15 コスモナイト(1) ※この回は性的表現が含まれます。
サロンを出た私とマロウは、ゼトアと落ち合う約束の場所へ向かった。
夜道に人影はない。
この時間帯に、この辺りを歩くものは、素性を隠す者ばかりだという。だから、皆人目を避けて歩くのだ。すれ違うこともほとんどない。
私とマロウも、夜の道の影に身を隠しながら歩いていた。
ふと、気になって私は足を止めた。
何かの音が、聞えた気がした。
暗闇の中の、さらにくらい路地の奥。
ガシャン、と音がした。
女の声がする。
耳を澄ませば、とぎれとぎれに、言葉が聞き取れた。
「もう・・・取りたくない・・・いっしょに・・・言ったじゃないっ」
何かが倒れる音、女の悲鳴。
私は路地に入ろうとして、肩をつかまれた。
マロウが神妙な顔をしている。
私は路地の奥を見て、マロウを振り返る。
マロウは首を横に振った。
関わるべきではない、ということだろう。
マロウの判断は正しいと思う。
だけど、胸がざわつくのだ。
(どうしよう)
私が言って何かできるとは思わない。やはりこのままゼトアのところに行くべきか。
動けずにいた私に、何かがぶつかってきた。
思わず押されるように私は倒れこむ。私の上に、のしかかってくるなにか・・・、が女だと分かった。
鼻に襲い掛かる香水の匂いと、アルコール臭。
「ちょっとどいてよ!」
女が叫び、這うようにして離れていった。立ち上がり駆けだそうとして、暗闇から伸びた手につかまった。
「放せよ!もうあんたなんて信じられない!」
「ほざくな!てめーにいくらかけたと思ってんだ!がたがたぬかす前に金を返してから言え!」
「あたしの借金じゃないよ!」
「お前の体にかけられた金なんだよ!こっちはもう払ってんだ。お前の父親にな!」
二人とも周囲が見えていないのか、ののしりあうように叫んでいた。
マロウが、その背に私を隠す。私はマロウの服をつかんだ。41年生きていて、目の前でこんな争いごとを見るのは初めてだった。それなりに経験を積んだ人生だったとはいえ、ごく普通の真面目な、まともな人生だったのだ。ドラマのような展開なんて、そうそう出くわすものではない。それが目の前で繰り広げられると、その迫力に、私も怖気づいてしまう。
マロウは、面倒くさいといった表情だった。
(動じないんだ、すごい)
趣味は伊達ではないのだろう。
「なんであたしが金返さなきゃいけないんだよ!」
「恨むんなら父親を恨めよ。俺らは出資した金を回収してるだけだ。もっとたくさん稼げは、すぐに終わるぜ。客を選べばもっと稼げるぜ、一晩で倍以上稼げる客を見繕ってやろうか。その分やることは増えるけどな」
男の下卑た笑い声が聞こえてきた。
胸糞悪い。
青ざめる女の姿が、哀れに感じた。
「ミリア、関わるな」
マロウに言われた。マロウが言おうとしていることは分かっている。今は無関係のトラブルに首を突っ込む時ではない。抱えている計画に影響するかもしれない危険は避けるべきだ。何より、「ミリア」がヴィスコス家の人間であることを知られる事態だけは避けなければならない。
(分かってる)
頷いては見たが、それでもこの場から立ち去ることが出来なかった。
分かってる。
殴られる女をみて、私は顔を背け、目を固く閉じる。
視界を閉じても音が聞こえてくるから、見なくても、どうなっているのか想像できてしまう。
分かってる!
すべての人の過去を気にしていたら、私がパンクする。
だから、知らない方がいい。見えても、読まない方がいい。
分かっているけど、女のプレートにはどうしても気になる一文が書かれていた。
『娼館コスモナイトの娼婦』
(コスモナイト、どこかで見た気がするんだけど)
女の悲鳴に、気持ちが焦る。
記憶を探るが、思い出せない。
でも、確かに見覚えがあるのだ。
私は「設定」画面を呼び出した。
暗い夜の闇の中で、グレーのプレートが淡い光を放って現れた。
「コスモナイト」で検索をかけてみる。
(どこで見た?何に出てきた?)
いくつかのワードを検索しながら、言葉を探す。
(あった!)
『イリノア
カイザック・モルソ(最高法官)の愛人だったが、平民の子供や女性たちに文字や学識を教えていたことが帝国法に違反するとして投獄
5年後に釈放される
この後、娼館コスモナイトに身を寄せて、娼婦として一生を終える』
これだ。
エストアル帝国の法律について調べていた時に出てきたものだ。




