Supplement. Sugar. Logic.
「では、ヤープライ・ナンタリアデ、何があったかをもう一度申してみよ」
プライ・マハの許し…というか、指示を得たナンタリアデが語り始めた。
「ありがたき幸せ。
皆さまもご存知の通り、このナンタリアデ、東北のコウラマン州の太守を務めております」
『あれ、領主じゃなかったのか?』
地球の太守は普通循環職なんだが、どうやらここでも同じような職だったみたいだ。
「先日、こちらにおわす…
フェリデリアのレギス・バシ・オオテル・セレステ卿が使節団の団長として国境を越えられる時に。
本来ならば私がお迎えするべきでした。
それを…恥ずかしい限りですが、生憎忌み時期と重なってしまい……
仕方なく副官に代行させていただく無礼を働いてしまいました次第です」
朝臣たちが少しざわついたが、『無礼を働いた』というのはあくまでも儀礼的な表現で、特に問題はなかったからただ、『そんなことがあったか』ぐらいで済むようだった。
「しかしその日、私が直接迎えたわけではありませんが…
ルアファンが再び、その不思議な力でお一人で戻られ、副官にある物をお渡しになったと伝え聞きました」
『うん、渡したね。
脱皮補助剤とスポーツドリンクを、ちょっと多めに。
でも、遅いよ!使節団がいる時に報告してくれたら、面倒なことにはなってなかったことを!』
セレステがそんなことを考えていると、丞相がナンタリアデに聞いた。
「して、その物とは?」
「はい。噴霧式の薬剤が入った特殊な容器と、これまた特殊な容器に入っている飲み物でした。
伝え聞いたところ、薬剤は古きコロモを取りやすくし、新たなコロモに艶を与えてくれるもので…
飲み物は、忌み時期の間、水より体に染みやすいもので、脱水で疲れることを防いでくれるそうでした」
『あ、ウロコのこと、コロモというんだな?
言い回しか、宮廷の習わしかもな』
呑気にそう推理しているセレステとは裏腹に、朝臣たちは動揺の気色を見せていた。
「コロモを取りやすくする…?」
「水より染みやすい飲み物ですと?」
‐ パチッ
少し騒がしくなっていたところ、丞相が手にしていた、少し厚い木板でできた檜扇みたいな物を鳴らし、静かにさせた。
「皆の衆、静かに。
ヤープライ・ナンタリアデ、続けよ」
「ありがとうございます。
ちょうどあの時、なかなかにコロモが取れず、苦労しているところでした。
そこにあの物が届きましたので、切迫した気持ちで試したところ…」
「試したところ?」
ナンタリアデは、無言で長い袖を肘まで捲り上げ、隠されていた腕を上げて、その腕のウロコを皆の前で、まるで自慢するかのように堂々と見せた。
「おお、あの色は…」
「まるで、宝石のように輝いているではないか」
「なんと見事な艶よ…」
朝臣たちの反応から、あれが自慢したいほど美しいウロコということは、はっきり理解できた。
しかし、なんで今になって?
「それがルアファン殿から受けた恩というのか。
さすがに、そのように綺麗なコロモなら、恩を感じるのも無理もない。
だが、どうして今になって上奏しに来たのだ?
