ウーバーガスト
「ほほう、これは…」
目の前に現れた伝説の存在、ドワーベン。
地球でいうロボットとも違う。
かといって、生物とも違う。
まるで金属という素材だけで、生命という現象を再構築したような姿だった。
つるんとした、なにもない、前後に長い楕円形の頭部。
有機生物の筋繊維というべきか、複雑に入り組んだ電線とも、金属ワイヤーとも区別がつかない材質で体のラインが出来ている。
その上に、体のところどころ—たぶん急所か、可動部以外の脆弱部と思われる部分だけを軽く覆っている金属の皮膚…装甲?
地球のいわゆる『ロボット』デザインや、特に最近目ぼしく発展し始めたヒューマノイドロボットのつるんとしたボディとは一味違う、まさに『金属で出来た』生命体の姿をしていた。
その姿は、彼らのことを伝説として聞いていたノルガーはもちろんのこと、『生きているロボット』ぐらいだろうと想像していたセレステにとっても、かなり興味をそそられるものだった。
まるで皮膚が剥がれ、筋繊維がそのまま露出しているような姿。
普通の有機生命体なら、見るに堪えない惨たらしい姿であろう。
しかし、さすが金属生命体というべきか、あの姿でも特に問題はないようだった。
『なるほど、柔軟な皮膚組織がないなら…
装甲で覆って動きを制限するより、あれが効率的ってわけか』
セレステはそう考えながら、あれがむしろ合理的な姿かもしれないと、感心していた。
「あれが…」
彼の傍で伝説を目の当たりしていたノルガ―もまた、嘆声を上げていた。
子供時代から憧れていた伝説に会えて、感激しているのだろう。
「……感激する気持ちはわかるけどな。
歴史に残るファースト・コンタクトだ。
しゃんとしなさいよ、王子様!
最初の挨拶だ」
「えっ、ボクが?」
セレステに脇腹を突っつかれ、ハッと我に返ったノルガ―が、意外そうに反問した。
「当たり前じゃないか。
ここにいるフェリデリアの者の中、一番身分の高いのはお前だよ?
ファースト・コンタクトの栄光は、王子様であるお前のものだ」
「親父……
わかった」
一瞬言葉に詰まったかの様子を見せたノルガ―だが、心を決めたか、前に一歩出て、2体のドワーベンに向かって言いだした。
「お初にお目にかかる、ドワーベンの方々。
私は、フェリデリア王国の王子にして、現国王の弟。
ノルガ―・ラゲンデリエ・アデ・フェリデリアである。
我らフェリデリアに伝説として伝わる貴殿らにお会いできたことを、実に嬉しく存じる」
ノルガ―の挨拶を聞いた2体のドワーベンが、一瞬動きを止めたかと思ったら、2体の内1体が答えた。
「丁寧なあいさつを、感謝する。
王子と言えば、あなたたち有機生物の社会では上位階級だと、いまシュバデンケの記録を確認した。
我らの言語には敬語という概念がないので、その点は理解してもらいたい。
我らとて、有機生物との接触は珍しい経験なので、この出会いを意義あるものにしたい」
顔に口がないので、どこから発声しているのかがすごく気になるセレステだったが…
彼らの声は、少なくとも合成電子音ではなかった。
そんなことを考えているセレステのことは気にせず、ドワーベンが続けた。
「二つ、確認したい。
一つ。
あなたたちは、何を目的としてここに来た?
二つ。
我らのことをドワーベンと呼んでいたが、それは何だ?」
「「………え?」」
先程はドワーベン達が一瞬止めていたが、今度はノルガ―とセレステが当惑して、固まって視線を合わせた。
「ドワーベンを知らない…ってどういうこと?
まさか、ドワーベンじゃない?
でも、地下に住んでいる、体が金属でできている人って、伝説に…」
意外な質問に、見当違いだったのかと落胆しているノルガ―を見て、セレステがあることを思い出してノルガ―に話しかけた。
「……いや、待て。
その伝説なんだがな……
直接彼らに接触した記録、じゃないよな?
ただ、『そのような種族があったそうな』ってわけだろ?」
「ああ、そうだけど…」
それなら合点が付く、とセレステは思った。
「要するに、昔のフェリデリアのヒト…
いや、フェリデリアじゃなくても、アンテロか、エイヴィアとかが…
勝手につけた呼び名なんだろうな。それらしい理由を付けて。
地球でもそんなことは度々あったよ」
西洋人がイヌイットのことををエスキモーと勝手に呼んでいたことなどを考えると、十分あり得ることだ。
「それで、念のため伺いますが、貴殿ら無機生命体は、種族名を何としていますか?」
「……生憎、我ら種族を自称する言葉を必要としていなかったのだ。
我らのような2足歩行型、知性のある個体の識別名なら、ロボタと称してはいるが」
「2足歩行型…というと、他のモデルも?」
「そうだ。
さっきあなたたちの観察に向かわせたようなのはインセト」
セレステがさらっと『モデル』といってかまをかけてみたが、特に気にするような様子でもなければ、だからといってそれに釣られて他のモデルのことをペラペラ言うこともない。
自分たちでもそう総称しているのか。
でなければ、用心深く反応し、情報を制限しようとしているのかもしれない。
「そうですか…
ちなみに、ノルガ―王子?」
「なんだ?」
「フェリデリアに…ひいては、アンテロ社会に伝わるドワーベン伝説とは?」
「そこからか?
