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旅立ち

「ということで、ちょっと旅に出まーす」


「いや父上、別に一々報告しなくても…

 …って、どこに?」


御前試演会を成功させ、ゴム探しは大臣たちに任せた後。

大臣たちからの勧誘の攻勢をどうにかかわしながら、それなりにのんびりと過ごしていたある日——


セレステはいきなり、旅に出ると言い出した。


「ケイレスを経由して、さらに北へな」


「ケイレスの北って…

 ドワーベンですか?」


何のために北へ行こうとするのか、ラシオンも気づいているようだった。


「世界を見てみたい……と言っても、信じてくれないだろう?

 なに、金属生命体と聞いて、どんな奴らなのか気になってな。

 ノルガーも気にしているようだし」


「ノルガ―がですか…

 そういえばあいつ、幼い頃にそんな話、好きでしたね」


「お前はどうだった?」


セレステにそう聞かれ、ラシオンは薄く苦笑した。


「王家の跡継ぎ——第一王子というのはですね…

 あまり自由のない身ですよ。幼い頃から」


王家の跡継ぎとは、いったいどのような幼少期を過ごしていたのだろう。

絵に描いたような一般市民育ちであるセレステとしては、想像もつかない気がした。


「大変だったんだな…

 ほら!」


「……?なんです?」


いきなり両手を広げて見せるセレステに、ラシオンは怪訝そうな顔をした。


「私になら、いっぱい甘えていいぞ?

 先王には先王なりの事情があって、そうはいかなかっただろうけど。

 さあ、ほらほら」

 

「いや、そんなのはいいですよ、もう。

 父上のおっしゃる通り、先王陛下だって…」


大丈夫だと言いながらも、今生の生まれの親である先王が恋しくなったのか。

少し寂しげな顔になるラシオンを、セレステは見逃さなかった。


「うん、大丈夫なのはわかっているんだ。

 お前なんだもの。

 でもね……

 たまには、甘えるのもいいんだよ?

 国王って、色々と大変なんだろう。

 イーシャはあの性格だから、甘えさせてくれなそうだし」


イーシャの話が出ると、ラシオンはどっと笑いだした。


「あはは、確かにあいつは……

 でも、本当にいいんですよ。

 お気持ちだけ、ありがたくいただいておきましょう」


「ふーん。

 後で泣いてすがってきてもしらんぞ?

 じゃ、行ってくるわ」


と、部屋から出ようとするセレステに、ラシオンが声をかけた。


「行くと言ってもですね…

 父上にはゲートがあるから、所詮日帰りの繰り返しでしょう?

 野営なんてするような方じゃあるまいし」


「当たり前だろう?

 この年になるとね……

 クッションのないところで寝たら、次の朝に全身の関節が悲鳴を上げるんだよ?」


ケラケラ笑いながら扉を開いたら、そこにはイーシャが静かに立っていた。


「うわっ」


「あら、酷いじゃありません?お父様。

 私の顔を見て驚かれるなんて」


「いや、扉を開いたらそこに誰か立っているとなるとね?

 誰でも驚くんだよな。お前じゃなくても」


ニコニコ笑っているけど、セレステは直感でわかっている。

女って生き物は、こんな時最高にやばい。


「じゃ、私はこれで——」


「はい、お父様。

 良いお旅を。

 ……それに、私だっていっぱい甘えさせて差し上げておりますわよ?

 プライベートで」


…王夫妻の仲睦まじきは良きことなり。

後ろからラシオンの音なき壮絶な悲鳴が聞こえた気がした。

だが、セレステは知らんぶりをして、ずかずかとレーテスが待機している王宮駐車場へ向かう。


              ***


「じゃ、夕飯時までには戻ってきますからね」


「隣国に向かわれながら、ご近所へ散歩にでも出るような言い方ができるのは……

 世界広しと言えど、閣下以外いないと思いますわ」


「……同感です」


白亜館の庭。

待機させておいたハーヤ・ナクマの前で出発の挨拶をするセレステに、さすがのビアラ夫人とラインバルトも、呆れた気持ちを隠せずにいた。


「いやまあ、私には旅行の信条がありますよ。

 毎日洗濯されたシーツに交換されるベッド!

