16 ヴィスコス公爵家の晩餐(1)
「本日は公爵閣下、公子様方がそろっての晩餐がございます」
朝、マレンダが言った。
用意される朝食は、相変わらず腐ったものだ。
だが、先日マロウが教えてくれた。この食事を用意しているのは別のメイドたちで、マレンダは運んでいるだけだという。
どうやら、メイドたちの中でもマレンダの立場は低いらしい。
貴族の邸宅に努める使用人たちの中にも階級があるのだと、最近知った。
公爵閣下の側近は別格だという。貴族出身が主で、仕事は公爵閣下の側近、補佐、秘書という役割らしい。公爵閣下の代行を務めて単独で動くこともあるのだとか。
その下に、邸内を取り仕切る執事長がおり、執事が数名配備されている。ゼトアは数名いる執事の一人だという。執事には資格が必要なため、特別職となり、資格があれば貴族でなくても務めることが出来るという。ただし、貴族でないものが資格を得ることは、かなりの難関だという。
その下に侍従と使用人がいる。侍従は身の回りの世話を担当する使用人で、ほとんど貴族出身の子息子女で、貴族名簿にも記載のある家門からの紹介状がないとヴィスコス公爵家に務めることはできないという。邸宅内の仕事を任されるのが一般的なメイドやボーイと呼ばれる使用人だ。貴族平民がそろって務めることが出来る、邸宅内での一番下の役回りだという。ここにも完全なる階級社会が出来上がっているのだ。貴族出身であっても、家門の優劣が、そのまま自身の立場を決定し、仕事の内容にもかかわってくる。
あからさまな縦階級社会の中で、平民出身のマレンダは、メイドたちの中でも反論すらできない弱い立場にいるという。
(私の食事を準備しているのは、貴族出身のメイドたち、か)
マレンダは彼女たちに言われるがまま、食事を毎回私のところへ運んでいるようだ。パシリのように使われる日々のうっ憤を、私に八つ当たりして晴らししているのだろう。そして、貴族出身のメイドたちは、何が何でも「ミリア」に頭を下げたくないのだろう。
(貴族出身なら、平民出身の私をお嬢様なんて呼びたくもないよね)
毎日腐った食事を用意する執念は、その根底に生まれた時から刷り込まれてきた階級差別と性差別の思想があるのだろう。平民と一緒に働くことへの不満と、貴族であることの自尊心を保持するために、「ミリア」という都合のいい獲物を標的としているのだ。
すべてが、自己中心的な、くだらない人間のエゴだ。
理屈は分かった。納得はできないが。
(何かあったら、マレンダに責任を押し付けるつもりなんだろうな)
考えなくても分かる構造に、笑いも起きない。
マレンダはどう思っているのだろうか。責任が自分に降りかかる恐れを抱きながら、毎日私に腐った食事を運んでいる。
(まあ、事態が明るみに出たところで、ヴィスコス公爵家が私に何かしてくれるなんてないだろうけどね)
期待すら持てないのは、「ミリア」のヴィスコス公爵家への絶望が、この体に染みついているからだ。体の記憶が、常に私の意識と感情をゆさぶり、飲み込んでいく。
(まだ14歳・・・よくこんな状況に耐えてきたよ)
「ミリア」の人生に、同情してしまう。感覚を失っているからか、私の身に起こることも現実味が持てない。だから、全てが他人事に思えるのだ。
(かたき討ちなんて考えはないけど、機会があれば憂さ晴らしくらいはしてあげるよ)
対面したことのない少女に向けて、私は時々、心の中で語り掛けるのだった。
あなたが受けた痛みや悲しみを、忘れたりはしないから。
そうやって「ミリア」に語り掛けると、不思議と、ほんの少しだが不快感や息苦しさといったものが薄まる気がした。