ヒトに似ている、鋼の身体をもつ種族で…
山の中の鉱脈から生まれ、金属いじりに長けている民。
生まれも生活も金属鉱脈の近くで営むから、主に地下で住んでいて…
恥ずかしがり屋なのか、他の種族の前には、めったに出てこないと」
そこまで聞いたセレステが、2体のロボタの方に視線を向けて言った。
「だ、そうですね。
あなた方は、どう感じられます?この伝説」
「……大方、あっていると言えよう。
ディテールな話に入ると、修正したいところも多いがな。
しかし、恥ずかしがり屋とは…?」
どうも腑に落ちない、と言いたそうな言葉遣いだったが、セレステはなぜかわかるような気がした。
『それはあなた達…
他のヒト種から見れば、ほぼ裸に見えるから?
もちろん、ここまで違う種族だ。
倫理観も、恥を感じる基準も全然違うだろうけど…な…
でも、こちらから見ると…
ビキニアーマーで堂々と外を出歩く変態連中にしか…
そりゃ、誰から見られたらね?
『恥も知らぬ野蛮人』とか
『恥ずかしくて、ヒト前に出てこない』とか…
うん、勘違いもするわな。
ましてや、伝説になるような昔のことならなおさら』
という考えは胸の内に留めておくことにしたセレステは、とにかく話を取り次ぐことにした。
「まあ、交流のないまま伝説だけが独り歩きしたらね。
いろいろと、勝手な話に変質するものです。
では、あなた方のことは、ロボタと?」
「…いや、先ほどシュバデンケの決定が下った。
そう呼びたければ、ドワーベンでよいと」
「我ら無機生物群のカテゴリー名として、十分機能するとの結論を出した」
ずっと黙っていた個体が、言い足した。
「そうですかな…
よかったな?ノルガ―王子」
「……私に振るな」
伝説に出会えると胸を躍らせていたノルガ―としては、これは喜ぶべきか失望するべきか少々複雑な気分だった。
とにかく、そんなことよりせっかく手に入れた接触の機会だから、話を続けなければいけない。
そう判断したセレステは、次の話題を切り出した。
「色々とお聞きしたいことだらけですが…
まずはあなた方の質問に、誠実に答えることからでしょう?
何しにここに来た…ということですけど――」
そこまで言ったセレステは、チラッとノルガ―の方を見た。
「ここにいらっしゃるノルガ―王子が、あなた方の伝説が大好きでしてね」
「おい親父!何を」
ノルガ―は少し慌てているが、そんなことはどうでもいい、
話の素材にするためだから。
「ここから南に20万アシェぐらい離れたところに、エイヴィアとアンテロの国、ケイレスがあります。
そこのヒトたちからあなた方を目撃したという噂を聞いてですね。
もし本当なら、ぜひ見てみたいと、王子に騒がれて」
ここまでくると、ノルガ―もどうして自分のことを言い出したか理解できた。
しかし、理解できたからといって納得できるとは言えない。
『覚えてろよ、くそ親父!』
ノルガ―がそう考えているがいまいが、セレステは呑気な顔で続けた。
「それで、あなた方が実在するのか、確認しにやって来た次第です。
これで、答えになりましたかな?」
「要するに、我らのことを探査するために、ということか。
もしかして、侵略や略奪が目的、ということを隠してはいまいな?」
「さあ?
さっき言いましたけど、私たちの国はフェリデリアです。
フェリデリアとここの間には、ケイレスを挟んでいます。
侵略とか…まずできないでしょう。
略奪…といっても、伝説の存在であるあなた方から、何が得られるかわからないのに。
そんな効率の悪いことを考えるほど愚かではありません、うちの陛下は」
つるんとしたメタルの顔…にあたる部分からは、感情がまったく読み取れない。
だが、同じく『顔』のないアリメカリセスとその弟たちに接していたおかげか。
セレステは、なんとなく2体のロボタ――
いや、もう自らその呼称を認めたから、ドワーベンと呼んでもいいだろう。
とにかく、ドワーベンの彼らが、今の答えをどう受け入れたかわかるような気がした。
「……で、こちらの答えはここまでですが…
その見返りというか、あなた方の質問に関わっている質問をちょっと。
あなたたちは、なぜケイレスの民に目撃されたのでしょう?
あの距離だ。ケイレスからここに来ることも、ここからケイレスに行くのも大変。
なのに、目撃情報があったということは……
何かの目的があって、あなたたちが南下していた、ということでしょう?」
その質問を聞いた、先から主に対話に臨んでいたドワーベンが、答えた。
「ウーバーガスト」
「……はい?」
「我ら…だから、あなたたちのいうドワーベンには、個体の活動を処理する情報体がある。
それをガストと呼んでいる」
たぶん、精神や魂のことなんだろう。
セレステはそう判断した。
「そして個々のガストは、並列連結され、一つの集団ガストになっている。
それが、個にして全体、シュバデンケだ」
「なんと…
では、あなた達のガストは……常に一つに繋がっている?
さっきのドワーベンと認めたのも…
あの一瞬で、あなた方の社会全員に通知された?
いや、それより…
全員の同意を得た?」
「通知でも、同意でもない。
『全員が同時に認識し、受け入れた』
そういうことだ」
流石のセレステも、恐怖に近い気持ちを感じた。
アリやハチのような群体意識かと思ったら、情報の共有と判断までもが同時に行われる、一つの意識。
空想科学の世界ではあり得るかも…と思ってはいた。
しかし、それを実際目の前にすると…
「……それで、聞きますが。
そのウーバーガストとは?」
こんな相手が何を求めて、隠遁を破ったのか。
何のために日の目の下に出て、南下する決定をしたのか。
それが気になってならない。




