表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/75

08 露わになる傷跡(6)

 背中に二人の視線が集中するのを感じた。

 私の背中に刻み込まれた傷跡が、何によってできたのかも、きっと想像できているだろう。

 その傷は、腰から足のふくらはぎまで続いている。

 長い間絶えず刻み込まれた傷跡は、一生消えることはない。


 ガシャンッと、割れ落ちる音がした。

 振り返ると、床に割れた食器や調理器具が散乱していた。

 マロウが手近にあったものを腕で払い落としたのだ。

「くそっ」

 マロウが怒りのこもった声で唸る。

 ゼトアが私の前に立ち、私の肌に触れないように、脱いだ寝巻を肩まで引き戻した。

「もう、十分です」

 そう言って、ボタンも丁寧にとめてくれた。

「愚息はまだ未熟なもので、騒がしくて申し訳ありません」

 ゼトアが苦笑する。だが、目は笑っていなかった。

 私は視線をそらす。

 何を言われても、居心地が悪いだけだ。

 そんな私の心情をゼトアは察してくれる。

「さて」と言い、一歩、下がった。

「気を取り直して、コーヒーを淹れていただけないでしょうか」

「えっ」

「あの香りを実際に味わう機会を失うことは、私にとっての多大な損失です」

 ゼトアは人のよさそうな笑みを浮かべた。


 お湯を沸かしなおす。

 ゼトアが鍋の持ち手に布を巻き付けてくれた。

 必要ないのにというと、困ったように苦笑された。

 丁寧に、集中して、コーヒーの粉にお湯を注いでいく。

 その作業を、ゼトアがじっと見つめてくる。

 マロウは、離れた場所から私の顔をじっと見つめていた。

 手元が震えないように、そのことだけに神経を注ぎ、私は二人の視線を意識しないように意識した。


 淹れたてのコーヒーをゼトアに渡すと、ゼトアは香りを十分に堪能し、ゆっくりとコーヒーを口に含んだ。

 目を見開き、まじまじと、手者とのカップの中を凝視する。

 その反応がマロウと同じで、おかしかった。

「信じられません、これが、あのコーヒーなのですか」

 こうやって誰かを驚かせられるのは、楽しい。

 私がうなずくと、ゼトアはもう一度「信じられない」とつぶやいた。

 ゼトアがまっすぐ私を見つめて、

「世の中にはまだまだ知らないことがあるものですな。お嬢様のおかげで、このゼトア、死ぬ前にこうして知ることができ、感謝申し上げます」

うやうやしく、頭を下げた。

「そんなっ、こんなのべつに大したものじゃないし、私に頭なんて下げないでっ」

 私はこの宮殿の中で誰よりも軽んじられている存在なのだから。

「何をおっしゃいます」

 ゼトアは大げさに驚愕した様子を見せる。

「このコーヒー一杯だけでも、十分に、私がお嬢様に敬意を払う理由になりますよ。それほどに、お嬢様の淹れてくださったコーヒーは素晴らしいものでした」

 コーヒーの香りと味を思い出すように、ゼトアは天井を見上げ、目を閉じ、深く息を吸い、吐き出す。


 ゼトアのその所作は演技じみていた。

 だけど、それでも嬉しくなった。

 大げさな言葉の中に、少しでも、コーヒーを気に入ってくれた気持ちが見えたから。

「ミリア」ではない、私を、認められたような気がして、嬉しかった。


 ピコンッ。

 音が鳴る。

 私にだけ聞こえる合図の音。


 ゼトアの頭上に浮かぶグレーのプレートに青字の文が追記された。


『ミリアがヴィスコス公爵家を出る時、マロウと共にヴィスコス公爵家での職を辞す。そして、ミリアと行動を共にし、ミリアの専属執事として仕えることとなる』


 驚いた。

 ゼトアの訝しむ視線にも気づかないほど、私はゼトアのグレーのプレートを凝視した。

 青字の文は、変化した未来。

 私の行動で変わっていく、私の未来。

(ヴィスコス公爵家を出る・・・)

 その部分にくぎ付けになった。


 私はここから、抜け出すことができるということ?


 この「世界」での未来に対して、初めて現実味を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