15 コスモナイト(5) ※この回は性的表現が含まれます。
救いの先にいるのは、イリノアではない。
イリノアには、ここで働く女たちを救えない。
お金がないからだ。
字を教えても、ここでは役に立たない。それが分かっていて、それでもイリノアは教えているのだろう。いつか、役に立てる場所に行くことが出来たら、そんな夢を、女たちに見せているのだ。
(希望・・・というよりも、自分を見失わないために、かな)
最低な状況の中で、何が必要かをちゃんと分かっている。イリノアはきっと、このコスモナイトの女たちの命綱なのだろう。
(うん、適任ね)
私はこの後の動きを計算していく。
ドアの外では、きっと、マロウが心配して苛立っているだろう。
「それで、どうするんだい?」
「どうするって?」
「私を買いに来たって言ってただろ。ここで女を買ったら、することはひとつだろ。やるのかい?」
「・・・買うといったのは娼婦ではなくて、イリノア、あなたよ」
「だから、こうして部屋を用意してるじゃないか」
「用意してほしいのは部屋じゃなくて、権利書かな」
「はあ?」
「ああ、でも、あなたと話ができてよかったわ」
イリノアは警戒を強めているようだった。
私の魂胆が全く分からないのだろう。
私だってこんなことするつもりはなかったけど、成り行きだから仕方がない。
(そうだ、確かめないといけないことがあった)
私はイリノアの表情を注意深く探る。
「聞いてもいい?」
「・・・なんだい」
「女性の人権に関して。どう思っているか」
イリノアの表情が、無くなった。
私のことを、危険だと判断したのだろう。この「世界」で女性の人権を主張することは、社会から排除される標的になるということだから。
「女性にも市民権や参政権を持たせてもいいと思わない?」
「あたしには難しくて分からないね」
「自分で自分の未来を決められる自己決定権は、男女同等に持つべきだと思わない?」
イリノアは心底嫌そうに顔を歪めている。
「そういうのは、お偉い人たちと話しておくれよ。こんな場所で話すことじゃないだろう」
「あなたはそういう考えのもとで、女性や子供たちに字を教えていたんじゃないの?」
イリノアの体が、ぴたりと止まった。
私を見る目の奥に、恐れと、怒りが、交じり合って揺らいでいる。
「・・・帰っておくれ」
「答えて」
「答える必要はないだろう」
「知りたいのよ。あなたがなぜ、危険を犯してまでそうしたのか」
「やめな」
「投獄されて、こんな環境に身を置いて、どうしてまた同じことを繰り返すのか」
「やめろっ」
イリノアの手が私の口をふさぐ。押されて、私はよろけて近くのサイドテーブルに体を打ち付けた。そのまま倒れこむ。イリノアは私の上にのしかかっていた。
「余計なこと言うんじゃないよ!声に出すだけでどうなるか分かってるのかい!お前一人がどうなろうが知ったこっちゃないけどね、私たちを巻き込まないどくれ!」
「ミリア!」
イリノアの言葉と重なるように、マロウが部屋に駆け込んできた。
私の上にのしかかるイリノアを見て、殺気立つ。
「大丈夫よ」
マロウを見て、私は言った。
「どうしてか、教えて」
「答える必要はないだろう」
イリノアは私から離れるように立ち上がる。
マロウが私の体を支えるように起こしてくれた。
「私たちはお貴族様よりも立場が弱いんだ。虫ケラとおんなじさ。ほんの少し声を上げただけで消されるんだ。だから、そういうことに関わっちゃいけないんだよ」
「でも、あなたはまだ教えてるでしょ」
(これじゃあ、脅しているみたい。・・・ほら、睨まれてる)
そばにマロウがいるから、怖くはない。
イリノアが大きくため息をついた。
「ただの暇つぶしだよ」
吐き捨てるように、イリノアが言った。
コスモナイトの中で、女たちに字を教えたところで、社会の概念を覆すことはできないだろう。だから、イリノアが大層な思想を抱いていたとしても、何か行動に起こす気持ちはないのだと予想していた。それを確かめたかったのだ。
改革、革命、改心、そう言った思想を実現しようとしていたら、その行動は私にとって足かせとなる。
(心臓に突きつける剣と同じ。危険すぎるのよ)
国を相手に喧嘩売るのは、知らないところでやってほしい。薄情かもしれないけど、名前も知らない大多数の人たちのために戦うなんて、私にはできない。自分のことで精一杯だから。頑張っても、目に映る人のために、一手を考えるくらいしか私にはできない。
あえて挑発したのは、イリノアの本心を暴くためじゃない。イリノアがコスモナイトをどれくらい大切に思っているかの確認と、私という存在を、強烈に印象付けたかったからだ。
「ねえ、イリノア。それなら私の暇つぶしに付き合って」
私の言葉に、イリノアは汚い物でも見るような眼で、私を睨みつけてきた。
それに私は気づかないふりをする。
「私はね、さっき言ったような大層な理想を抱いているわけじゃないの。だから、もしあなたが私よりも壮大で聡明な夢を持っていたら、私はあなたを誘うなんて出来なかったわ。だって、私が見ている世界は、さっき言ったような理想ではなく、叶うかどうかも分からない夢物語でもない。現実的に稼げるお金よ」
聞こえは悪いが、それがすべてだった。飾り立てる言葉はいらない。弱っている心に付け込む甘い囁きなんて必要ない。
コスモナイトで働く女たちが、今、一番欲しがっている物が何か、私が思っている物で正解だろう。
「私はあなたたちを救うことはできないけど、あなたが協力してくれたら、綺麗なベッドで朝を迎えられるようにはなるわ」
「・・・いったい、何をしようってんだい」
それは見てたら分かるわ。私はイリノアに笑いかけた。
「簡単よ、働いたら働いた分だけの報酬を得る。どんな不平等の中で生きていたって、労働に対する報酬を得る権利だけは平等でなければいけない」
「その平等が、ここでは通用しないんだよ」
「いいえ、私が通用させるのよ」
振り返ると、部屋のドアに群がる女たちがいた。みんな心配そうにイリノアそ見つめている。
私は彼女たちに向けて言った。
「ねえ、ここのオーナーを呼んでちょうだい」




