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最恵国待遇

「その後は、ビカリ・コノイとプラエ・ルイナに任せました。

 あちらも実務者が出てきて、実務レベルの商談になったわけで、詳細をもう少し調整する必要はありますけど、大体のことは決めました。

 全く、いきなり呼び出されたと思ったら貿易の話になるなどー」


プンプン愚痴を言うセレステに、外務長官ナデントがニヤリと笑いながら言った。


「おや、でもその二つ、最初から貿易商品にする気満々だったと覚えていましたけど?」


「それはそうですけどねー

 こちらのコントロールできないタイミングだったのが、ちょっと癪だというか」


「何をおっしゃる。

 いつでもどこでもご自分のペースにしてしまうその才能は、うちの外交官たちにも習ってほしいぐらいですよ?

 いや、いっそうのこと、我ら外務省に正式に加わられるのは如何ですかな?」


「……ご冗談を」


藪から棒に何をいうのかな、という顔でナデントを見たが、彼の目はいつになく真面目だった。


「いや、本気で言っています。

 そのいつでもマイペースを崩さない度胸に、ダルカルヌピカ殿による、どんな言葉でも難なく通じる才能!

 外交官なら誰もが欲する、いや、備え持つべき能力です!

 どうですか、国際貿易庁の長の座を用意しましょう!」


「は?え?

 いや、結構です!それでなくても忙しい……」


いきなり出てきた話に、慌てて遠慮しようとしているところだった。


 - パーン


「ちょっと待ったーー!!!

 それは聞き捨てならないな!

 レギス・セレステは我が財務のヒトだ!」


「はあああ!?」


そう雄叫びを上げながら部屋の扉を勢いよく開けたゲリエ財務長官の背中を、後ろから押し出しながらイトーナ商工大臣が入ってきた。


「お二人、何をおっしゃるのでしょう?

 セレステ閣下はうち、商工のお方ですよ?」


イトーナに突き出され、小躍りしながら均衡を保ったゲリエが、イトーナに向かってイラッとしながら言った。


「無礼でしょう、商工大臣!

 いきなり突き出すなんて危険なことを!」


「あら、いました?

 外務大臣が世迷いことをおっしゃっていたので、ちょっと急いでいましたの。おほほほ」


「「何いぃぃ!?」」


と、大臣三人が睨み合っていたところだった。


「いやああ、私のために喧嘩しないでぇぇぇ!」


いきなり、セレステの裏返った悲鳴が聞こえてきて三人はポカンとした顔になってそちらを向いた。


「……いや、これ一度言ってみたかったセリフだったので、つい。

 あはははは」


獲物(?)であるセレステが一足先に惚けてしまうと、三人とて、それ以上彼のことを巡って争ってばかりではいられなくなるものだ。

……互いに睨み合って、牽制することだけは諦めていないけど。


「それに、既にデュエマ師団長として、副将の階級も持っていますよ?

 それ以上公職なんか………」


「「「あ!」」」


3大臣の脳裏に同時に浮かぶのは、あのむっつりな軍務大臣の不適な笑み。

もちろんダーハラトなら絶対しない表情なんだが、セレステ争奪戦に先手を取られたと感じる三人にはそんなイメージが鮮烈に浮かんだのだ。


『『『先手を取られた!』』』




–ブルッ


「……軍務大臣?」


「な、なんでもありません。

 いきなり寒気がして……」


何の罪もない(?)ダーハラトは、三人の大臣の恨みを遠隔で感じたのか、ラシオンとの会議中にいきなり身震いをしていた。




「だからと言って、諦めませんよ!

 外務省は、いつでも歓迎します!」


「いや!我が財務省はずっと前から招き入れようとしていた!

 ぜひ財務に!」


「数々の産業と特産物を起こしたその手腕!

