ビンゴ
*マイロード*
「うん?」
さっき、ヤルデマラセナが単独で来ていたところに戻って来たハーヤ・ナクマ。
低空飛行しながら地面をスキャンしているそのコクピットに、ヤルデマラセナの声が響いた。
*やはり、ここのヒトビトも怖がっていましたね*
「仕方ないことだぞ?
初めてこんな巨体を見れば、それは怖気づくんだろう」
*いや……マイロードのことですが*
多分ヤルデマラセナは、自分はついて行っていないここの領主館でのことを言っているようだった。
***
巨大な飛行物体が現れたという報告をうけ、状況を把握しているところに、いきなり虚空に現れた扉からフーマニタ激似のヒトが国境警備隊の兵士と共に現れ、報告役としてついて来たと思われる兵士が完全に取り乱してまともに説明できずにいるところ…
「仕方ないな。
フェリデリアから来た、レギス・バシ・オオテル・セレステである。
ケイレスの「女王の友」であり、バリアーダのプライ・マハのルアファンだ。
それに、マルク・テンゲルにして、フェリデリア国軍の副将だ。
デュエマ師団長を務めている身である。
この第二等勲章を見れば……
嘘ではないとわかってもらえるかな?」
いきなり虚空から現れた怪人に、貴族社会のプロトコルとはいえあんな肩書きダラダラと言われ、その挙句女王陛下から授かった第二等大勲章まで見せつけられたら…
はっきり言おう。
ここの領主は正気を保ったままセレステを迎え入れられた。
それだけでも褒められていいとぐらいのことだった。
証人として連れてきた兵士なんか、警備隊長としてはそれなりに度胸も、頭もいいヒトを選んだはずだ。
それなのに、ゲートを通過して領主館の前に出た瞬間、取り乱してしまった。
腰が抜けて、座り込んでしまうほど。
領主だって、膝が笑うのを必死で我慢している。
あのヒト型もさることながら、警備隊の兵士を連れて現れたということは、結構距離の離れている国境要塞からこの領主館前まで、ひとっ飛びでここに来たということだ。
南部と王都での噂は風の便りで聞いていたが、実際目の前にするのはわけがちがう。
それでも、ギリギリで理性を保った領主はセレステを領主館に迎え入れた。
ダンテヒ領でもらった入国許可証が正規のものだと確認できた。
…その日付は、今日となっていた。
あのような常識はずれの力を持っていながら正規の手順を踏むのか。
感心した領主は、初めて落ち着いた気持ちでセレステに話し合うことができた。
「私は、この世界に来て日が浅くてね。
地球にはいないアンテロや、貴殿のようなエイヴィア、そしてバリアーダでラプティと——
私の故郷、地球では見かけないさまざまな種族と出会えるのが、とても楽しみだ。
そんなところ、ドワーベンなる、伝説の種族の噂を聞いたのだ。
これはぜひ調査してみたいと思った次第だ。
孫のアーシャ姫も楽しみにしているぞ?」
嘘は言っていない。
ドワーベンの伝説はフェリデリアにも伝わっている。
ケイレスの諜報を手に入れたということは、言わなくていい。
アーシャじゃなくてノルガーのために探しに出たわけではある。
だが、お伽話の存在が実在するとなれば、アーシャだって、喜ぶだろう。
とはいえ、領主が緊張しているのはセレステの目にも明らかだった。
『少しは美味しいネタで、緊張をほぐしてあげても悪くないだろう』
そう思ったセレステは、領主の食いつくような話題を言い出した。
「そういえばこの間、使節団として帰国の王都によった時、副王殿下から聞いた話だが——」
***
「辺境からあまり動けない国境領主に、中央のニュース以上に美味しいネタはないよな」
*まあ、それはおっしゃる通りだと思いますけどね。
普通、マイロードのような肩書きの持ち主に——
何の前触れもなく、自分の縄張りをうろつかれたらですね。
驚いて、怖がて強張るのが当たり前でしょう*
「ちゃんと入国申告はしたよ?」
*その情報が共有される前に、速攻で反対側の国境に来てしまったんです。
隣国の最高位貴族にこんな弾丸突破されちゃ、地球でだって驚かれますよ?*
確かに、他国のエアフォース・ワンが日本の上空を通過することになっても、少なくとも航路の通知ぐらいは予めして、協議に入るのが常識だ。
「情報の共有が遅いのって…想像以上に面倒なことなんだな。
自動車の次は、データ通信網の普及が必要かも。
魔術通信があるけど、送受信できる場所が限られるし」
『まだ電信すらできていませんけど?』
ヤルデマラセナはそう考えたが、声にはしなかった。
セレステは、こちらの社会構造には上手く適応しているが、地球との技術的な格差については、どうしても我慢ならないところがあった。
気にすれば適応できるエチケットやマナーとは違い、地球では空気のように当たり前に感じていた便利機能が、こちらにはないのがもどかしい。
「電子パスポートでピッ!それで出入国審査終わり!
いいじゃないか!簡単で!」
*無理なことおっしゃらないでくださいよおおお!
地球でも近年になって導入されたばかりのシステムでしょうが!
それに、どこのVIPがそんな簡易手続きで通関しますか!*
「ぐぬぬぬ…
うるさい!今日お前が勝手に先行してエロ本読んでたこと——
アリメカリセスにちくってやる!」
*濡れ衣だ!
仕事中にはしませんよそんなこと!*
「ほおおお?
