10 レオルド・オブリス・サロン(2)
アクシデントがあったらどうしようかという不安を抱えていたが、「レオルド・オブリス・サロン」の中には拍子抜けするほどすんなりと入ることができた。
あれほど渋っていたマロウも、いざ目的地を前にすると、堂々たる立ち振る舞いで私をエスコートしてくれた。私は二人に言われた通り、マスクで目元を隠し、扇で口元を隠し、一言も発することなく、マロウの横にぴったりと付き従っていた。
サロンの中は、大勢の人でにぎわっている。紳士の集まりとは思えない騒々しさだ。悔しそうなうめき声や叫び声も聞こえてくる。女性の甘ったるい声や、男性の耳障りな笑い声。そこかしこのテーブルで繰り広げられるカードゲームやルーレット。机の上でみだりに服をはだけさせる女性と、その女性に群がる男たち。
何も知らない少女が目にする光景ではなかった。
ただ、私は41歳の、いわゆるおばちゃんだ。
処女でも、夢見る乙女でもない。それなりに経験だってあるし、仕事上はセクハラ、モラハラ、パワハラをさんざん経験してきている。それをかわし、蹴散らし、出世の道を選び駆け上がっていたのだ。
私がしり込みすることなく、会場を物色するさまを、マロウが驚いた表情で見下ろしていた。
「・・・何?」
「いや、平気そうでなによりだ」
「まあ、ね。この程度なら驚かないわ。それより、何で賭けるか決めないと」
私は周囲を見回しながら、そこかしこで浮かぶプレートに目を凝らした。
予想通り、カードゲームでは相手の手札が表示されている。ただ、引くカードは選べないから、短時間で稼げるかどうかは分からない。ディーラーがいかさましているかどうかはすぐに見抜けるだろうが、だからと言って、希望額を稼ぐには私にもコツと経験が必要だ。
もっと簡単に、短時間で稼ぎたい。
(あれだ!)
ルーレットのテーブルに私は目を付けた。
放たれる小さな玉が、くるくると回り、その上に浮かぶプレートには「黒3」と表示された。
玉はその通りの場所に落ちて、ルーレットが止まる。
湧き上がる歓声と怒号。
また始まるゲーム。今度は「黒26」とプレートに表示される。そして、その場所に玉が落ちて、止まった。
「マロ・・・ロード、あれをやろう」
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
マロウから1テールコインを一枚、受け取った。
「これ、倍にして返すから」
「・・・無理するなよ。引き際が大事だからな」
「大丈夫だって。だから、私が言うように賭けてね」
マロウを席に座らせて、私はその後ろに立った。
周囲の男女もそのような立ち位置だったからだ。
男性が座り、女性を立たせるなんて、それだけでセクハラパワハラだと非難されるだろうに、ここでは当たり前の光景らしい。
ディーラーが玉を構える。
まずは、様子見で。
「赤、に賭けて」
マロウの耳元で私はささやく。
マロウは言われた通り、赤にコインを一枚、置いた。
玉はルーレットの中で回りながらスピードを落とし、「赤」の「9」に落ちた。
マロウのもとに、コインが2枚、戻ってくる。
「今度も赤よ」
口元を扇で隠したまま、私は言う。
マロウはまた、赤にコイン2枚を置いた。
結果は、「赤」の「17」。コインは4枚戻ってくる。
あまり長居はしないように、怪しまれないように。勝ち続けるのも危険だ。
「黒に4枚」
マロウは何も言わずに言うとおりにしてくれる。表情も変えないところはさすがと言える。
コインは8枚返ってきた。
「黒に4枚」
プレートに表示された次の結果は「赤」の「31」だ。
初めて外したマロウに、周囲は嘲笑う。田舎者がまぐれで当たっただけだと思っているようだ。
マロウが私を振り返った。
大丈夫、と私は頷く。
一度くらいは外しておいた方がいいのだ。
「黒に4枚」
残りのコインを賭けるように言う。
もの言いたげなマロウだったが、何も言わず、黒に手持ちのコインをすべて置いた。
玉が放たれた。
周囲は、ちらちらとマロウを見ている。外れることを期待しているのだ。だいたいの場合、一度外すと、幸運の女神に見放されたと思われる。このまま一人の男が転落していく様を楽しもうと、心が浮きだっている様子の周囲に、私の方が心の中で嘲笑う。
この先マロウが、負けることは一度もないからだ。
玉は「黒」の「22」に落ちた。
周囲は一瞬静まり、ひそひそとささやきあう声がした。
「次は赤よ」
マロウが私を振り返る。
「コイン8枚、全部赤に」
マロウはため息をつき、言われた通りに赤にコインを8枚置いた。
ここにきて、この賭けの指示を黒服の女がしていることに周囲は気づきだす。
少し、周囲がざわついてきた。




