輝くウロコ
100回目なのに、丸一日更新が遅くなってしまいました!
…すみません、すみません、すみません…
「ほお、結構いい出来じゃないか」
ケイレスとバリアーダへの外交旅行から帰って来た三日後。
セレステとラインバルトは、自動車開発研究所に来ていた。
「これも全部、セレステ閣下のおかげです」
自動車研究所の責任者であるカラカル・フェリノイのアンテロの男性、アベルダ・バナがそう言った。
「またそんなことをいうか。
君たちが頑張って積み上げた成果だ。
運用試験がこの目で確認できたが…安全試験も抜かりなく行っているな?」
技術者にそう質問するセレステの目の前には、サス車の御者席にハンドルとギア、ペダル類が付いた、19世紀地球の初期自動車のような形をした―フェリデリア産電気自動車の試製品第1号があった。
「はい、漏電やスパークの防止処理はしかと行っております。
バッテリーの耐衝撃・耐炎処理もご指示通り、引き続き改良を続けております」
「いいぞ。安全第一という言葉を忘れないように。
事故はこちらの責任ではないけど、機械の不具合で搭乗者に何かあったら堪ったもんじゃないからな」
「承知しております。
後は、車体のデザイン改良も行いたいところです。
閣下のお売りになっている地球製の車に比べれば、どうしても…」
「こら、それは100年ぐらい差があると言ったではないか。
いきなり車職人の仕事を奪わないように、徐々に改良していこうではないか。
とにかく、これの商用化が始まるごろには、車体の改良も進んでいるだろう」
徐々に、と口では言っていたものの、セレステはトゥシタの技術者たちの発展速度に舌を巻いていた。
電気が魔術の一部としてしか存在していなかった世界で、半年も経たないうちに太陽光パネルとモーターの自力開発に成功、さらにそこから2か月足らずで、サス車の車体に大容量バッテリーと高出力モーターを搭載し、初期型の電気自動車の完成寸前まで持ち込んでいたのだ。
セレステが提供した電気自動車の機関を研究し、フェリデリアの技術レベルで再現できるところまで作り上げた車台。
その上に、従来のサス車の車体を載せるという形で出来上がった試製品第1号は、図らずも、かつてあのトーマスエジソンが作った初期の電気自動車に似た形になっていた。
「それに、例のあれは?」
「そちらも順調です。
自動車より小型で、モーターもバッテリーも小型な上に、サドルとタイヤを付けるだけですから」
騎獣に替わるべく、モーターサイクル—すなわちバイクの開発も指示していたが、こちらは自動車以上の速度で開発がすすんているようだ。
「脚力のいいアンテロの社会だから、まだ自転車も登場していないと聞いた時にはさすがに呆れたけどな…
バイクより安く、割と安全だから自転車の需要もあるはずだ。
そちらはもうできているといったな?」
「はい。指示された通り女性や子供を対象に試乗してもらっていますが、なかなかの好評でした。
しかし、これ全部を商用化するとなると、生産施設が…」
「あ、それは心配するな。うちで全部作る気はないんだ」
そう答えるセレステに、バナが怪訝そうな顔で聞いた。
「と、おっしゃいますと?」
「自動車生産だけうちでやって、バイクと自転車は設計を売って特許料だけをもらうんだ。
君の言う通り、うちで全部作るには生産力の問題もあるしな…
独占したら、他の反発を買うことになる。
適当に利権を分けてやって、黙らせるのも手だよ」
「ああ、そういう…」
バナも、セレステの下で働いていてわかったことがある。
とにかくこのレギス閣下は、自分に利権が集中することを警戒している。
もちろんお金を稼ぐことを厭うわけではなく——自分だけ稼いで、周りから妬まれることを避けようとしているのだ。
地方貴族たちからの特産物相談にもできる限り乗ってやって、中央貴族にもこんな風に、生産施設を委託したりする形で、利益を分け合うようにしている。
「それに、君たちだって忙しいだろう?
生産を分散すればな、君たち研究員が思いつかなかったアイデアを、生産現場で閃くことだってあるよ。
産業というのは、そういう風に発展するんだよ。
とにかく、御前試演の準備は、進んでいるな?」
「はい。研究員全員――」
「良く寝て、よく休む!
死に物狂いでやって、疲労でミスするのは許さんぞ!」
何といっても御前試演なのだ。
失敗しても、セレステにとっては笑い飛ばすことができるけど、研究員たちはそうはいかない。
そんなことにならないように、予め気を使ってくれている。
二人がそんな話をしているところだった。
「セレステ閣下!
外務大臣様からの伝令が!」
「げっ」
露骨に、嫌な顔になるセレステ。
またなにか面倒ごとを押し付けてくるのかな——と思っているみたいだ。
「お久しぶりですね、レギス・セレステ」
「久しぶりも何も、昨日もバリアーダでの件の報告で会っていたじゃないですか。
で?またなんですか?」
「いやあ、お冷たいですな。
結構お近づきできたと思っていましたのに」
「面倒ごとを押し付けて来なければですね」
一言も負けてくれないセレステだったが、ナデント外務長官は不敵な笑みを浮かべて言った。
「面倒ごとですか…
まあ、本当にそうかどうかはわかりませんが、プライ・マハがお父さんが恋しくなったようで」
「はい、帰ります」
プライ・マハの話が出て来たので、セレステは逃げようとした。
「まあまあ、半分冗談です」
「半分は事実か!」
「プライ・マハ直々のお呼び出しなのは事実ですよ。
ルアファン殿を指名してですね——『あなたから受けた再生の恩を、我が国民と分け合いたい。
ヤープライ・ナンタリアデも待機させておいたので、ぜひお越しいただきたい』と」
「ヤープライ・ナンタリアデ…
ああ、あいつ、動くのが遅いよ!」
何のことか思い出したセレステは、イラっとした。
入国時に脱皮補助剤を渡しておいたから、バリアーダ国内をゆる~く移動して、王都に付くぐらいには報告ぐらいは朝廷に上がってくるだろうと思っていたのに、使節団が帰国する日までなんの音沙汰もなかったのだ。
……結果的に、テスト結果も待てずに突貫でプライ・マハに使ってしまうという荒療治になってしまったけど。
「なに、彼なりになにか事情があったんでしょう。
で?いつ行かれます?
