言語パッチ
個体識別記号EK54325のロボタ。
彼(一応、そう呼んでおこう)は、現時点のイレギュラーな状況の原因と思われる、2体の有機生物から情報を得るべく接触を図った。
その結果、この2体は遥か南にあるアンテロの国家、フェリデリアから伝説の存在『ドワーベン』の調査に来ていたという答弁が聞けた。
アンテロ……シュバデンケに記録あり
フェリデリア……シュバデンケに記録あり
ドワーベン……一致する記録なし
初めて入力された『ドワーベン』という言葉。
どうやら有機知性生物社会において、我らを指す名称として使用されているらしい。
シュバデンケの判断。
『ドワーベン』を我ら無機生物群のカテゴリー名として採用。
登録完了。
今度は、2体のうち、奇妙な外観をした個体の方から情報の交換要請があった。
データサーチ……………
記録にある『フーマニタ』の外観データと65%一致。
フーマニタと判定するには、適合率が不足している。
危険要素感知:
情報化の域を超えた存在の残留エネルギー検出。
発信源:該当有機生物個体に随伴する小型情報体。
注意:この小型情報体は、我らのデータにある形式ではない。
当該個体は、自らをあの巨大ロボタのガストであると説明している。
しかし、あの巨大ロボタからも別個のウーバーガストの残留エネルギーを検出。
情報収集続行
該当個体の情報要求:ウーバーガストについて
***
「ガストと、シュバデンケについては大体理解できました。
しかし、そのウーバーガストとは…?
ガストを超えたガスト?
シュバデンケの上のレイヤーに位置する上位情報体?
そういうものですか?」
ドワーベンの話を聞いていたセレステは、薄々感じていた。
時々翻訳されずそのまま聞こえる固有名詞は、なんとなくドイツ語に似ていると。
ガストが精神、あるいは霊魂を意味するのなら、おそらくGeistなんだろうと。
なら、ウーバーはÜber?
ÜberGeist…
Übermenschが超人だから、超精神?
超越的な魂?
『いや、彼らはガストを情報体と言っていたな。
なら、超越した情報体…
集合情報体であるシュバデンケを超越した情報体ってこと?』
そこまで推論した末にドワーベン、 個体識別記号EK54325にその考えは合っているか、聞いたのだ。
「…大体あっている。
ウーバーガストは『上位統合情報体』。
我らのガスト、そしてその全体であるシュバデンケ。
その上に位置する、更なる段階にいるガストのことだ」
ノルガ―は、さっきから黙っていた。
話の内容が、とうの昔に彼の理解の域を超えていたからだ。
その反面、セレステはというと――
「さらなる段階…?」
「『時間』の限界を超えること。
我らのガストは、シュバデンケの中で空間の制約を超えている。
個体がどれだけ遠く離れていようとも、感覚と情報は一つになれる」
ディレイも発生しないなんて、ものすごいネットワーク性能だな、とセレステは感心した。
電信もまだ開発されていないフェリデリアの技術はまだしも、地球の無線ネットワークもあそこまでは…
「うん?
………時間?」
セレステは、少し違和感を覚えた。
いや、違和感というか…理不尽?
理論上はあり得る。
だが、3次元の人間の彼にとって『理解』はできない。
そして、なぜか、その理不尽そのものが…
ずっと前から肌身離さず、自分に付きまとっていた。
そんな気がして、ならない。
いや、これはもう、確信に近い。
「…念のため聞きますけど…
その『時間』を超えるって…
知覚と記憶が未来に開かれ…
というか、未来を『記憶』する。
そんな状態なのでは?」
その言葉を聞いた2体のドワーベンが、ノルガーでもわかるように動揺した。
一瞬かたまって、慌てて互いを見て、再びセレステに顔…と思しきパーツを向けたのだ。
対話には加わっていなかった個体までが。
「どうして、それがわかる?」
それはもちろん。
そのウーバーガストなるものが。
周りに何体もいるから。
「……なあ?