 飲んでも腹を壊さない飲み水!

 水洗式トイレ!

 ——これらが完備されていない場所には、旅しない!ってね」


「……ずいぶん贅沢な条件だと思いますが」


事実である。

だから、『地球人の天城』だって、いわゆる先進国と呼ばれる場所にしか旅していなかった。

トゥシタにおいてでも、貴族ならベッドのシーツはメイドに洗濯させれば済む話だ。

王都の上下水道には、セレステの提案で地球式の浄化システムを導入が進められており、水洗式トイレも、技術者たちを支援して地球式のものを開発させた後——


『私の領地には生産施設を建てる土地の余裕がないので…』


という名目で他の貴族へ生産と販売の権利を譲渡していた。

——もちろん恒例の特許料の2割は抜かりなく取っている。

そしてそれは、特許料の残り8割は、きちんと開発に携わった技術者たちに届いているということだ。


その結果、水洗式トイレは貴族邸宅を中心に徐々に普及し始めていた。


——だが

庶民街や、地方となると、まだまだ別の話である。

まして、旅先になるとなおさらだった。


「そして、私が定時に戻って来れないようなことがあったら……

 それこそ、大事件が起きたってことでしょう?」


「わかりました。

 夕飯は、何にしましょうか?」


ビアラ夫人も、穏やな表情を変えずにそう応対した。


「ガルカンくんに任せますよ。

 彼の料理、けっこう気に入っているから」


ガルカンが聞いたら感激で泣き崩れるようなセリフを残して、セレステはハーヤ・ナクマに乗り込んだ。


「じゃあ、行って来まーす!」


「食事が冷めないように、時間は守ってください!」


本当に、散歩にでも出る気分でケイレスとの国境へと飛び上がった。




その30分後。


「あのな……

 いくら高空で、スピードを上げまくって飛んだとはいえ……

 王都から国境まで30分は、ないんじゃない?」


*ハイになって加速ペダルをいっぱい踏み込んだのはマイロードですけど?

 それに、フェリデリア国内で時間を費やす必要もないでしょう。

 ケイレスも、南部から王都までのルートは大体確認済ですし*


ヤルデマラセナのツッコミに、セレステはふと、しょうがないことを思い浮かべた。


「いま、時速でどれぐらいだ?」


*軽く、時速800㎞——マッハ0.7ぐらいになります。

 普通の旅客機の速度しか出していません*


「えっ、そう?

 でも、このサイズだからGとかは?

 全然何も感じていなかったが」


*ほぼ直線飛行でしたから、ほとんど発生しませんよ。

 急旋回時に発生する微弱なGも、慣性制御で相殺していますし*


「へえ…」


*そんなことより、国境関所です。

 減速しますから、高度を下げてください*


              ***


「ようこそいらっしゃいました!

 『女王の友』様!」


テンゲルでの威力航行の時通過した、国境関門。

あの時セレステに会っていた警備隊長は、今日またいきなり飛んできたセレステに大慌てながらも、彼の『女王の友』という称号の前では、丁寧に迎え入れるしかなかった。


「うむ、使節団以来だな。

 息災であったか?」


「はっ!お覚え頂き、恐悦です!」


他国の大貴族にして、女王の友ともあろうVIPが、自分のような下の者の顔まで覚えていてくれてたことに感激しながらも、警備隊長は慌てて部下へ命令を飛ばした。


「おい!何をぐずぐずしている!

 直ちにマルク・ダンテヒ様へ伝令を——」


「あ、いやいやいや!