できる限り早く来て欲しい素振りですけど」
「あ~あ、自動車の試演がもうすぐだというところなのに。
…無視すれば、あなたが困るでしょう?」
にやにやするセレステに、ナデントが同じくにやにやしながら応酬した。
「もー勘弁してくださいよ?
王父卿が隣国の王からの愛を拒否したせいで、外交が悪化しそうだと陛下に――」
「だからその人聞きの悪いこと!
わかりましたよ。ゲートで飛んで行ってくればいいじゃないか。
これから勝手に乗り込みますよ?あちらでも称号はもらってますし、マハ自らの招待だから、門前払いはされないだろうし」
「どうぞどうぞ。大使殿からの連絡でも『いつでもいい』となっていましたよ?」
「ああいえばこういう!着替えてから行きます!」
そういって、地球行きのゲートをくぐるセレステを見ながらナデントはケラケラ笑った。
「ええ、よろしく頼みますよ!」
***
「たのもー!ルアファン・セレステだ!」
冷感素材の服に着替えてバリアーダの王宮の前にゲートを開いて出て来たセレステは、ヤケクソでわざとああ名乗り出たが——
「ようこそいらっしゃいませ、ルアファン様!」
…守門長の衛使に、礼儀正しく迎え入れられた。
マハの御前に案内されていく途中で、バリアーダの朝臣たちが東奔西走している様子から、マハは『いつでもいいから』と言ったが、本当に予告もなく来るとは思っていなかったようだ。
「あ、君、ちょっとゆっくり行こうではないか。
朝臣の方々はまだ、準備の時間が要るようだ」
「それが、ルアファン様は到着したらすかさずお連れせよと、マハの勅命が…」
「お父さん!!!」
噂をすれば影が差す、というように、そのマハ本人が向こうから走って来ていた。
…その後ろには慌てて彼を追う丞相と、侍臣たちが…
とにかく、ここで平伏すべきかお辞儀するべきかちょっと悩んでいる内に、目の前に肉薄したマハが、セレステを抱きしめてしまった。
「うぎゃ、マ、マハにおかれましてはご機嫌——」
「会いたかった、お父さん!」
ろくに礼も言えないまま抱きしめられていると、息を切らした丞相と目が合った。
『お互い、苦労していますね?』
『誰のせいだと思って——!』
セレステを恨む視線で睨んではいても、とにかくこの場を収拾すべく、丞相がセレステを離さずに抱きしめているマハの傍に来て上奏した。
「マハ、人の目が多いです。
朝臣たちも本殿に集まっておりますでしょう。
ルアファン殿を離して差し上げて、本件に入られたほうが」
それを聞いたプライ・マハが、しぶしぶセレステを離すと、今度は手を握って前を歩き始めた。
「さあ、行こう、お父さん!」
「あ、手は繋げなくても…」
と言いかけて、セレステはすごい視線で睨みをかけてくる丞相を見て言葉を飲んだ。
大人しくマハと手を繋いたまま、本殿——先日、初めてマハに謁見した大広間に入ると、きちんと並んでいた朝臣たちが、そんな二人を見て驚いた視線を送って来た。
『あれ?』
その朝臣たちの末席に、妙に艶のいい——まるで輝いているようなウロコをした一人のドライカが、セレステの目を引いた。
『あんなヒト、前にもいたっけか?』
もちろん、前にそこにいた全員を覚えているわけではないが、それだけ目に付いていたので気になった。
そんな朝臣の前をセレステと手を繋げたままズカズカ歩いて、そのまま玉座につこうとするのを、直前で引き留めた丞相が言った。
「マハ、ルアファン殿の手は、もうお離しに…」
「む、そうか。
すまん。久々の再会で、うれしくてつい」
『いや、久々もなにも、先週のことですけど!』
と思いながらも、一応は離してもらえたのをよしとして、身なりを整えてから朝臣たちに向かって軽く礼をしながら言った。
「皆々方、ご機嫌麗しゅう。
マハのお呼び出しにはせ参じた次第ですが、どうやら迷惑をかけた様ですな」
いきなり走って来て息が上がっているような雰囲気がなくはないが、だからと言ってマハの言う通りに来てくれた、外国の王族クラスの貴族であり、この国でも王の師にして父、ルアファンの呼称を持っているセレステに、露骨に嫌な顔ができるはずもない。
ただただ、頭を軽く下げて一礼を返すだけだった。
「早速だが、ルアファンを呼び出した用件について話そう。
ヤープライ・ナンタリアデ、前へ」
その名前を聞いてセレステがあれ?と思うのと同時に、末席に立っていた、例の輝くウロコのドライカが、王の御前に歩き出て返答した。
「御意」
『あ…』
どうしてあんなに目立つウロコなのか、分かる気がした。
セレステが外交訪問日程を終え、バリアーダの首都ムーアナティを離れるまでずっと待っていたあのヒト、ヤープライ・ナンタリアデがそこにいた。