 うちの商工だって!」


大臣三人の争いを目の前にして、セレステはさっきの『いやああ、以下略』をもう一回やってみようかと思ったが、同じネタを連発するのはあまりよくないと思ったセレステは、とりあえず話題を変えてみることにした。


「あの、私の所属を増やす話はやめといて……

 バリアーダとの商談の話、聞いてみません?」


「「「あ」」」


そういえば、バリアーダで何をどうして来たのかは、まだ聞いていなかった。


「そ、そうですね。

 さあ、どんな見事な手腕をお見せになったか、ぜひ聞かせてほしい」


ゲリエ財務長官が媚でも売るかのようにそういうと、残りの二人は彼のことをジト目で睨みつけながらも、うん、うんと同意を示した。



「まあ、手腕ということでもありませんよ。

 補助剤は忌み時期……まあ、ここでは脱皮と言っても大丈夫でしょう。

 ヤープライ・ナンタリアデが脱皮中だから使節団お迎えに出られなかったと聞いて、いい宣伝になってくれればと思って、贈っておいたんですが……

 みなさんもご存知のように、偶然にもプライ・マハの事件のあったわけで……」


プライ・マハが、セレステの助けを得て最初の脱皮を無事行い、彼のことを慕い『お父さん』と呼んでいるということは、すでに報告済みであったから、三人も首を縦に振りながら知っていると示す。


「使節団の訪問日程が終わるまで、ナンタリアデさんの報告が遅いと思ったらですねーー

 あの人、こちらから願ってもいなかった事例研究までして来て、プライ・マハに直接報告していたんです。

 それが、アンテロやエイヴィアにはない習慣だからそうピンと来ないでしょうけどね。

 彼らラプティにとっては、とても大変な……

 しきたり?習慣?で、場合によっては命に関わる問題にもなるそうでした。

 私は地球の爬虫類生物が似たような生態を持っているので、もしやと思って贈ってみたわけですが……

 本日の報告によりますと、これが想像以上の大当たりだったようです」


「大当たり?」


「はい、商工大臣。

 なんと、脱皮を助けるだけではなく、火傷跡のような古い傷も癒してくれるって」


「ええ?」


驚く商工大臣の側で、外務大臣が興味深そうな顔で言い出した。


「ほほう、それはそれは。

 私の知っている限り、彼らラプティにとって、綺麗なウロコは本当に大事な問題と聞いていますけど……

 やけどを綺麗な新品のウロコに変えてくれるとなると、彼らにとっては喉から手が出るほど、欲しい商品でしょうね」


「ええ、それだけではなく、ウロコを綺麗に、輝いてみえるようにしてくれるというから……」


「いうから?」


「ほぼ、必須医薬品に指定するべき、という話にまでなっていましたよ」


「それはそうでしょうね。

 もし、我らリオネスにとって、命のように大事な立髪が抜けて……

 それを回復してくれる薬品があるというなら、なんとしてでも手に入れようとするから」


ゲリエ財務長官が、セレステから手に入れた抜け毛防止シャンプーを使い始めてから前より豊かに、サラサラになった立髪を自慢げに撫で下ろしながらそう言った。


「で、あちらとしても十分な量を定期的に確保したい、という話になってー

 無関税で輸入することになりました」


「無関税!」


……税金の話になると、財務長官の目が獲物を狙う猛獣の目になった。


「……まあ、その分こちらの取り分が増えるからその反応でしょうけど……

 あちらとしても、少しでも国民の負担を減らしてやりたいところだから、少しは工夫してあげることにしました。

 何より、こちらの生産費用はほぼゼロだから。

 ちなみに、あちらも専売制度で国家独占にするそうでしたよ」


「ふむ、そうでしょうね。

 利益を少し減らしても、恩を売っておく。

 いい判断です。

 やっぱりレギス・セレステの外交感覚は、ぜひ……」


「いや!財務にこそ!」


「だからその話は……

 次、サトウキビのことですけどね……

 最初、あちらの丞相に勧めた時には、キッパリ拒まれました。

 正体のわからない作物だからでしょうね」


「ええ、農産業の安定を考えると、妥当な判断でしょう。

 何より砂糖は、バリアーダの戦略商品ですから」


商工大臣が相槌を打つ。


「で、持って行った苗を回収するのも気まずいので、そのまま置いてきたら……

 それがプライ・マハの目についてしまったとか」


「ああ、セレステ閣下に心酔した……」


「いやまあそれはどうかわかりませんが。

 とにかく、面白そうと思われたのか、プライ・マハが成長促進の法術まで……」


「「「え」」」


三人の大臣は、呆れた気持ちを覚えた。

慕っていようが心酔していようが、セレステが置いて行ったというだけで、法術まで使う?

