11 アスラ山(3)
ゼトアは黙ったまま、私を見つめてきた。
ゼトアを信じていいだろうか。
ゼトアのグレーのプレートに書かれた言葉を、信じてもいいのだろうか。
未来は変わる。青字の表記が入れば、簡単に手のひらを返されるだろう。
いつ裏切られるか分からない。
でも、私がこの「世界」で信じるしかないものは、プレートに書かれたことだけだ。
ゼトアのプレートには、変わらずに『ミリアの専属執事』という文字が記されている。
(今はまだ、大丈夫)
考えるべきは、ゼトアの信頼をどう得るかだ。
そのためには、手の内を見せるべきだと思った。
「アスラ山は、私にとって始まりの場所になる。ここから始めるの」
「何を」
「商売よ」
ゼトアは驚いたように目を見張った。
「私は商売がしたいの。お金を稼ぎたいの。自分の功績を形にするには、お金が一番でしょ」
「面白い発想ですね」
「そう?一番わかりやすいと思うけど。自己評価は誰も認めてくれない、他人の評価は偏見や嫉妬やエゴが混じって正当性がない。誰が見ても揺るぎない存在を示すにはお金が一番よ。お金があれば何でもできる、とは言えないけど。でも、お金がなければ何もできないわ」
「確かにその通りです。ですが、元来、貴族とはお金に執着を見せないものです」
「見せないようにしているだけよ。お金がなければ貴族も惨めになるわ。お金のために爵位だって売るくらいに、貴族こそお金に縋ってる」
ゼトアの目が、冷たく、淀んでいる。感情が見えない。でもここでひるんではいけない。私はゼトアの変化に気づかないふりをする。
「それに、私は貴族じゃないわ。この体に流れる血は、平民よ」
私の言葉に、ゼトアは我に返ったように「表情」を浮かべた。いつもの何を考えているか分からないが人当たりの良い笑みを浮かべる。
「お嬢様はこのヴィスコス公爵家の公女様ですよ」
「貴族名簿にミリアと載っているだけよ」
私の言葉に、ゼトアは次の言葉を思いつけず、黙ってしまった。
困らせている、と感じた。
だけど分かってほしい。私の望みは、
「私は、自分の名前が欲しいの。ミリア・ヴィスコスではない、ちゃんとした私の名前よ。私という存在を表してくれる名前が欲しい。そのためには、私の存在を認めさせないといけない。誰が見ても反論できない私の存在を表すために、一番わかりやすいのは、お金なの」
どんな世界でも、この定義は変わらないだろう。
「それでなぜ、アスラ山なのでしょう」
「アスラ山には、鉄鉱石が埋まってる」
予想外だっただろう。
突然の告白に、ゼトアも、黙って成り行きを聞いていたマロウも、驚きで体を硬直させていた。
私は地図を見下ろす。
アスラ山の上に浮かぶ小さなグレーのプレートには、確かに書かれている。
『鉄鉱石の埋蔵量は、国内、周辺諸国と比較をしても歴代1位である』
廃山と呼ばれる今は、だれも、この事実に気づいていないということだ。
今のうちにアスラ山を手に入れて、鉄鉱石を採掘できれば、
(がっつり儲けられるはず!)
電気もガスも水道もないこの「世界」では、産業もエネルギー開発も、私が知っている水準よりもはるかに低い。そんな時代であれば、鉄は、とても貴重だろう。鉄の利用方法も、今は主に武器に用いられている。鉄を制することは、武力を制すること、すなわち、国の防衛を制することだ。
その鉄の流通を手中にできれば、私も富豪の仲間入り間違い無いだろう。ヴィスコス公爵家だって怖くはない。
「そのような話は聞いたことがありません」
「でしょうね。まだ誰も知らないはずよ。だから、今なの」
ゼトアの表情は硬い。警戒が強くなっている。
(小娘の言うことなんて信じられないよね。証拠があるわけでもないし)
「私は確信してる。でも今、それを証明することはできない」
「確信する根拠をお聞かせ願えますか」
「・・・説明はできないの。なんて言えばいいかわからないから」
「お嬢様の中には、根拠があるのですね」
「あるわ」
グレーのプレートの表記に変更はない。だから、アルス山に鉄鉱石は必ず埋まっている。
「埋蔵量はどのくらいでしょう」
「多分、過去ダントツ一位かもね」
「・・・夢のあるお話ですね」
信じていない様子だ。でも、私を馬鹿にしている様子もない。
「それで・・・」ゼトアの目が私を見据えた。少し細められ、鋭さを滲ませる。
やはり、視線一つも計算された隙のない立ち振る舞いだ。
「私どもにその話をした理由は、なんでしょう」
信じてと言うには、私たちの関係は親密ではない。
公爵令嬢と使用人という身分があるから、対応が丁寧なだけだ。まだ、信頼関係など築けていない。
(信じてもらうために手を尽くすには、時間が足りない。すぐにでも行動に移さないと手遅れになる。なら、私が彼らを信じていると見せるのが最短だ)
「私はここから動けない。だから、代わりに動いてくれる人が必要なの」
「私どもを信じられると?私どものことを何も知らないのに」
ゼトアの言葉に、私は反応しないように努めた。口元の筋肉も動かないように・・・出来たかは分からないけど。
「ここで、私に与えられた選択肢は少ないの。でも、自分の判断に責任は持てるわ」
「情報を得た私が、横取りするとは思わないのですか?」
ゼトアの言葉に、マロウが身じろぐ。ゼトアは鋭い視線をマロウへ送り、黙らせた。
「お嬢様の判断を、お嬢様はどう責任を持たれるおつもりでしょう」
「これを」私はゼトアの前に金貨の詰まった布袋をさしだした。
「これで、アスラ山を買ってきて。方法は任せるわ。金額はさっき言った通り、50テールまで。もしそれ以上に必要なら100テールまでは使っていいわ」
だけど、私がゼトアに預ける金貨は、今持ってる全てだ。




