」


「なんだ?」


二人でのんびりと、茶を飲んでいたところ。

ノルガ―は、二人がなぜ、よりにもよってこんな不毛の地に休暇に来たのかを、思い出した。


「…ドワーベンは?」


「……ようやく思い出した?

 いつ思い出すのか黙ってみていたら――」


「いや、そんなのはどうでもいいから。

 昨日は夢まで見ていた気がするんだけどな」


…どうやら、気絶と同時にそのあたりの記憶も飛んでしまったようだ。

むしろ都合がいい、とセレステは思った。


「昨日、お前がぐっすりと寝ている間になー

 あちらから、使者が来ていたよ。

 そのヒトと交渉して、今日彼らの地下都市を見学させてもらうことになった」


「………え?

 ち、なに?」


「地下都市だよ。

 ここまで来て何も見えないなら、彼らがどこに住んでいるかぐらい…

 答えが出るだろう?」


「そ…それは…

 でも、何をどう交渉した?

 伝説の都市を、そんなにあっさり公開するって?」


ノルガ―のその疑問は、正しい。

だからセレステも、隠すことなく真実を言った。


「それはもちろん…

 このお父さんの人望だろう!」


…いろいろと省略されてはいるけど。


「嘘つけ!」


「嘘ではありませーん!

 本当のことです!

 ほら!迎えの方がきたよ!」


「え?」


セレステがそう言いながら指さしたところには、いつの間にか地下都市に繋ぐハッチー式扉が開かれ、3体のドワーベンは、恭しい態度でこちらに向かっていた。


その姿は、ノルガ―にとっては結構衝撃だった。

つるんとした、なにもない、前後に長い楕円形の頭部。

有機生物の筋繊維というべきか、複雑に入り組んだ電線とも、金属ワイヤーとも区別がつかない材質で体のラインが出来ている。

その上に、体のところどころ—たぶん急所か、可動部以外の脆弱部と思われる部分だけを軽く覆っている金属の皮膚…下着?


「あ…あれが…

 ………あれ?どこかで見たっけ?

 あの姿に、見覚えが…」


「想像力が良すぎるのも考えもんだね?

 ファーストコンタクトの感動が、減ってしまうじゃないか」


「いや、そんな…」


混乱しているノルガーの前に、近くに来た3体のドワーベンが挨拶をした。


「お初にお目にかかります。

 ノルガ―・ラゲンデリエ・アデ・フェリデリア王子殿下。

 アイ…レギス・バシ・オオテル・セレステ閣下。

 ドワーベンの代表として、お二方を歓迎いたします」


結構、というか、完璧なフェリデリア語にぎょっとしたノルガーが、セレステを見た。


「…何かした?」


「してないよ!なんですぐ私を疑うのかな。

 昨日、話が通じなかったので、タルタルソースサラを呼んだんだ。

 そして、フェリデリア語の情報が欲しいと言われて、彼を貸し出しただけ」


嘘である。


「そう…か?」


「聡明な方々よ。

 …?しかし、EK54325さんとTH39867さんは?

 でっきり、あのお二人が来るのかと」


「あ、いいえ。

 お生憎様、あの二人には急な用事がありまして」


嘘である。

昨日二人が地下都市に戻った後、明日アインガストご一行の迎えに誰が行くのかをかけて、大騒動が起きていたことは、発声機構がクラックを起こしても言えない。

と、思考回路の一角で考えている3体のロボタ・ドワーベンだった。

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