 それはよしてくれ。

 今日は公務で来たわけではないからな。

 ただの入国者としての手順を踏んでくれればいい。

 こんなことで、お忙しい領主殿を呼びつけるのは失礼だよ」


……胸に第二等大勲章の略章を付けたままそんなことを仰られても、と思った警備隊長だったが——

それは同時に、


『犯罪を犯さない限り、余計な口出しはするな』


という無言の圧迫でもあった。


もちろん、セレステとしてはパスポートの代わり、という軽い気持ちで付けているだけであった。

もっとも、その『パスポート』にも級というのが存在するということついては、敢えて気にしないようにしていたが。


「承知いたしました!

 …それを付けていらっしゃれば、関所を含め、大抵の場所はフリーパスで出入りできると存じます。

 では、領主様にはなんと…」


「うむ、そうだな。

 オオテル・セレステ個人の資格にて、旅行中でつき関所を通過した。

 こちらの都合で、マルク・ダンテヒ殿にお会いできぬまま通過してしまったことを、誠に残念に思う——

 とでも伝えてくれ」


それを聞いた警備隊長が、小さな声で尋ねてきた。


「なにか、隠密行でしょうか」


「うん?いやいや、そんなことはないぞ。

 本当にただの旅行だ。

 ……とはいえ、両位女王陛下と宰相殿には、報告が入るだろうな?」


「それだけはご了承をお願いします」


「いや、了承もなにも、君たちにとっては当たり前なことだ。

 私が口出しすることではない」


「ありがとうございます!

 ……で、ですが、領主様が既にこちらに向かわれているかと存じますので…

 誠に僭越ながら、せめてお顔見だけでもお願いできませんでしょうか」


考えてみれば、マルク・ダンテヒは国境警備司令官でもある。

国境にデュエマが現れたというのに、報告が入っていないはずがなかった。

このまま自分の都合だけを押し通せば、彼の立場を困らせることになる。


「ああ……それもそうか。

 では、少しだけ世話にならせてもらおう」


「は!ありがたき幸せ!

 では、関所にご案内させいただきます!」


その後、慌てて関所に駆けつけて来たマルク・ダンテヒに会い、少し談笑をし、お茶を出された時には何気に、国境越しの白亜館に茶菓子を取りに行って来た。


「差し入れを、と思ってな……

 ぬ?お二人、なんでそんな顔を?」


それは、目の前にいたヒトが、瞬く間に80万アシェを『生身で』往復したとなれば、驚かない方がおかしい。


「お忙しいところ、失礼した。

 では、宰相殿には報告よろしく——と言っても……

 その報告が入るころには、もう北部国境に着いているのだろうかな?」


「いや、レギス・セレステ。

 ご旅行中というのは承知しておりますが……

 せめて王都にだけは、お立ち寄りいただけませんでしょうか」


報告が王都に届く前に、北部国境を通過してしまいそうだという話は、冗談には聞こえない。

その場合、


『そのまま行かせた』


と双子の女王に叱責されるのは、自分である。

マルク・ダンテヒとしては、どうにかしてでも、それだけは避けたかった。


しかし、セレステには、王都には寄りたくない理由があった。

なぜか苦手なオディーリネ副王が


『付いて行く』


と言い出しかねないことだ。

危険だから——と言って振り払おうとしても


『デュエマに守られていて、なにが危険なの?』


などと言われれば、拒む言葉も詰まってしまう。

とにかく、面倒だった。


「……マルク・ダンテヒ」


「はい」


「貴殿には貴殿の都合というものがある。

 だが、私にも、私の都合ってものがあるのだ。

 ——『強行突破された』とでも報告しておけ。

 心配するな。

 用事が終わった帰り道には、ちゃんと王都へ寄るから」


とにかく、ケイレスの北部国境を越えた先――

すなわち、ケイレスの領内ではない北方のどこかへ一度着陸し、地点を覚えてしまえば、次からはケイレスを経由せず直行できる。


『今回だけの辛抱だ』


セレステはそう自分に言い聞かせていた。

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