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12 執務室に呼ばれて(3)

 見た目よりも力強いハイルの手。

 細く長く、硬い。

 握られた部分が、熱い。

(熱い?)

 熱も感じられない体で、頭の中に、「熱い」という単語が浮かんだ。そのことに驚いた。

 どうしよう。

「こ」で始まる熱に頭がやられたのかもしれない。

(一目ぼれなんて、柄じゃないし)

「どこが治ったのだ」

 ハイルの険しい目が私をにらみつける。


 ああ、その険しい表情もまたカッコイイ。

 そう思う私は、きっとおかしくなっている。


「なぜガーゼも包帯も巻いていない。薬は塗っているのか」

「あー・・・」言葉に詰まる。

 包帯は、片手ではうまく巻けないし、夜にゼトアに巻いてもらっても、一日の間に緩んでくるから邪魔なのだ。本を読むにも邪魔だし、朝の腐った食事に包帯が汚れて、それを一日付けているもの生理的に受け付けない。

 結局、巻かない方がいいと結論付けた後は、ゼトアに何を言われても包帯は巻かなかった。

(薬も・・・)

「ないし」

 ぼそっと声に出てしまった言葉に、ハイルの表情は険しくなった。

「ない、と?どういうことだ」

 最後の言葉はコルテオに向けられたものだった。

 コルテオも状況が分からずに押し黙っている。

 まずかっただろうか。

 そういえば最初に私の手当てをしてくれたのは、コルテオに指示を受けたゼトアだった。

 もしや、仕事が全う出来ていないことへのお咎めがゼトアにいってしまうかもしれない。

 それはまずい!と、私は焦った。

「手当はちゃんと受けましたっ」どう言いつくろうべきか必死で考えながら、私は言う。焦って声が上ずってしまった。

「ただ、包帯も自分でうまく巻けないし、痛みも・・・なくなったし」

 ただちょっと治りが遅いだけ。自己治癒力が低いからだろう。その原因だって分かっているから、問題はないはずだ。

 ハイルの表情は一向に和らぐ気配がない。

「メイドは何をしている」

「え・・・メイド?」

 あの女たちが私に何かをしてくれるなんてあるわけがない。

 私の反応に、メイドが何もしていないのだと感じ取ったハイルが、コルテオを咎めるように呼んだ。

「すぐに手配いたします」

 コルテオが深々と頭を下げる。

「手配?」


 何を?メイドに?私の手当てをしろと言うってこと?


(冗談じゃない!)

 そんなことになれば、今日の夜の鞭打ちが長引くじゃないか。

 私は早く、マロウのところに行かなければいけないのに。

 今日はメイドたちの憂さ晴らしに付き合ってあげる時間の余裕はないのに。

「いりません!」気づけば、私は叫んでいた。「手当にメイドを使うなんて、その必要はありません」

 私は力任せにつかまれた腕を引き寄せた。

 思ったよりも容易くハイルの手が外れた。

「もう、本当に大丈夫です。痛みもないし、わざわざ手当なんてしなくてもいいです。したって変わらないから」

「きちんと処置しないと傷跡が残る」

「何をしても、変わりません」


 火傷の傷なんて、かわいいものだ。

(背中のあれに比べたら、うっすら皮膚が引きつったかんじになるだけだから。傷とも言えない程度よ)

 私は祈るように、ハイルを見上げた。

(お願い、私の邪魔をしないで)


 ハイルがあきらめたように息を吐いた。呆れているのかもしれない。

 それだって、どうでもいいことだ。

 私とハイル・ヴィスコスは、他人だ。血のつながりもなく、身分も違いすぎ、身を置く状況にも雲泥の差がある。ただ、だだっ広い宮殿の中で生活しているというだけで、普段廊下ですれ違うこともなく、人生の中での歩む道が交わることも、ない。それはこの先も同じだ。

 いずれ、このゆがんだ養子縁組もなくして、完全につながりを絶つつもりだから。

 どう思われたってかまわない。


 頭の中でそう言いつのる。

 胸の奥にわずかな痛みを感じた気がしたが、そんなはずはないと否定する。

 だって、私は「痛い」と感じることがないから。

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