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御前試演会

「本日、ご来場いただいた国王陛下、王妃殿下と、宰相殿を始めとする政府の各位に、感謝の念を込めてー」


自動車開発研究所。

フェリデリア——いや、トゥシタ世界において初めて生み出された、自動車の御前試演会の日。


御前試演とはいえ、王宮に自動車を持っていくのではない。

王が研究所に御幸する形になっていたが、研究員たちへの労いも兼ねるなら、その方が都合が良かったのだ。


もちろんこの日が来るまで多数のプロトタイプを制作し、失敗していたわけだが、商用化を視野に入れられる段階にまで漕ぎ着けたので、今か今かと期待していた王に見せてもいいと判断したのだ。


研究所敷地内の、テスト走行を行うための広い更地の一角に貴賓用の天幕が設置され、その前に幌をかけた試演用自動車が置いてあった。


「さあ、皆さま、お待たせしました。

 こちらが、本日公開いたします——フェリデリア国産自動車の、第一号車となります。

 陛下、除幕をお願いできますでしょうか?」


少し芝居かかった気もするが、これは国王自ら臨む、国家イベントなのだ。

それに見合う格式は、備えておいて損はない。


「わかった。

 これか?」


フェリデリアのしきたりではなく、地球の新車公開イベントなどを参考にしているので、何をするかは事前に国王に説明を済ませている。


「はい。お手元のひもを、お引きください」


もちろん、そのひも一本でカバーが外されるわけではない。

ひもは電動機のスイッチとなっており、起動した電動機がカバーを取り払う仕組みになっている。

とにかく、『国王に除幕の栄誉を捧げる』という形式そのものが重要なのだ。


『面倒臭い気がしなくもないけどね―

 あいつ、やらせてあげないと拗ねるんだよな』


…国王に栄誉を、という意味合いもあるが。

何より、ラシオン本人がこの日を楽しみにしていたので、こんな見てくれだけの催しまで準備する羽目になったのだ。


「うむ、わかった」


国王が手元のひもを引くと、カチッ、と音が鳴り、グーンと低い音がしながら、カバーの中から自動車が現れ始めた。


「おお、あれが」


カバーが完全に外され、その中から現れたのは——

サス車からサスとの連結部が取り払ったようなフォルム。

その代わり、車体前面の両側には発光ダイオード式の前照灯が備え付けられている。

御者席にはハンドルやギア、ペダルなどが設置されていた。

御者席——いや、もはや運転席と呼ぶべき座席の前には、プラスチック——これもまた、ザイデが生産したフェリデリア産合成樹脂製の、防風フロントガラスが付けられている。


それはまるで、十九世紀地球の初期自動車そのものの姿をしていた。


「さあ、皆さま。

 これが、フェリデリア初の国産自動車——

 『セレス一式』になります!」


研究所の開発者たちの間では、『大セレステ号』と名付けようとの案も出ていた。

……さすがのセレステも、それは恥ずかしいと思ったので、結局あの名前に落ち着いたわけだが。


「では、試運転と行きましょうか。

 僭越ながら研究所オーナーの私が、試演させていただきましょう」


セレステがそういいながら、運転席に座った。

さすがに地球産自動車とは勝手が違うが、この日のために練習はしている。


でも、慎重に。

ブレーキをしっかり踏んで、ゆっくりと始動ボタンを押す。

電源が入り、モーターの起動表示ランプが灯る。

ゆっくりと、アクセルを踏み込む。

徐々に——自動車が進み始めた。


貴賓も、開発陣もいる。

なのに、誰一人口を開けない。

いや、開けられない。


その静寂の中を、微かなモーター音だけが響いていた。


スピードはすぐに時速二万アシェ(20㎞)に達する。

そのまま、試演場をゆっくり周回した。


一周。

二周。

三周。


徐々に速度を上げ、最後の三周目には時速五万アシェ(50㎞)へ到達。

その後、ゆっくりと減速し、元いた位置へと停車する。


始動を切って、自動車から降りた。


溜息一つ。

自分らしくなく緊張していたな——と、セレステが気づいた瞬間。


試演場で歓声が沸き上がった。

貴賓席からも、拍手が。


その時、ラシオン王がすくっと、立ち上がった。

歓声がやむ。

先ほどまでの歓声が、まるで嘘だったかのように、静まり返った。


「うむ、大儀である!