使節団が首都にいる時に来て、直接感謝の儀を伝えるべきではなかったか?」
『よ、丞相殿、よく言った!』
まさに自分の言いたかったことを代弁してくれるような丞相の発言にセレステが心の中で賛辞を贈っていたら、ナンタリアデが話し続けた。
「はい。おっしゃる通り、ルアファンが首都を離れられる前に挨拶に来るべきでしたが…
僭越ながら、これは私一人だけの事例で上奏するべきではないと、考えた所存です」
「ほう?」
「偶然、私だけに効くような薬剤で、他のヒトには効かなかったり、むしろ副作用を起こす恐れを考えるべきだったので…」
『おお?』
臨床実験を行ってから報告するつもりだったから、遅くなっていたのか。
遅いとあれこれ言っていたセレステだったが、もしそれだったら話が違う。
慎重で、賢明な判断ができる、有能な人物ということだ。
「忌み時期を終えた後、太守館の近くで忌み時期を迎えた者たちを集め、薬剤が効くかを確認してみました。
念のため老若男女それぞれを」
『実験群設定まで!実にいいな』
とセレステが感心しているそばで、ナンタリアデの説明が続く。
「その結果、ラプティなら種族問わずよく効く上に、子供なら…」
「子供なら?」
「やけどで焦げ付いて、忌み時期を超えても再生できずにいた部位が…
綺麗に、元通りになっていました」
「なんと!」
朝臣たちがその効果に驚くのは当たり前だが…
提供した張本人のセレステさえ、心の中で驚いていた。
『え?何それ怖い!
いや、確かに小型爬虫類や節足動物なら脱皮の過程で欠損部位が再生できちゃうこともあると聞いたけど…
そんな効果を望むには、あなたたち、高等生物すぎない!?』
「それだけにあらず」
いきなり、プライ・マハが言い出した。
「朕とて、千年を生きてきて初めて、忌み時期を迎えてそのまま聖母龍様のところに召されると、そう覚悟していたのだ」
『うそ!!!!』
「そこに、お父さん…ルアファンが舞い降り、風前の灯だった朕を、時間が緩く流れる不思議空間に誘い、そこで古きコロモを一つ一つ、優しく剥けて…」
『おいいいいいいい!!!
なんか色々と盛ってない?』
‐ バッ
いきなり両手で衣の襟を広げて、胸を露にした。
「見よ!朕のこの輝かしい、新しいコロモを!」
『おい』
さっきからツッコミ入れどころだらけの話になっていたが、その厚い胸板を覆うウロコは…
確かに、輝いていた。
ムカつくほどに。
『いや、胸板もいい、ウロコもいい、すごいよ!うん!
自慢したい気持ちはわかるけど!
それ、王が取ってもいい行動?
あれ見ろよ、恥ずかしくて頭もあげられなくなったじゃん!』
もしあれがラシオンだったら、即ツッコミを入れていただろうが、とにかくここは外国の宮廷だ。
セレステは、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
「マハ。はしたのうございます!」
幸い、常識人だった丞相がセレステに代わってツッコミを入れてくれた。
「む?そうか?
惜しいな。美しいのはもっと多く…」
「襟、締めてください」
歯を食いしばってうなるように言い出す丞相を見て、なんか彼となら気が合いそうだと勝手に思うセレステだったが、その本人はたぶん、貴賓じゃなかったら一発殴ってやりたいと思っているに違いない。
マハを生まれ変わらせてくれたのにはもちろん感謝しているけど、どうしてああも子供じみた性格にしてしまったのだ!と。
「それでですが、ルアファン殿」
「はい」
「お聞きの通り、あの薬剤は我らラプティにとっては霊薬と言っても誇張ではないものと思えますが」
「…そう…ですね?