ちょっとやりすぎでは……と思えなくもなかったが、まあ、結果オーライのようだったからあえてツッコミは入れないようにした。


「で、成長したのを見て、あちらの丞相の考えが変わったみたいです。

 ざっと栽培面積だけで考えても、サトウキビの方が有利そうではあったけど……

 まあ、詳しい期待産出量まではわかりませんが、結構見込みがあったようです。

 それに、付加価値まで教えれば、ね。

 ほぼ二つ返事で苗の輸出が決まりました」


「付加価値ですか?」


そこが気になる商工大臣の質問に、セレステが答えた。


「はい。搾りかすは紙の原料になるとか、一度植えれば同じ株から5回まで収穫できて、そのあとは燃やして次の栽培の肥やしにできるなど」


「あら、それはすごいじゃない。

 そんな作物が、うちの国では気候のせいで栽培できないだなんて……

 惜しすぎます!」


『まあ、国を営む人としては当たり前な感覚だろうけどね〜

 その純粋な感覚が、帝国主義の種になるんだよ。

 フェリデリアは、そうはならないでほしいな』


セレステは頭ではそんなことを心配していても、顔にはそれを出さずイトーナに同意してみせながら、穏やかに微笑んで言い続けた。


「まあ、一つの国が全ての産業を営むなど――

 できたら、それ以上いいことはないでしょうけど、現実問題として、無理でしょうね。

 だから、貿易というのがあるわけですし。

 とにかく、苗を売ることになりました。

 でも皆さんもご存知でしょうけど、作物って、一度苗や種を売ると、その後はあちらの農家で繁殖するから、初期の輸出以後は、あまり売れないでしょう?」


「ええ、それが実に惜しいところですけど。

 ……何か、ありますね?

 繁殖できない苗とか?」


財務大臣が、その獲物を狙うような目をしたままで聞くと、セレステが呆れた顔で答えた。


「まさか!

 私はそこまで悪辣な人間ではありませんよ?

 財務大臣殿は、私をそんな目で見ていました?」


「あ、いや……」


何か、点数を削がれたかと思い、慌てる財務大臣を見ながら、セレステが言い続けた。


「いや、そんなことをしたら国家間の信頼関係にも響きますからね。

 一つだけ、条件をつけました」


「条件?」


「あの薬剤は、この世界になかった、彼らにとってはまさに霊薬のような薬剤を提供する訳ですし…

 サトウキビだって、バリアーダの戦略産業である、砂糖の生産量を増やしてくれる、まさに切り札。

 ここまであそこの都合に合わせてあげたら……

 こちらだって、少しアドバンテージを要求しても、罰は当たらないんでしょう?」


「もちろんです!」


「貿易どころか、一方的に恩を売っているようだ!」


商工と財務がそう、あり得ない条件だと言っている側で、外務大臣がニタと笑いながら聞いた。


「何か、手を打ちましたね?」


「はい。

 こちらから輸出するサトウキビの苗での、砂糖の生産が始まる年から…

 フェリデリアに50年間、砂糖貿易限定の最恵国待遇を、と。

 プライ・マハの覚え書きをもらってきました」


一瞬、部屋内には静寂が流れた。


「「「えええええええええええええええ!!!!!!」」」


くどいようだが、前近代世界での砂糖は、ほぼ戦略物資級の破壊力を持つ交易品である。

それを、セレステ一人の力で、バリアーダには増産、フェリデリアには50年間の最恵国待遇という、まさに両国共に大騒ぎになるような交渉を、軽く成功させてきたのだ。

三大臣としては、正気を保っているのがやっとのこと。


「やっぱりあなたは外務の人材だ!!!!」


「いやいや!財務長官の座でも譲ってあげられますよ!」


「商工の天才よ!」

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