『仕事中』って?」
*あ“*
弱み、取ったり。
とはいえ、5次元存在のエロ本って、いったいどのようなものなんだよ——
と、セレステが自分で言っといて自分でげっそりしている時だった。
–ピピピピ
コンソールから、何かを捕捉したことを示す、アラームが鳴った。
*マイロード!車両の移動痕跡らしいのを発見しました!*
「いや車両の痕跡など……
って、ええっ?車両?」
ヤルデマラセナと当たり前のように地球基準で話し合っていた。
だから、『車両』と聞いても一瞬、それがどうしたと考えていた。
しかし、ここはトゥシタだ。
自分で普及した電気自動車なんか、フェリデリアの王都の周辺で運行しているだけ。
こんなところに車両など、ないはず。
セレステはそれを思い出して、びっくりした。
*車輪、もしくは履帯の痕跡と思われます。
等間隔の痕跡が、ずっと続いています。
鮮明に見えるように、コンソールに投影します*
それと同時に、目の前のコンソールに、何か赤い線が映し出された。
地面に残された何かが移動した痕跡が、強調されたのだ。
「確かに…
目視だけでも、等間隔を維持しているのがわかる。
何かが這っていった後にしては、整然すぎる。
それに…騎獣と思しき足跡は…ないな」
*おっしゃる通りです。
その左右に、何か他の個体の足跡と思われる痕跡を発見。
そちらは黄色で表示します*
さっきコンソールに投影された移動痕跡の周辺に、さらにいくつかの小さな足跡が投影される。
小さい個体のものと思われるその足跡は、黄色で強調された。
「確かに…
しかもこの足跡の形から考えるに…
二足歩行種のものだな」
*はい。そう思われ……
って、なんでわかりますか!?*
「は、SFオタ舐めんなよ!
2足、4足と6足以上では、足裏の形が違う!」
*……ということは。
それらしいことを言ってみたかっただけ?*
「うん」
*………*
堂々とそう答えるセレステに、ヤルデマラセナは呆れて言葉を失ってしまった。
だが、それ以上に苛立つのは、セレステのその考察が、あながち間違っていなかったこと。
足の数によって、地面の踏み方や力のかかり方が異なるのは、事実だからだ。
「それにだ…
これ、二足歩行種は、二体以上いると思うよ?」
*はい?*
「ほら、足裏のディテー……
オホン、模様が違う」
*…確認しました。
おっしゃる通りです。
三種のパターンが…
オタク、恐るべし!*
「おい、オタク呼ばわりは自称以外は許さんぞ?」
これは、マイロードならではのことか、でなければオタクという人種の特徴か。
5次元存在のヤルデマラセナにとって、3次元の存在に恐れを感じたのはこの瞬間が初めてだったと、記憶に残っていた。
「ここって、さっき寄っていた国境とはどれだけ離れている?」
*直線距離では200kmぐらい離れていますが、その間に石の山とか、荒地、砂漠などがありまして——
実際ケイレスから来るとなると、結構遠回りで来なければならない上に、水資源がほとんど得られない地域であります。
よほどのことではない限り、有機生物が生存に必要とする物資を持って入ってくるには…*
「モノ好きがお金を注ぎまくって探検に出ない限り——
アンテロもエイヴィアもあまり接近できるようなところではない、ということ?」
*正解です*
「まさにアネクメーネ、というところだな」
–ペロッ
セレステは、実に興味深いと言いたそうな顔をして、舌で唇を舐めた。
誰かに見られたら、悪い顔になっていると言われそうな顔だったけど、幸いここには彼
以外、誰もいない。
「面白くなってきたじゃないか——
よし、低速・低空飛行を維持しながらあの跡を追跡する。
ヤルデマラセナ、高度コントロールと痕跡のトレース、頼むぞ」
*イエス、マイロード*
何か、マイロードの雰囲気が、普段とは全く違う気がする。
でも、ヤルデマラセナはセレステの指示した通りに動いた。
等速飛行を維持しながら、その痕跡を追尾していた。
「おっと、映像記録を忘れていた」
*念の為、足跡を見つけた時から記録していました*
「おお、気が利くな。
…なあ、ヤルデマラセナ。
君は…あ、いや。君の未来の記憶には、すでにあれが何か判明されているんだろう。
だったら、あれらと出会う前に、勝手に推測してみよう」
*…はい*
「本当に、金属生命体ならな…
あれらって、結構ゆっくりと歩いているように見えるな。
車輪?の持ち主だって、結構低速で運行しているのか…
いや、あれも車両ではなく、例の金属生物体と仮定しよう。
何か大きな家畜?ペット?のようなのと、散歩でもしていた…?
このような何もないところに、資源の採取に来たわけではなさそうだし。
——ほら、見つけたようだよ」
ハーヤ・ナクマのセンサーでフォーカスを合わせたところ。
続いていた移動の痕跡が、途絶えていた。
痕跡が吹き飛ばないように、注意深くハーヤ・ナクマの機体を移動させた。
地面に機体を着陸させたセレステは、持ってきたバッグから例のミラーヘルメットを取り出した。
*マイロード?
ここは?*
「痕跡が途絶えたという事はね…
ここが目的地か、でなければここで隠れたということだよ。
地下に潜った?保護色?偽装?
音波センサーがあればいいけど……
代用できるのは、あるな」
そういったセレステは、集音センサーの感度を上げた。
ハーヤ・ナクマの機体を屈ませ、その手で地面を軽く叩いて回った末。
–カラン
何か、下が空洞になっていそうな、反響音が収集できた。
「ビンゴ」




