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13 作戦会議(2)

 マロウは楽し気に笑った。

「心配ない」何かを思い出したように、くつくつと笑う。「ボーゼ男爵が金を借りていたのは、昔俺がかわいがってやったやつでな」

「えっ」

 マロウの言う「かわいがる」は、後輩に世話を焼いてやったという意味では決してないだろう。

 私はマロウの頭上に浮かぶグレーのプレートを見た。

(趣味が拷問・・・楽しくやった相手ってことか。というか、拷問した相手を生かしておくんだ)

 果たして全員生きているのかどうか、今まで何人がマロウに遊ばれたのか。

(・・・怖くて聞けない)

 私は身震いし、愛想笑いを浮かべた。

「そいつが俺に協力的に動いてくれたおかげで、そのあとは問題なく契約を交わせたよ」

 自慢するという感じはなく、世間話のようにマロウが話す。

「きっちり売価20テールは回収して、残りも気づいていたようだから、今頃は回収済みだろうな」

 そうなることも計算のうちだろう。マロウが融通した20テールは、協力した高利貸しへの礼金というわけだ。きっと、ボーゼ男爵の借金返済には20テールしかあてられていないだろう。

(どこまで示し合わせてたんだろう・・・その場に居合わせたのも偶然なのかどうか)

 勘繰るだけならいくらでも想像できるが、当人には聞けなかった。

 聞かずに済むうちは知らないふりを続けようと、私は心に誓った。私がマロウの趣味を知っていることも、今はまだ知られるわけにはいかない。

 そんなマロウの成果が、今私の手元にある書類というわけだ。

 私は中身を確認するために、契約書を袋から取り出した。

 一枚ずつめくっていく。

 この内容は、速読せずにしっかりと読み込んでいった。

 一字一句、こちらが不利になるような文言がないか探していく。

 契約書は、ゼトアが用意してくれたものだ。だから、内容に不備はなかったと信じている。でも、署名をするときにボーゼ男爵が何か細工した可能性もゼロではない。

 どんな世界でも、取引は契約書がすべてだ。信頼の元での口約束であったとしても、交わした契約書が「正」となる。


 41歳だった私も、毎日のように契約書とにらめっこしていた。

 何度も、たった一文、たった一言で勝敗をひっくり返され、煮え湯を飲まされた。キャリアを積み、対応にも慣れたころにようやく姑息な手段に対抗できるだけの知識と感を手に入れた。自分が有益な立場で契約をつかみ取るための契約書のつくり方を理解し始めたところだった。

 そんな私が見ても、今手元にある契約書は、完璧だった。

 ボーゼ男爵はアスラ山のすべての権限を、契約書にサインした瞬間から手放し、所有権保持を一切進言できないことに同意したことになる。アスラ山の価値が今後どのように変化したとしても、この契約を無効であると主張する権限すら放棄すると、明記してある。契約書の内容すべてを把握したうえで署名をすることにも同意すると。この内容をボーゼ男爵が読んで理解したかどうかは、すでに問題にはならない。同意の旨の一文を自筆で書き、署名しているのだから。

「完璧だわ」

 私は高揚した気分のまま、言った。

 マロウが私をじっと見つめていたので、「何か問題が残ってる?」と聞いた。

「いや」マロウは苦笑する。

「最初から最後まで契約書に目を通す奴は珍しいと思ってな」

「そう?だって契約書よ。読んで確認しないと意味がないじゃない」

「確かにそうだが・・・たいていは重要な部分だけ抜粋して、あとは適当に流すだろう。作ったやつに説明を求めたりとかな」

「相手を信用するしないにかかわらず、現物を自分で読まないと納得できないじゃない。口頭で説明されたことを契約書が守ってはくれないから」

 そこまで言ってから、自分の発言が失言だったかもしれないと気が付いた。

「マロウやゼトアを信用していないってわけじゃないのよっ」

「分かってるさ。お前は契約書の効力を十分に理解しているってことだろ」

 マロウは私の慌てる様子に苦笑した。


 こういう時、マロウが私を子ども扱いしていると感じる。

 特に悪い気にはならない。

 私はもう、大人になりたくて背伸びをしたがる年齢ではないから。

 むしろ若作りしたいくらいだ。

「ミリア」の年相応の言動が出来れば、怪しまれ詮索される危険は回避できるだろう。

 こんな風に考える時点で、若者らしくないと気づかされる。

(じゃあ、若者って何?どんな感じ?)

 迷宮に迷い込んだかのように、私の頭はこの疑問に占領されていた。


 そういえばと、思い出す。

(若者って存在が宇宙人のように思えてたんだよね)

 毎年入社してくる新入社員。後輩が出来て嬉しいと思っていた最初の数年、お子様だからとあきらめてみたり、甘えるなと怒ってみたり、マザコンかとあきれてみたり。もうすぐ40歳という年齢を実感し始めたころには、彼らの言動が同じ人間とは思えずに、宇宙人だと思うことで逃避するように努力し始めた。

「めんどい」「だるい」「うざい」を連発されて、給料もらってるなら仕事しろと叱責すれば、「給料もらったってやりたくないことはできないっすよ」と笑いながら言われたことがある。それを聞いた同僚の男性が「じゃあ仕事にくるな!」と怒鳴ったら、翌朝、携帯のメッセージに「辞めます」と送られてきた。以降音信不通だ。あの時は、自分が怒鳴らなくてよかったと心底思った。あんなに簡単に辞めていくとはだれも思っていなかったのだ。そして、辞めさせた上司や先輩が悪者になる。

 能力の低い人間を教育するよりも、やる気のない人間を動かす方がはるかに時間と労力のロスだ。あまりにも非効率的な負担を、会社の上層部だけが理解していない。

 もちろん、やる気のある若者だってたくさんいる。必死で社会に適応しようと奮闘する姿は、うらやましいほどにキラキラと輝いている。

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