10 レオルド・オブリス・サロン(3)
急いだほうがよさそうだと、感じた。
プレート通りの結果を経て、コインは16枚になる。
(よしっ、あと、2回で終わらせよう)
アスラ山を買い取り、次の一手を打てる資金だけあればいい。あまり稼ぎすぎると、正体を探られて、計画が潰されるかもしれないから。適度なところで勝ち逃げしないといけない。
「赤の17」
初めて数字を限定しての指示に、マロウにも緊張が走った。
「コイン14枚、賭けて」
手元に2枚を残す。
この2枚は、マロウに返すコインだ。これだけは賭けてはいけない。
周囲があからさまにざわついた。
私とマロウに好色な視線が寄せられる。
ルーレットが始まると、一瞬で静かになった。
玉が転がる音が、響く。
カタンッと音とともに、周囲からは歓声が上がった。
玉の落ちた場所は「赤」の「17」。
色と数字を限定してのあたりは、勝率は36倍。14コイン賭けた私たちは、504コインを手に入れたことになる。
「次で最後よ」
私はマロウにささやく。
「黒の1」
ディーラーが何やらテーブルの下で細工を施している。
でも、ルーレットが始まれば、必ず玉はどこかに落ちるのだ。すでに決まった未来は、いかさまをしたところで決まっている。プレートの表記が突然青字にならない限り、次は「黒」の「1」に玉は落ちるはずだ。
「ルーレットが回った瞬間に、500コイン賭けて」
私がささやけば、マロウはその通りにしてくれた。
周囲の視線は、ルーレットにくぎ付けになった。
周辺が静まり返る。からからと音を鳴らして玉が転がる。
玉が落ちたのは、「黒」の「1」。
歓声が、上がった。
ディーラーは驚愕の表情でマロウを見る。
隣に座る紳士が、マロウに声をかけてくるが、マロウは彼らを見ようともしなかった。
次の出方を私に問いかけるように、私を振り返った。
私は首を横に小さく振った。
目立ちすぎるのは危険だ。それに、目標の金額は稼げたから、ここで撤退するべきだ。
こういう場所で稼ぎすぎると、サロンのオーナーから粛清を受ける可能性が高くなる。欲をかけば、すべてを失う、表であっても裏であっても、賭博の世界はそういうものだ。
マロウは稼いだコインをかき寄せると、すべてを布袋に収め、立ち上がった。
「おいおい、勝ち逃げか」
周囲からのヤジが飛ぶ。
このまま帰せばきっと自分の首が飛ぶであろうディーラーが、慌てたように立ちふさがるが、マロウの鋭い視線にたじろいだ。一歩後ずさったその隙間をマロウは見逃さない。私の手を引き、ディーラーの脇を通り過ぎた。
ゼトアの姿も、すでにどこにもなかった。
「急ごう」
マロウの言葉に私は頷いた。
速足のマロウについていくのに、私はすぐに息が上がり、足がもたついてしまう。
それに気づいたマロウが、無言で、私を抱き上げた。片手で、まるで野菜でも抱えるように。
「ラディルの方が重いな」
マロウがにやりとした。
ラディルは、私が知る野菜でいうところの大根のような根野菜だ。失礼だと抗議したかったが、やめた。走れと言われても走れないから。
サロンを出てすぐに、マロウは建物の陰に身を潜ませた。周囲をうかがうと、サロンから数人の男たちが飛び出して、夜の闇の中にちりぢりに消えていく。私たちは息をひそめたまま、じっとしていた。ふいに人の気配がして振り返ると、そこには、いつの間にかゼトアが立っていた。
「首尾は上々のようですな」
ゼトアはマロウが抱える布袋のふくらみを見て、満足そうに笑んだ。
「しかし、お嬢様はいつあのような賭け方を覚えたのでしょうか」
興味深げに私を見る。
「本で読んだのよ」とごまかしてみたが、「公爵家所蔵の書物の中に、賭け事の指南書などあったでしょうか」と真面目な顔で聞き返された。本気で探ろうとしていないことは、顔を見れば分かる。ただ、私の反応を楽しんでいるだけだ。
「あ、そうだった」
私はマロウを見る。
「コイン2枚、出して」
布袋を指さして言った。
マロウは言われた通りに、コインを二枚、取り出して私に差し出した。
それを、私は手で遮り、
「約束の2枚よ」
そう言って、笑った。
マロウは目を見張り、口端をわずかに上げる。
「確かに」
そう言って、遠慮する様子もなく、2枚のコインをズボンのポケットに無造作にいれた。
「とりあえず今日のところは、公爵家に戻りましょう」
ゼトアは周囲に目を配りながら、歩き出した。
マロウは頷くと、また私を抱えあげてそのあとに続く。
せめて、公爵家の令嬢を野菜持ちする息子に注意をしてくれないだろうか。
私のひそかな願いは、だれにも気づいてもらえなかった。