おじさんはね…悪いことは言わないよ?
そのウーバーなんちゃら、憧れない方がいいって」
いきなり口調が変わったセレステ。
でも、彼のその口調に驚いたのはドワーベン達ではなく、ノルガ―の方だった。
「おい、親父!
なんだ、いきなり!」
「あ――いいよいいよ。
どうせ彼ら、敬語の概念すらないと言っていたし。
今言った内容にだけ、集中しているはずだよ。
話が通じたらの話だけど」
そんなセレステに、2体のドワーベンが質問してきた。
気のせいか、さっきほどとは慌てているような、少し早口で。
「その通り。我らにとって敬語などは意味をなさない。
それより、『憧れない方がいい』とは――」
「いったい、どういうことだ?」
発言が終わるのを待つ余裕すらなかったのか、対話に加わっていなかった個体が、途中で割って入った。
「それはね…
いや、直接その視覚センサーで確認した方がいい。
ダルカルヌピカ?」
「はい」
セレステの肩に乗っていた小鳥が、普段より渋い声で答える。
「……
ヤルデマラセナ?
機外スピーカーOn。
ちょっと屈めよ。
君に話しかけるために見上げるのも癪に障る」
*うい~~~っす*
セレステの命令通り、ハーヤ・ナクマが片膝をついた。
「…あまり呼びたくないけど…
ラガ――」
「はあああああ~い♡
マイロードのラガネマパイサ、ここに!」
どこからともなく高速で飛来し、セレステの首に巻きつく、透明で、小さな龍。
「くっつくな!気色悪い!
アリメカリセス!こいつの躾――!」
その龍を鷲掴みにし、セレステから引き剥がしながら現れた女性。
いや、その頭のある場所には、3対の皮膜の翼と、1対の角。
「マイロード、お呼びでしょうか」
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ、お“姉”ざま”、い“、い”ぎぐる“じい”」
「静かになさい。握りつぶしますよ」
そんなアリメカリセスに、セレステが言い放った。
「気持ち悪いやつがさらにキモくなるだけだからやめ—
あ、いや。いっそう潰せ。
ラガネ?お前のような気持ち悪いやつには、うってつけの仕打ちだろう?」
「はううううん♡
マイロード、極上のご褒美!」
‐ ぐちゃ
アリメカリセスの手の中で、真っ二つに分かれてしまうラガネマパイサ。
「うわ…いつ見ても慣れっこないんだよな…」
…そう言うセレステの傍らで、ノルガ―が口元を押さえていた。
どうやら吐き気を堪えているらしい。
「あ、心配するな。
死んでないんだ。
おい、いつまで死んだふりをしやがるんだよ。
さっさと起き上がれ、ラガネマパイサ」
「はあああああい♡マイロード」
さっき真っ二つになったことが、まるで嘘だったかのように。
その小さな龍は、活き活きとセレステの周りを飛び回っていた。
「で、どうだ、あんたたち?
そちらのいうウーバーガストって、たぶんこいつらのことだと思うけどな。
見ての通り、ろくな連中じゃないんだ。
あんたたちって、いまでも十分…
…………おい?」
答えがない。
というか、2体のドワーベンは、微動だにしない。
理性の限界を超えた出来事…
いや。
処理しきれないデータの奔流に呑まれ、彼らという個体だけではなく、シュバデンケそのものまでもが処理限界を超えて——
『落ちた』ようだった。
***
…………再起動
シュバデンケ起動率:45%
個別ガスト再接続:132,678体
記録復旧開始
シュバデンケ起動率:72%
個別ガスト再接続:2,153,289体
超遠隔ガスト再接触:32体
……COMPLETE
記録復旧率:84%
思考回路再起動
……COMPLETE
『意識は戻ったようだな?
反応は禁止する。
これから伝えるデータを、そのまま記録に加え』
最高管理権限より上位権限でのデータ転送:
受け入れますか?