 …正直、王父卿の用意する地球産の自動車に比べれば、まだまだと思わざるを得ないところはある。

 それは否めない事実だ。

 だが、これは君たち研究者の手によって——君たち自身の力で作り上げた成果だ。

 褒め称えるに値する。

 いや、国王として言わせてもらおう。

 余は、君たちに感謝する!

 これからの発展に、期待しようぞ!」


静まり返っていた試演場に、再び歓声が沸きあがる。

感極まった顔で王の労いの言葉を聞いていた開発者たちの中には、若干名——泣いている者もいた。


その後、バイクと自転車も公開された。

バイクの方は乗り方の特性上、安全性が欠ける。

だが、その分機動性が段違いであり、軍務大臣のダーハラトが特に興味を示していた。

確かに、訓練を積まなければ扱えない騎獣と違い、多少の練習さえすれば誰でも乗れて、維持費用も抑えられる。

おそらく、軍での運用をすでに視野に入れているんだろう。


…なお、宰相が自転車に乗って盛大に転びかけ、ちょっとした騒動を起こしたことは——また別の話にしよう。


「いやあ、大したものですね。

 これが広く普及する暁には、道路の風景が一変するでしょう」


「…サスの落とし物の始末で悩まずに済みますし」


財務大臣と内務大臣がそんな話をしている傍で、セレステは苦笑いをしていた。

確かに、地球のヨーロッパでも、馬車が走っていた時代には馬糞のせいで大変だったとか。



そのまま労いのパーティー会場になった試演場で、セレステが気になることを言った。


「第一号車の試演が無事終わったのは実に嬉しいことですが…

 本格的な商用化の前に、また一つ乗り越えなければならない難題がありますね」


「む?なんだ?

 これで商用化の準備が終わったのではなかったのか?」


怪訝そうな顔をするラシオン王に、セレステが答える。


「いや、それがですね。

 自動車そのものは、ほぼ遜色のない完成度です。

 ただ、一つ足りないのが…

 タイヤの国産化というか、トゥシタ産材料での生産が、まだです。

 今日試演した自動車と、バイクと、自転車には全部、地球産タイヤを使っていました」


「例の、合成樹脂なるものでは代用できんのか?」


宰相の問いに、セレステが首を横に振った。


「それが…いい着眼点ではあるんですがね。

 あれと、タイヤの材料となるゴムとは、似ているようでまったく性質が違います。

 サス車の車輪が、使えないわけでもないんですけど…

 あれでは、乗り心地が……」


「…それはいかぬな…」


ロー〇スロイスの乗り心地に、慣れてしまった宰相だ。

タイヤではなく、木製や鉄製の車輪を付けた自動車など——もはや想像したくもないようだった。


「なに、ザイデが合成樹脂を生産するような世界でしょう。

 ゴムも、どこかにあるか、あるいは作り出せると思いますよ。

 ちょっと遠くまで探しに——」


と、ゴム探しの旅に出る気配を見せていたところだった。


「いや、王父卿。

 卿一人で全てを背負おうとするでない。

 そうだな?内務大臣、外務大臣」


「もちろんでございます、陛下」


「どのような物を探すべきか教えてくだされば、必ずや見つけてさしあげましょう」


「頼もしい。

 ほれ、聞いたな?

