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アインガスト

「ノルガー殿下はお休みになりました。

 少し、熱を出されているようですが…」


気を失ったノルガーをキャンピングカーに連れて行ったアリメカリセスが、セレステたちがガヤガヤ騒いでいるところに戻ってきた。


「ああ、ご苦労。

 あいつ、あの歳で知恵熱でも出たのかな。

 時間も時間だし、朝までぐっすり寝れば済むだろう。

 いつもご苦労だな、アリメカリセス」


「いいえ、こんなことでお褒めいただけるなんて…」


そう答えたアリメカリセスは、いつかみせたあの、『6枚の翼で顔に当たる部分を隠す』状態になっていた。

多分、『顔を赤らめている』のだろう。


「あーお姉様だけずるい!

 いつもお側でお世話しているから!」


「うるさい黙れラガマダの育児もちゃんとできなかったせいで私に1千歳も年上の息子を押し付けた毒親めどこかで真っ二つになって転んでおけバーカ」


「ヒャウ♡」


…罵詈雑言を浴びせば寧ろ褒美になるだけだとわかっていながらも、彼女に向かってはいつもあんなことを言ってしまうようになっていた。


「…マイロード、それではご褒美にしかなりませんが」


「わかってる。

 でもね?優しい言葉なんかかけられる相手なのかよ、あれ?」


「……お気持ち、お察しします」


ダルカルヌピカも、姉のそのような歪んだ性癖にはもうお手上げの状態だ。

それ以上何も言えなかった。


「まあ、それはそれで、アリメカリセス。

 あれ、なんとかならないか?」


セレステがそう言って指した先には2体のロボタ・ドワーベンEK54325とTH39867が片膝をついたまま、頭も上げられずに固まっていた。

彼らは怖気づいているのか。

でなければ敢えて頭を上げる気にすらならないほど、彼女たちを敬っているのか…

もしかすると、その両方かもしれない気がしていた。


「ヤルデマラセナが余計なことをしてしまったようだよ…

 あいつ、昼間にも勝手なことしていてね。

 私の役に立ちたいと思ってくれるのはいいけどね?

 相談ぐらいはしてほしいと言ったのにまたこれだよ。

 私はドワーベンと話がしたかっただけだし、脅かす気はなかったのに。

 …それにあいつ、私のいない間にエロ本読んでた」


*ま、マイロード!?*


セレステの暴露(?)を聞いたアリメカリセスは、特に派手な反応は見せなかった。


「そうでしたか、マイロード。

 でも、言語パッチの方は私も必要だと思っていました。

 ちょうど先ほど、彼らのシュバデンケがリブートしていたのでいい機会だと思いまして」


「……いや待て、今なんと…

 リブート?」


「はい。

 私たち4姉弟が同時に現れたのをみて、システムダウン…

 シュバデンケが、落ちていました」


淡々と説明しているが、その内容は穏やかではない。

4体のウーバーガストが現れたせいで、あの2対のドワーベンのガストに許容限界値以上の負担がかかった。

それを、彼らの意識を共有しているシュバデンけも同時に、同様に感じていた。

だから、シュバデンケがシステムダウンを起こした…と、まるでなにかのゲームサーバーで落として再起動したかのように言っているけど、そばで見ているセレステとしては、他の意味で「落ちた」ようにしか見えていなかった。


「…それ、やばくない?」


「大丈夫です。実際落ちていたのはマイクロセカンド単位でしたので」


その短時間でダウンとリブートが行われるシュバデンケのもすごいけど、その隙を狙ってハッキングを仕掛けて、成功した?

そして、種族単位で「落とした」?

もうこれは、人間の自分では認知すらできない世界のことだった。


「今更だけど、怖いね君たち」


「えっ」


なぜそういわれるのか、理解できない、と言いたげな様子だった。

4姉弟の中でも、最も人間に近い思考方式を持っているんだろうと感じていた彼女がこんな反応だったら、他の弟たちは…

いや、セレステとしては決して彼女らを非難する気はない。

ただ、時折物事の捉え方の違いを実感していて、少し困ると思っているだけだった。

それは多分、住む次元の差がもたらす問題なんだろう。


『悪意があっての行動ではないし…

 慣れるしかないか。

 でも度がすぎないように、私がコントロールしなきゃ』


これじゃ神経の骨が折れそうだ、と奇妙な考えをしながら、セレステはとにかくこのおかしくなった空気を収めようとした。


「それで…ほぼ精神操作になってしまったそのパッチなんだけど。

 巻き戻しはできないか?」


「できないことはありませんが…

 彼らのためにも、必要なパッチだったと思います」


「彼らのため?」


それはまたどういう…と訝しむセレステに、アリメカリセスが説明し続けた。


「彼ら…あ、これからはドワーベンと呼ぶべきでしょうね。

 ドワーベンの居住している地域は、ここだけではありません。

 いつかは、他の種族と接触することになるでしょう。

 でもあまりにも長い間、孤立していたので」


「…利便性アップデートだと?」


「はい。

 そのついでに、敬語という概念も」


聞いてみれば、理にかなってはいた。

確かに、セレステ自身はダルカルヌピカがついているから、特に言語で不自由を経験することはない。

でも、自分のいないところまではカバーできない。

いつかのコンタクトのため、いらない誤解を減らすための措置、と思えば悪いことというか、未来のための投資ともいえよう。

しかし…


「うん、それはなんとなくわかった。

 敬語の概念も…まあ、文化圏によっては重大問題だから、それもわかる。

 ……でも、あれはないんじゃない?」


セレステがそう言って指したところには、先ほどからビクッともせず、片膝をついて頭を下げているドワーベンたちがいた。


「それは…

 頭を上げてもいいという隙を、マイロードが与えてくださらなかったから?