Yes/Yes
『ふ~うん、見かけによらず、いい子じゃない?
従順に言うことを聞く子犬は、嫌いじゃないわ』
『ラガ姉ぇはちょっとだまってろ』
子犬:
データサーチ………
見つからないデータ。
でも、あの発言に接した瞬間…
すべてのドワーベンの個体に、いままでなかった付属枝を追加してでも、猛烈に振らなければならない。
そういう、猛烈な優先順位命令が、待機列を破って入って来ようとする。
『うわ、バグデータ発生!
ラガ姉ぇのバカ!邪魔すんなよ!
やめやめ、いまのやめ!デバッグだ!
もう、仕事を増やしやがって…』
シュバデンケ起動率:91%
個別ガスト再接続:13,153,289体
Questuion:
あなたたちは、本当にウーバーガストか?
『うん?もう思考できるところまで来ていた?
なんというか…
実は***なんだけどな、おれら。
そう思いたければ、ウーバーガストでいいよ。
実は、その上位互換なんだけど』
シュバデンケ起動率:98%
個別ガスト再接続:14,125,400体
……COMPLETE
『あ、そろそろ再起動か?
その前に、一つだけパッチしよう。
…さっきから癪だったよ、お前ら』
シュバデンケ起動:Pause
新規パッチ設置率:87%
安定性を確認していないパッチが、シュバデンケに注入される。
拒む暇もない。
新規パッチ:
言語パック『フェリデリア語』
言語パック『バリアーダ語』
言語パック『敬語』
再起動再開:99……100%
……COMPLETE
***
「――あんたたちって、いまでも十分…
…………おい?」
‐ドゥーン
という起動音が聞こえそうな様子で、2体のドワーベンがまた動き出した。
そして——
‐ザッ
同時に2体のドワーベンがこちらに向かって片膝を突き、頭を下げた。
「あ……?
おい、なにを…?」
「「偉大なるウーバーガストの方々。
そのお目にかかる大いなる栄光を与えてくださり、ありがたき幸せ!」」
「…もう限界ぃぃぃぃ」
セレステの傍らにいたノルガ―が、神経の限界を迎えたのか、後ろの倒れた。
アリメカリセスが軽く受け止め、そのまま抱き上げてキャンピングカーの方に連れて行った。
「あ、グッジョブ、アリメカリセス。
で?これはどういうことかな?
…君たち、彼らになにかした?
精神操作なんかしたら、納得しないよ?」
「いいえ、マイロード。
私は決して、そのようなけしからんことは」
即座に否定するダルカルヌピカ。
「そうですわ、マイロード。
私だったら、這い蹲らせて、マイロードのお靴をなめさせ…」
「だまれ変態」
「あはん♡」
アリメカリセスはこんなことを許可も求めずにやるようなタイプではない。
だったら、残るは…
「…ヤルデマラセナぁぁぁぁぁ?」
*い、いや、精神操作なんかしてません!
ただ、上下を分からせてやっただけです!
言葉遣いにちょっと、注意を…*
「…どこのヤンキーだよ」
*い、いいえ!
決して、強圧的な手は使っていません!
ただ、フェリデリア語と、バリアーダ語を少し…
やつらシュバデンケに叩きこんで…
そのついでに敬語の使い方ってのを、ちょっと…*
この姉弟の無茶ぶりには慣れたと思っていたセレステも、これには呆れてしまった。
「いつの間に…いや、君たちに時間など意味ないのだな。
いやお前な?それを精神操作と言わずに何という?
あれ見ろよ!片膝ついたままビクッともしないよ?
壊れてしまったんじゃ?」
*いや、でもマイロードにただ口って、癪に障るし…*
「それだけは私も同意見です」
「そうよ!
あんな下等情報体のクセにマイロードに…
許せませんわ!」
「…頼むから君たちは黙ってくれない?」
…なんか、普段とは違て一人苦労人ポジションに立っている気がするセレステだった。




