15 コスモナイト(7) ※この回は性的表現が含まれます。
この男は、一発逆転を狙っている。
理解はできないが、ルソーは爵位が欲しいのだ。その為に危ない橋を渡りながらもお金をためている。だが、昔に作った借金が無くならなくて、夢には全く近づけないでいた。そうまでして夢に見るほど爵位は魅力があるのだろうか。私には分からない。ヴィスコス公爵家にいても、何一つ恩恵を受けることはないからだ。貴族社会の中で、平民出身という消えない過去は、終わりのない差別を生むだけだ。
ルソーはまだ、それを知らないのだろう。
「私が求めるのはこの店に関わるものだけよ。それ以外は要求しないわ」
「本当、か?」
「ええ、あと、この店にいる子たちの借用書もすべて出しなさい」
「それはっ」
「彼女たちこそがこの店の資産よ。すべての権利書、契約書、一枚残らず出しなさい。あなたにとって、即金50万テールとどちらに価値があると思う?」
「か・・・考える時間を」
「今すぐ、決めなさい。あなたに与えられたチャンスは、今この瞬間だけよ。私がこの店を出た瞬間、この話は全てなかったことになるわ」
「そんなっ、だが・・・」
ルソーは決めきれないようだった。思考が追い付かずに計算ができないのだろう。
私は手に持っていた扇子を少し開き、音を鳴らして閉じた。
ルソーの体が跳ね上がる。
「くそっ、分かった!きっちり50万テールだな!」
「正しい判断ね」
私は微笑んだ。
(よし!)
心の中でガッツポーズをするが、表面には出さないように頑張った。
「それじゃあ、オルド、お金の支払いをよろしくね」
「おれ!?俺でいいんすか!?」
「大丈夫でしょう。明日でいいから、今日のあなたの報酬を抜いた残りを彼に渡してね」
扇子でマロウを指し示す。
私のオルドへの信頼を、オルドが感じ取ってくれるといい。
「お・・・おう、まかせてください!」
オルドの声が上ずっている。なかなかに察しのいい男だ。
「おい、大丈夫か?」
いつの間にかそばに立っていたマロウが、私にひそやかに聞いてくる。
私はマロウに頷いて見せた。
大丈夫。
だって、オルドのプレートには青字の記載が追記されたから。
『コスモナイトの金庫番として尽力することになる』
私のために動いてくれる人が、また増えたのだ。
「この店に関わる全ての権利を放棄し私に譲渡すること、その同意書を取ってね。権利書とこの店の女性たちの借用書は、一枚残らず回収すること。その確認は」
私は振り返る。
「イリノア、あなたならそれがすべてかどうか分るでしょう。この店を誰よりも熟知しているあなたなら」
突然話を振られたイリノアが、目を丸くする。
「私かい!?」
「イリノアが適任だと思うのよ。彼女たちのことを誰よりも知ってるから。一人残らず、彼女たちの借用書を回収して。そのあとで私ともう一度契約しましょう。元金残存額のみ返済、無利息での金銭貸借借用書。ここで働いた分は返済額を差し引いてきちんと報酬を支払うわ。完済したら、自由よ。ここにいてもいいし、ここを出てもいいし」
「・・・本気かい?」
「もちろん。ここが私のお店になれば、私が自由にできるでしょ。十分実現可能なことよ。もちろん、イリノアにも報酬を支払うわ。働いたら、相応のお金を得ることは当然の権利よ」
私の言葉に、だれも反論しなかった。
「ねえ」
様子を窺っていた娼婦の女がおずおずと声を上げる。
「あたしたち、も?」
「当然!」
一層明るい声で私は言う。こういう時の演出はとても大事だ。
「借金はゼロにはならないわ。どんな事情があろうと背負ってしまったものは仕方ないからね。でも、利息はゼロにしてあげる。私がこの店で稼ぐのは、この店の商売でだけよ。あなたたちから稼ごうとは思ってない。その代わり、この店のためにあなたたちは精一杯稼いでね」
女たちがざわつきだした。
みんな信じられないといった様子だ。すぐに変わることは無理だろう。
まずはイリノアの信頼を得られれば、きっと彼女たちも変わっていけるはずだ。私が求める、利用価値のある存在に。
「口約束は信用できないね。今までだってそうだった、騙されて消えてった仲間がたくさんいるんだ」
イリノアの言葉に、女たちが静まり返る。
怒りと、不安と、わずかな期待と。
「期待させないでおくれ」
イリノアは慎重だった。自分だけの問題ではないと分かっているからだ。
「嘘は言わないわ。私はできることしか言わない」
「その言葉が信じられないのさ」
「そうね」
私だって、言葉だけなら信じない。信じられるものなんてこの「世界」にあるのかすら分からない。自分の存在すらも、存在し続けられる確証がないのだから。
「だからあなたに頼みたいの」
私はイリノアを見た。まっすぐに。この声が届くことを願った。
「このコスモナイトを、イリノアに頼みたいの」
「なんだって?」
「オーナーは私。店の方針は私が決めるわ。あなたはここの支配人として、店と、彼女たちを管理してほしい」
「・・・正気かい」
「ええ、たぶん」
(目をそらしてはダメ、迷うそぶりを見せたらダメ)
「言ったでしょう。私に協力してくれたら、綺麗なベッドで朝を迎えられるようにはなるって。その環境をここに作るのよ」
イリノアの心が揺れている。目をそらしたのはイリノアの方だった。
「とても正気とは思えないね」
「そう?」
「無理だよ。不可能さ。ここを変えることなんて出来やしない」
イリノアは首を横に振った。
イリノアの言う「ここ」とは、コスモナイトだけを言っているのではないだろう。身売りされた女たちが身を寄せ合う階級社会の底辺のことだ。
「少なくとも、まずベッドを変えることはできるわ。みんなきれいなベッドで寝たがってる。違う?」
聞かれて、イリノアは振り返る。成り行きを興味津々に覗き込む女たちを見て、ため息を吐き、また首を横に振った。
「期待を持たせないでおくれ」