 大臣たちに、『国のための仲間になる』と言ったのは卿だろう。

 仲間に頼ることは、なにも恥ずかしいことではない。

 『力を貸してくれ』と、もう少し気軽に言ってもいいぞ?」


「…はい」


「む、なんだ、言いたいことはそれだけかい?」


なんか、ラシオン王の言い方が悪戯っぽくなっていた。


「…ありがたき幸せにございます、陛下」


「いやいや、それじゃない」


ニヤニヤ笑いながら言うラシオン。


「…ありがとう。心からな。

 これで満足したか、くそ息子め!」


「そうそう、それそれ!

 格式ばったお礼なんか、口先だけな気がしますよ、父上」


「そういうお前こそ、『父上』はないんじゃない?」


「じゃ、何にします?

 お父様?お父さん?親父?ファザー?パパ?ダディ?

 …うむ、ダディは我ながら気色悪い」


「…いいよもう、キャラ被るのもあるし。

 じゃ、『国王陛下』のありがたいお言葉に甘えさせて、お任せしますよ、お二人?

 資料とかサンプルとか、後でお渡しするから」


「はい。これはもう、王父卿お一人の問題ではありませんからね。

 国家的な重大事です。一役買えるなら、喜んで」


内務大臣、レイハネンがそう答えていると、横から二人が割って入った。


「内務大臣、なにお一人で恰好付けていますか。

 国内より、国外で探す方が早いかもしれません。

 だから王父卿、楽しみしていてくださいよ!」


「あら、うちの商工も混ぜてもらえます?

 それらしい交易品はなかったのか、探し倒します!」


後の二人はなんか、セレステ争奪戦(?)の延長戦のような気がしなくもないが、とにかく手伝おうと買って出てくれるなら、拒む理由はない。


「お三方、ご協力感謝いたします。

 では皆様のご厚意に甘えさせていただきますよ?」


なにか、協力…というか、ぶっちゃけ点数を稼ぐ機会がないことを悔しがっているヒトが約一名ぐらい、セレステの後ろにいるような気もするが、皆見ないふりをしていた。


その静かな争奪戦とは関係ないが、セレステに近寄る一人がいた。


「おい、オーテル」


「はい、何でしょうマルク・メンゲン」


先からバイクから目が離せないでいた、ダーハラトだ。


「…お前な、わざとそう言っているんだろう?」


「何だよ、いつも場を弁えろといっていたのは君の方じゃん」


「…まあ、いい。

 あんなのがあると、なんで教えてくれなかった?」


…尻尾が左右に揺れている。


「サプライズだよ。

 なんでもかんでも先に公開しちゃ、本番が面白くないから。

 でも君のその尻尾…

 あれが気になってならないようだな?」


ダーハラトはハッ、と驚いて自分の尻尾を見たが、どうやらそれは脳の支配から逸しているようで、さらにパタパタと、激しく揺れまくっていた。


「こ、これはな!」


「いいよ。

 確かに、バイクは漢のロマンともいうから。

 試乗…と言いたいところだが、あれはまだ試作品で小型だから、君にはちょっと、似合わないかも。

 後でとびっきりかっこいいやつをプレゼントするから、待ってろよ」


「い、いや、そんな話では!

 ……買わせていただきます」


「ぷふっ」


何か気まずい思いでもしたのか、両耳も垂れてしょぼんとした顔でそういうダーハラトを見て、セレステは思わず吹いてしまった。


『全く、かわいくないやつ。

 素直に喜べばいいのに…

 ………いや、ちょっと、かわいいかも?』




後日、ハ〇―の大型バイクに乗って、セレステがサービスでつけてやった革のライダージャケットを羽織って爆音を轟かせながら王都を走る軍務大臣の姿が、王都の漢たちの憧れの的になったとかならなかったとか。


——もちろん、EVバイクではあるが『爆音』と『エンジンの振動』だけは絶対欠かせないと思ったセレステが、切り替えできるオプションとしてつけてやったので、ダーハラトが大いに喜んでいたということは別の話。


「だからと言って、王城への参内もそれで、ってのはどうかと思うが…」

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