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12 執務室に呼ばれて(2)

 着いた場所は、他の部屋よりも重厚感のある大きな扉の前だった。

(と・・・遠すぎ)

 私は息が上がっている。コルテオに歩くスピードが速く、3階まで階段を登り、ひたすらまっすぐ続く廊下を歩かされたのだ。しかも、昼間も歩きすぎて気を失ったのに。もう体力も限界に近かった。気を抜けば、また倒れてしまいそうな予感がするほどだ。

 コルテオは深く静かに息を吸い、目の前のドアをノックした。


(ちゃんとノックできるんじゃない!)


 やはり、「ミリア」に対してノックは必要ないという差別があるのだと思い知った。

(別にいいけどね)

 私にとっても、コルテオはどうでもいい存在だから。どう思われていても関係ない。

 

「ネブリオーレです」

 ドアに向かって、コルテオが声を張る。

「ミリアお嬢様をお連れしました」


「入れ」とドアの向こうから声がした。


 ああ、うっとりするほどイイ声だ。


 この扉の向こうに、ハイル・ヴィスコスがいる。

 そう思うと、緊張してきた。

 コルテオが丁寧な所作でドアを開け、一歩下がる。

 ゆっくりと、私は部屋の中に入っていった。


 木製の、大きな机を挟んで、書類に目をハイルが座っていた。机には細かな装飾が施され、いかにも高級感が漂う作りをしている。

 ハイルは書類をめくる手を止めて、顔を上げた。

 目が合った。

 ドキッとする。

 やはり、芸能人も含めて、今まで見たどんな人よりもかっこいいと思う。そんな人が画面の中ではなく、実際に動いて目の前にいるのが、不思議だった。現実感が持てなくて、つい無遠慮に見惚れてしまう。

 それなのに。

「ミリア」の体は、萎縮し、震え始めていた。

 バレないように。両手を握りしめる。


 なぜこんなにも、ハイル・ヴィスコスを恐れているのだろうか。

(まあ14歳の小娘が公爵閣下を前にしたら、萎縮するよね)

 決して相いれない雲の上の人間に見下ろされ、威圧されれば、だれだって震え上がるだろう。

 私は41年間生きてきて、それなりに成功を収めた社長やら、どこぞの先生やら、お国の機関に勤める高飛車なエリートやらと会って話す機会が何回もあったから。気安く話すことはできなくても、ふつうの会話を堂々とするくらいのはったりの対応はできる。

 年の功、というやつだ。

 ただ、私の意識とは反して震える体にいら立ってくる。

(ばれませんように)

 私はハイルの前に立ち、背筋を伸ばした。


「もういいのか」

 ハイルが声をかけてきた。

 聞きほれる美声に気持ちがうっとりとする。つい、ここがどこだか忘れそうになる。

 背後からコルテオの咳払いが聞こえて、ここがどこか思い出した。

(えっと、何を聞かれたんだ?)

「お体の調子はいかがかと旦那様が聞いておられます」

 コルテオが抑揚のない声で言った。


 体の調子は、いつでも最悪だ。

 そんな答えを言えるはずはない。


「倒れたと聞いたが」

 ハイルの言葉に、今日のことがすでに伝わっていたのだと知った。

 もしかしたら。

(私を部屋に運んでくれたのはゼトアじゃなくて、別のだれかだったのかも。ゼトアなら、きっと報告なんてせずにいてくれるだろうから。それに、マロウの補佐で今日は休みを取っているんだった)

 そろそろ二人は帰ってきているだろうか、私の思考が別の場所に飛んでいく。

「ミリア」とハイルに名を呼ばれて、意識を引き戻された。


(やだ、名前を呼ばれただけなのに)

 とくとくと、動き出す心臓に、体がそわそわし始める。ハイルと目が合えば、びくりと委縮する体だが、こうして少し離れた場所でこの空間に慣れてくると、気持ちと体が少しずつシンクロしていくのを感じた。

 でも、そんな感情の揺れ動きを知られるわけにはいかない。

 私はばれないようにすました顔を作ることに必死だった。

「お嬢様」コルテオに呼ばれる。その声にはとげが生えたように冷たくて、返事をせかされているようだった。

「大丈夫です」と私は答えた。何がどう大丈夫か、そんな説明は必要ないだろう。

(少しでも心配するそぶりを見せるくらいなら、こんな遠い場所まで歩かせるって、無神経じゃない)

 思っても、絶対に言えない抗議を、心の中で吐き捨てた。いくら顔がよくても、それだけですべての言動を許容できるわけではない。

「・・・火傷の傷はどうだ?」

(火傷?)

 聞かれてすぐにピンとは来なかった。

(ああ、そういえば、火傷したんだった)

 痛みもないから、忘れていた。つい手当も忘れて放置して、何度もマロウに怒られた。マロウもゼトアも、立場上、私の部屋に来ることはできないため手当は自分でするしかないのだ。メイドたちに頼むなんて、ありえないから。

 今はようやく、水ぶくれがひき、治り始めているように見える。

 私は自分の掌を見つめた。

 傷跡は、残るだろう。

(今更、傷が増えたってなにも変わらないし)

 幸い、顔にだけは傷がないから、見苦しさはないだろう。栄養失調でやつれた頬と潤いのない肌程度なら、だれにも迷惑はかけていない。

「もう治りました」

 私が言うと、ハイルが立ち上がった。

(何!?)

 驚いて固まった私に、ハイルが歩み寄ってくる。

 手をつかまれて、火傷の傷を確認された。

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