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15.5 オルドの事情(5)

 私は封筒の中から三枚の紙を取り出し、オルドの前に置いた。一人の娼婦の借用書と、雇用契約書だ。

 不思議そうに私を見たオルドは、紙に書かれた女の名前を見て、息をのんだ。そして、はじかれたように私を見る。

「コスモナイトを買収するとき、あなたがとても協力的だった理由がこれでしょう」

 私は借用書を扇子で指し示す。

「・・・なんの事っすか」

「お金に強い執着があるあなたが、簡単にお金を手放すなんて、よっぽどのことでしょう。まあ、私のお金なんだけど。貯めなきゃいけないお金のために今まで危ないこともしてきたみたいだけど、コスモナイトを巻き込む危険は避けたいのよ」

「もちろん!あそこは俺が守ります!」

「ええ、あなたがコスモナイトを守りたいともう気持ちは、分かってるわ。でも」

 オルドは戸惑っている。目の前の契約書から目が離せないでいた。

「守るだけではだめなの。私が求めているのは、現状維持ではなく、変化と成長よ」

「・・・変化」

「客層を変えることがまず最初の目標、だれも無視できない社交の場にすること、その発展に手を貸してほしいの」

「俺が・・・」

「あなたが自由に動けるように、あなたの足かせを取っておきたいのよ」

 オルドが私を見る。目の奥にちらつく疑いと、期待。

「この契約書、今この場で燃やしてもいいわ」

「え!?」

「彼女は自由よ。一切の借金も残らない。新しい人生を始められるわよ」

 オルドは呆けたように口を開けて、私を凝視する。

『テルマ

 父親の借金の返済のために身売りされた』

 元の借金は3500テール、利息が膨れ上がり、現在のコスモナイトのオーナーへの借金総額は12000テールを超えている。

 娼婦を金で身請けしようとすれば、通常その倍は払わないといけなかった。

 だから、オルドは必死に金を稼ぎ、ためていた。

「・・・こいつは俺の女ってわけじゃないっすよ」

 オルドがもごもごと言う。

「知ってるわ」

 優しさを感じるような柔らかい声を出すように気を使い、私は言った。

「妹でしょ」

 私の言葉に、オルドは目を見開く。目に涙があふれてきた。

 鼻をすすり、目をこすり、涙を隠すようにオルドはうつむいた。

「今回の働きの特別報酬ってことで、遠慮なく受け取っていいわよ。私はこれからのオルドに期待するんだから」

「・・・はい。・・・はい!」

 オルドは目の前の書類を握りしめる。

「私の気が変わらないうちに、さっさとそれを燃やしたら?」

「できれば、あいつの前で燃やしたいっす。その方が安心するだろうし」

 なるほど。

「他の契約書はきっちり処理してね」

「もちろんっす」

「ねえ、オルド。この世に平等なんて何一つないわ。どんな身分でも、みんな不平等の中で生きてるわ。だから、特別扱いも当然あるの。そこに後ろめたさは持たなくてもいいわよ」

 オルドは大きく鼻をすすった。

「ありがとうございます、お嬢様」

 深々と、頭を下げる。

 ピコン。

 オルドのプレートに青字の表記が加わった。

『ミリアの個人事業を金銭的に支えるため奔走することになる』

 いい変化だ。

 やはりオルドは使える人間だった。

 その予想が確信に変わったことが嬉しかった。

 つい顔がほころんでしまう。

 私の口元しか見えない表情をオルドがどう受け取ったのか分からない。だが、改まった様子で、言ってきた。

「コスモナイトをしっかり切り盛りしたら、その仮面の下の顔を、見せてくれますか」

「まだ早い」

 間髪入れずに、ぴしゃりと、ゼトアが言う。

 ゼトアから発せられる威圧感に、オルドはたじろぐしかなかった。今まで恐ろしいと身に染みたのはマロウだが、そのマロウと似た雰囲気の初老の男は、正直マロウよりも底知れぬ恐怖が湧き上がってくる。

 一体何者なのか、それを探るだけで命を縮めそうだと直感が言っている。オルドはそう言った理由のない感覚を信じるタイプで、ゼトアには対抗しない方がいいと心に誓った。

「うう・・・分かってますよ。まずは俺を信頼してもらわねーと。・・・やるっす!おれがコスモナイトをでかくしてやるっす!」

「イリノアと、頑張ってね」

 そういうと、オルドは私から視線をそらす。

 まだまだ、前途多難かもしれない。

 どこまで影響を与えるかはまだ未知数のコスモナイトが、動き出す。

 本当に始動しなければならないアスラ山は、まだ手つかずだ。

 焦りだす気持ちをやり過ごしながら、私は次の手を考え始めていた。

 早く、30日後のスキルが欲しい。

 次はどんなスキルを選べるのか。

 何か役に立つスキルを選ばないといけない。

 瞬時の判断が迫られるスキル選びに備えて、今何が必要なのか、シミュレーションをしておかなければいけない。

 私はだいぶ、プレートのある「世界」に慣れているらしい。


 後日、オルドから、テルマの雇用契約書が欲しいと連絡を受けた。

 借金がすべてなくなったことを知ったテルマは、

「だからって今更、行くとこなんてないし。ならイリノアの手伝いをしたい」と言ったらしい。

 オルドは働き口を世話すると何度も説得したようだが、テルマが一切頷かなかったという。

「兄さんには感謝してるけど、私のために頑張ってくれてたのも知ってるし、だけど、ここで私を助けて支えてくれたのはイリノアなんだ。受けた恩はちゃんと返したい。それに、ここは変わるんだろ。変えてくれるんだろ。だったら、それを見てみたいじゃない。今までさんざん偉そうにしてきた男どもを、こっちが転がしてやるなんて、楽しそうだしね」

 テルマの意志は固かったという。

「報酬はイリノアと相談しないとね」

 私はゼトアに新たな雇用契約書を作るようにお願いをした。

 少しずつ変わっていく「世界」。

 増えていく青字の表記。

 それがピンクプレートにどう影響してくるのか。

 まだ分からない。

 なるべくピンクプレートを持つ二人の公子には遭遇しないようにしているから。

 私が動くことで変わってしまう「世界」は、きっと大したことのないものだろう。

 自分がそれほど大それた存在ではないと分かっているから。ちっぽけな存在が足掻いたところで、変えられるものはたかが知れいている。

 メインストーリーに何か影響が出ようとも、私のストーリーとは関係ないだろう。

 だって、私のプレートはグレーだから。

 ピンクプレートは、ピンク同士でやればいい。

 物語がどう変わるかなんて、知ったこっちゃない。

 私は好きなようにやらせてもらう、そう決めている。

「ミリア」の孤独と悲しみと、絶望と怒りを感じるたびに、その決意は強くなるのだ。

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