15 コスモナイト(6) ※この回は性的表現が含まれます。
やってきたのは腹が顔の三倍はありそうな背の低い肥えた男だった。
ルソー・サドル、このコスモナイトのオーナーだ。
ルソーは私の全身をねっとりとした目で見つめると、
「お呼びでしょうか?」ニタニタと笑みを浮かべながら言った。
数人の女たちの舌打ちが聞こえた。
ルソーは耳がいいらしく、振り返ると女たちを睨みつけた。今にも掴み掛かるか鞭を振るうかしそうな勢いだ。
私はわざと音を立てて扇子を閉じた。その音に、ルソーの体が反応して動くが止まった。ゆっくりと振り返ったルソーは媚びた笑みを浮かべる。
「このような店でお嬢様のようなお方がどういった御用でしょう?」
「この店はあなたの所有物で間違いないわよね」
「え?ええ、そうですが」
「特に借金も抱えていないようだし、うまくやってるのね」
「まあ、細々と稼がせてもらってますよ」
「正当な報酬を与えずに自分の懐に入れて、細々、ねえ」
ルソーが敵意のこもる目で睨んできた。
「いちゃもん付けるために来たのかっ、客じゃないなら帰ってくれ!」
「確かに客ではなけど、私を追い返したら、あなたが後悔するわよ」
私の言葉に、ルソーは鼻で笑った。
「頭のおかしいお嬢ちゃんに用はねー。朝になる前におうちに帰ってないと、親に見つかって怒られちまうぞ」
「残念、そんなことで怒る親は、私にはいないわ」
私は肩をすくめた。
こんな場所に出向いたことが知れたら、監禁させるくらいはあるかもしれないけど。ヴィスコ公爵家の家名に傷をつけたと言われるだろう。
(別に家名なんて私が守るものじゃないけどね)
監禁されるのは、避けたいとは思う。
だから、ルソーが言うように朝までには戻らないといけない。
「50万テール」
「ああ!?」
「この店と、この店に関わる全ての権利を、50万テールで私が買うわ」
周囲が静まり返っている。
何が起こっているのか、だれも理解が追い付いていないといった様子だ。
マロウも、険しい表情のまま、何も言わずに私を凝視していた。
怒っているのかどうか、判別できない。
思い付きで勝手なことをしていると分かっている。今日作った大金は、私が稼いだものだけど、マロウたちの協力があったからこそ手に入れることが出来たお金だ。計画していた使い道とは違う出費に後ろめたさも感じる。
(でも、役に立つはずなの)
どうか、信じてほしい。
祈るように、私はマロウを見た。
目が合い、マロウが深くため息を吐く。
最近、マロウのため息の種類がなんとなく分かるようになってきた。
今のため息は、あきらめたため息だ。
オルドはと言えば、マロウに劣らず険しい表情をさせている。腕に抱えている大金が惜しくなったのか、自分の報酬が払われるのか心配になっているのか。
今はそんなことにかまっていられない。
「承諾するなら、即金で払ってあげるわ」
「な、そんな・・・そんなこと、信じられるか!50万テールだぞ!今払えるわけがっ」
ルソーが吠える。
ドサッ、ガシャンッ。
オルドが、音を立てるように乱暴に、腕に抱えていた布袋をテーブルの上に置いた。
ルソーを見て、オルドがにたりと笑う。
開かれた布袋からトール金貨があらわにされる。
「このお嬢様にとっちゃ、50万テールなんざ、はした金ってことだ」
得意げに言い放った。
(あら?)
オルドの行動に、少しの違和感があった。
てっきりサロンから奪い取った大金を出し惜しみするかと思っていた。もっと自分の取り分を増やすようにわめきだすか、持ち逃げされる恐れも抱いていたのだが。
(ずいぶんすんなり手放すのね)
私の知らない魂胆が生まれたか、元から別の目的があるのか。
警戒が必要だ。
マロウもそれは感じているらしく、オルドに鋭い視線を送っていた。
ルソーは輝きを放つテール金貨に吸い寄せられるように手を伸ばす。よだれも出そうな勢いだ。
オルドはすぐに気づいて、布袋をまた抱えて持ち上げた。
「こいつは、この店に関わる全ての権利書と引き換えだ。ですよね、お嬢様」
オルドが私にへらへらと笑いかけてきた。
(まあ、どんな意図があろうと、オルドはマロウがいれば大丈夫か。こっちの望む行動をとってくれているし)
私は頷く。
「この土地と建物の権利書、店の営業権、建物内にある全ての資産の所有権、この店に関わる一切の資産を総額50万テールで私に売り渡すように売買契約を結びましょう」
「俺には借金があって、それは別に追加で払ってくれるんだろうな」
「その借金はこの店に関わるものじゃないでしょう」
「そ、そんなことはない!」
「あなた個人が作った借金のはずよ。借金した日も、金額も、現在の残存額も分かっているけど、言った方がいいかしら?」
プレートにはしっかりと、そのことが書かれている。私はそれを読み上げればいいだけだ。
ルソーがたじろいだ。
「26,583テール、でしょ」
ルソーは呆けたような顔になる。慌てて指を折りながら数え、青ざめた。
「すべてを返済しても、残ったお金であなたが欲しがっているものが買えるんじゃない?」
「な、なにを・・・」
ルソーはもう、私に噛みつく余裕はないだろう。頭の中はパニックのはずだ。提示された金額と、自分の抱える借金を知られていることと、だれにも話したことがない野望。なぜ私が知っているのかと、恐れを抱き始めているはずだ。私の黒づくめの格好は、とても効果的な演出になっているだろう。
私はルソーの横に立ち並んだ。
声を潜めてささやく。
「小細工なしに、従いなさい。サドル男爵」
ルソーは息をのみ、私を見た。




