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11 アスラ山(2)

「お嬢様にとって、アスラ山には、何か価値あるものがあるのですね」

 ゼトアはそれ以上、聞いてこなかった。

「そう、どんなことをしてでも手に入れたい山よ」

 私の未来がかかっているのだ。

「欲しいのは所有権だけじゃなく、伐採、開拓、採掘、それに伴うアスラ山から得るすべての資材に関しての管理、開発、販売、流通、すべての権利を私だけが手に入れたいの」

 必要のないと思われる権利であっても、私以外の者がその権利を持つことを許容してはいけない。

「なるほど」

 ゼトアは顎に手をあて、思案するように目を細める。

「思いつく限りのすべての権利をボーゼ男爵に放棄させ、譲渡契約に署名させるのですね」

「ボーゼ男爵の家門は、もう燃えた後の灰同然よ。邸宅も差し押さえられていて、追い出される寸前のはず。今ボーゼ男爵の所有しているものは、着ている服とアスラ山くらいよ」

「詳しいですね」

 ゼトアの言葉に、しゃべりすぎたと、焦った。

 私はずっとこのヴィスコス公爵家の敷地から出ていない。社交場に出向くこともなければ、外部の人間と交流することもない、この館で働く使用人たちとですら言葉を交わすことがない。そんな私がボーゼ男爵の現状を正確に把握していることは、不自然だろう。

 さすがに何か勘繰られるかと思ったが、ゼトアは何も聞いてこなかった。

 聞いてこないからこそ、その魂胆が何も見えず、逆に怖さを感じてしまう。

「こちらからアスラ山を買いたいと申し出るのは危険ですね。価値のない山にお金を払うと聞けば、だれであっても勘繰るでしょう。自分の知らない金策が眠っていると。欲をかいて、突拍子もない額を吹っ掛けてくる可能性も大いにあります」

「今の正当な評価額はちゃんと支払うわ。でもそれ以上は払いたくない」

 できるだけお金は残したい。この後のアスラ山への投資額は、多いに越したことはないからだ。

「確かに、一回の食事代程度でもおつりがくる程度の山です。それ以上を払う必要もありません。・・・それ以上の価値があるとしても、それを教える必要もないでしょう」

「後から文句を言えないようにしておかないと」

「一般的に資産売却における情報開示義務は売主側に課せられます。義務と言っても、虚偽、偽造を抑止する程度のものです」

「買主側にはそれが適用されないのね」

「売主側が価値を見落としていれば、その時点で両者にとってはそこまでの価値に対する対価での売買が正当に成立するとされます」

 なるほど。この国の法整備は、私の知るレベルよりもずっと低いのかもしれない。法の抜け穴も、探しがいがあるほどだろう。

 また一つ、利用できそうな情報を得ることができた。

「今のアスラ山の妥当な価値はどのくらいかわかる?」

「せいぜい、30テールといったところでしょう」

「なら・・・」今、ボーゼ男爵が何を思っているかを考える。先の見えない崖っぷちで、買い手のつかない山をお金に換えられるとしたら、いくらで飛びつくか。

(出せる金額と、周囲から詮索されない程度の価値を考えると・・・)

「上限が50テール、それ以上は出したくない」

「なるほど」ゼトアがうなずく。

「買う理由はどうなさいますか?」

「ここ」私は地図上の別の地点を指さした。

「ソトビア山脈ですか」

「いずれここも手に入れる。それからこの、ヤコブ平野。ここも必要よ」

「・・・北部地方に興味がおありで?」

 ゼトアの言葉に、私は頷いた。


 エストアル帝国の北部に広がる一帯は、アスラ山を越え、広いヤコブ平野を抜け、ソトビア山脈を越えた先にある。1年の半分は雪に覆われ、雪解けからあたたかな季節は3か月ほど、そしてまた冬の季節に移っていく。人が暮らすには過酷な場所だ。だが、さらにその北には先住民の部族集落がいくつも点在している。中には古くから獣のように暮らす部族もいくつもあり、常に生存をかけた戦いが頻発している。彼らは魔物と称されるほどに潜在能力が高く、戦闘能力にも長けている。本能的に戦う遺伝子が深く刻まれているのだ。

 北部地方は、常に彼らとの戦いに直面している。エストアル帝国の皇室は、北部地方をおさめるスヴェルニーチィ公爵家に対して、外敵の侵入を完全阻止する責務を課している。その代わりに、皇室であろうと北部には勅命権を行使できない独立的な統治権を与えていた。北部独自の武力の保持も認めている。北部騎士団は皇帝ではなくスヴェルニーチェ公爵家当主に忠誠を誓っているのだ。それを皇室が公認していた。北部はいつでも帝国と皇室に牙を向けられるだけの独立的自治権と武力の両方をを持っているのだ。

(実際には、反旗をあげるだけの体力も余裕もないから、放って置かれてるだけだろうけどね)

 北部が中央都市に目を向けることは、現実的に無理がある。常に外敵との戦いに備え、戦い続け、雪で閉ざされる期間には食糧危機に直面する。雪のせいで耕作も開拓も進まないのだ。北部は食糧支援を皇室に頼らざるを得ない。だから、何があっても従うしかないのだ。生き残るために、どれほど強くても、膝をつき皇帝に請わねばならない。

(ストレス溜まってそう)

 そんな軽いものではないだろうけど。

 スヴェルニーチェ公爵が何を考えているかはわからない。社交界にも全く顔を出さず、北部から出たことはないという。それがスヴェルニーチェ公爵の皇帝への意思なのか、単に中央政治に興味がないだけなのか。

 確かなのは、皇子の生誕祭ですら出席しなくても許されるだけの地位を持っているということだ。

(皇室が手出しできないということは、ヴィスコス家も手出しできないということ)

 同じ公爵の爵位であれば、身分を口実に何かを仕掛けることもできないはずだ。

 逃げ込む場所としては、これほど好条件な土地はないと思った。

 ただし。

(雪国の生活なんて想像できない。生活環境も厳しいし、農産物も期待できない、土地としては過酷な場所のはず。皇室だって、その辺を計算したうえで独立統治を認めてるんだ。野放しにしても何もできないだろうって)

 土地は痩せ、雪に閉ざされる時期は何もできず、動けず、ただ耐えしのぐことしかできない。常に困窮している土地で生きるには、帝国からの食糧支援が必要不可欠なのだ。だから、どれだけの権限を持っていても、北部が皇室に反旗を翻ることはない。それが定説となっている。

 利用されていると分かっていても従うしかない。そんな状況の中で、北部に住む人たちは、帝国に対してどんな思いを抱いているのだろう。

(その辺は、領主が考えればいいことよね。私は自分のことで精一杯)

「とにかくお金を稼いで、北部の生活水準を底上げしたいの」

 いずれ自分が住むときに、少しでも快適な環境を作りたい。ただ、それだけだ。

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