提供した私としても、そこまで効き目がいいとは想像もしませんでしたけど」
「と仰いますと?」
「ただウロ…じゃなく、忌み時期に体に吹くと古きコロモを潤して取りやすくし、新たなコロモには栄養を供給して艶とか…を向上してくれる、それぐらいの補助剤でした。
…火傷を修復してくれるなど、予想もしなかった」
「いや、既にお分かりの上で提供されたと存じますがね。
その修復の効能がなくても、我らには十分意味のある薬剤ですぞ。
…この後、場を改めて、相談に乗っていただけますでしょうか」
『マハの邪魔が入らないところで』と言いたがっているのは、別に聞いてみる必要もない。
「それはぜひ。
しかし、商談となると同席させたい者たちがいますが、連れてきてもいいでしょうか?」
「お抱えの商会の商人とかですか?いいでしょう。
ただし、もう1件この場で公表すべき話がありましてな。
ほれ、あれを入らせるがよい」
何だろう、と思っていたセレステは、扉が開かれ、衛使達が持ち込んで来る巨大な植木鉢、正確にはそれに植えられている植物を見て絶句した。
「な…」
2mはありそうに聳え立っているその、竹にも似ている太い茎の植物は、先日セレステが丞相に『空き地の肥やしにでも』と押し付けて来た――
サトウキビだった。
しかし、セレステが渡したのは苗だった。
いくら早く成長する植物とはいえ、1週間も経っていない内にここまでは成長しない。
「え…な?…え?こ、これ?」
「先日、ルアファン殿が私に贈ってくださった、あの苗です。お覚えでしょう?」
「はい。もちろん覚えてはいますけど…え?
いや、いくら早く成長する植物と言っても、ここまで?え?」
セレステが軽くパニックに陥っているのを見て、丞相が助け船を出した。
「もちろん自然成長ではありません。
貴殿が残していったものだとお聞きになったマハが、どんなものなのか気になると、成長促進の法術をお使いに…」
「…いいんですか、それ?」
「…もちろんだめに決まっているでしょう。
どこかの誰かさんが我らがマハの精神状態を、子供に退行させたせいで!」
「…ええと、ご愁傷様?」
惚けようとするセレステを、丞相がまたすごい視線で睨みつけたので、それ以上何も言わず黙ってしまった。
こんな場合余計な言葉を加えて相手の怒りを買うのは得策ではない。
勝手な性格のセレステでも、それぐらいはわかっているからだ。
従順に静かになったセレステを見て溜息をついた丞相は、話を続けた。
「正直、最初貴殿に苗を貰った時は、余計なお世話だとばかり思っていました。
しかし、貴殿の贈り物だと聞かれたマハが、無理やり法術を使ってまで成長させたのを見ると…」
少し、間を置く丞相。
しかし、セレステはその沈黙の意味が分かる気がした。
「結論から言うと、なぜ貴殿がこれを勧めたか、分かる気がしました。
単純比較ではあるけど、サトウタケ2本を植える面積に、これは5本が植えられる。
それに、サトウタケは中が空洞になっているが、これは草質茎だから、サトウ汁がみっしりと詰まっていてな。
そして…」
「養分のあまりない、やせた土地でも育ちます。
3~5回ぐらい繰り返し収穫した後、畑を燃やせばそのまま肥やしにもなりますし。
サトウ汁の搾りかすは、紙の材料にもなる」
すらすらと答えるセレステに、丞相は少し、イラついた。
「そこまで有用な作物なら、なぜ先日は何も―」
「聞こうとしなかったのは、丞相殿、貴方でしょう?」
「むっ…」
「まあ、お気持ちはわかりますよ。
農家って、保守的なところですから。
いきなり新しい作物を提供したって、そうやすやすと信じてはくれないでしょう。
だから、もしどこかに適当に植えてくれたら、その価値をわかってくれる誰かが出るんだろうなと思って、無理やり押し付けたんです。
……まさか、その誰かがプライ・マハになるとは、思いもしませんでしたけど。
どうですか、先の薬剤の件と、このサトウキビの苗を担当してくれるうちの公社長を、連れてまいりましょうか?」
穏やかな笑みを浮かべながら、『やさしい口調』でそういうセレステに、丞相は完敗を実感した。
このサトウキビからの砂糖生産効率をざっと予測してみたところ、最小で3割、最大では7割までの砂糖の増産が予測できた。
それだけでも大収穫と言えるのに、結構土壌を選ぶサトウタケとは違って、やせた土地でも育つとなると…
「……それはぜひ…」
受け入れるしかない、いや、受け入れなかったら自分は歴史に無能丞相として悪名を残すような、そんな提案だったのだ。