 はい、そこの二人、面をあげなさい」


「え、私のせい――!?

 いや、それじゃなくて」


と、セレステが言いかけているところだった。


「ははー!

 ありがたき幸せ!

 我が種族の史上最初にウーバーガストのお目にかかれ、光栄に存じます!」


実に恭しいその態度に、セレステはもう呆れ果ててアリメカリセスに言った。


「あれだよあれ!

 敬語パッチはいいけど、あの態度は変だろう!

 ヤルデマラセナ?まさか、敬語パッチに絶対服従ウイルスを混入したり――

 そんな危険なことはしていないんだろう?」


*や、やってませんそんなこと!

 ……多分*


「多分!?!??!」

 まさか、自分でもよく分からないパッチを?」


慌ててるセレステを、アリメカリセスが宥めようと割って入った。


「いいえ、そんなことではありません。

 彼らはただ、情報体としての格の差を感じて、自ずと敬意を表しているだけ。

 そうでしょう?」


「「ははっ」」


一心不乱にそう肯定する彼らをみても、さらに心配になるだけだった。


「それってさ…

 小型草食動物が、大型肉食猛獣の前で、恐怖のあまり固まってしまう…

 そんなこと?」


その質問に、アリメカリセスはすこしムッとなる様子だったが、素直に答えた。


「いささか問題のある例えではありますが…

 そうご理解になっていただいて、相違はないでしょう」


実は、今のこの状況はとある宗教の経典でよく出てくる


『恐るるなかれ』


に、一番近い状態だった。

しかしアリメカリセスは、セレステが無神論者であることをよく知っている。

だから、そんな彼の前では神とか天使といった、宗教に関わる言葉は避けていた。

そのせいで、こんな回りくどい言い方になってはいるけど、仕方のないことだった。


「…とにかく、彼らと話がしたいけど…

 どうしよう。君たちがうじゃうじゃいては緊張して言葉も出ないようだよあれ。

 とにかく、アリメカリセス、ラガネマパイサを連れてこの場から退いてくれ。

 ダルカルヌピカもだ。言語パッチがされているから通訳はしてくれなくてもいい。

 ヤルデマラセナ…お前は後でゆっくり話そうな?

 ゲートを開いてやるから、呼び出すまでテンゲルに戻っているように。

 えーと、お二人?あいつらはいつでも呼び出せますからとりあえずは…

 あの…?」


とりあえず、ちゃっちゃと指示を出して、アリメカリセスたちをこの場から外させた。

固まっているドワーベンたちを安心させ、もっと自由な気持ちで話し合おうと思ったわけだが――


「「アインガスト!」」


「は!?」


2体のドワーベンは、こんどは片膝どころか、地面に平伏していた。


              ***


「…すこしは落ち着きましたか?」


「はつ」


「いや、そんな畏まらず…」


ウーバーガイスト(仮)の4姉弟が退場すれば、少しは楽になるのかと思って彼女たちに席を外してもらったわけだったのが、『アインガスト』とかいう、さらにわけのわからない事態に発展…というか悪化し、慌てて色々と宥めてみたが畏まるばかりで…


「適当に起きてくれないと、ヤルデマラセナを呼んできてシュバデンケを巻き戻しますよ!?」


…と、脅かしてみたら即効だった。


「で、さっきほどはどさくさに紛れて聞けなかったわけですけど。

 あなたたちが’隠遁を破って、ケイレスの国境近くまで接近していたのは…」


「は、南からウーバーガストの気配が検出されたとの情報を頼って…」


要するに、『奇跡が起きた』という噂を聞いて巡礼に出た中世ヨーロッパ人のように、『上位情報体』の情報を求めて、何千年もの隠遁を破って世に出てみた、ということだった。


『というかさ…

 引退していた押しのアイドルが、復帰を宣言して…

 その握手会に行こうと、20年歴の引きこもりが勇気を絞り出して、家を出て…

 握手会で本人を見て気絶した。

 そして、気が付いたらそのアイドルに介護されている…』


本質的には両者は同じ話だということに、セレステは気づいていない。


「でも、他の種族と交流のなかったあなたたちにとって危険だったのでは?

 事故ったり、誤解され攻撃されたりしたら…」


「胴体の危険など、顧みるに足らないことです。

 種族の悲願が叶うならば…」


「…先遣隊の1体でもあいつらに接触さえすれば…

 シュバデンケの全員が出会えることになるから?

 極端な話だ。その過程で犠牲になって個体のことは…」


少し心配そうにそう聞くセレステに、EK54325はなんの迷いもないかのようにきっぱりと答えた。


「個体の胴体など、どれだけ損失されても構いません。

 その中で1体でもウーバーガストに接触し、その存在を確認さえできれば」


「…全体が会ったことになるから、個体の犠牲など惜しくないと?

 ハイブマインドだからそう考えられるかもしれませんけどね…

 やっぱり、個体を失うのは…悲しいと思いませんか?」


「…なぜ、個体を失いますか?」


本気で分からないと言いたそうな、疑問の感情がこもった口調だった。


「…は?

 さっき、個体の損失だと…」


「いいえ?

 個体の『胴体』と言いました」


「……は?」


「胴体なんか、いくら失ってもまた生産すれば済むだけのことです。

 そもそも個体のガストは、シュバデンケの中にありますから」


「…………はい?」

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