08 露わになる傷跡(5)
「お嬢様」
ゼトアが気遣うような優しい声で呼ぶ。
「バカ息子が言った、痛みも、という言葉の意味を教えていただきたいのですが」
私の体が、びくりと震える。
「痛みを、感じないのですね」
断言するようなゼトアの言葉に、私は頷くしかなかった。
「先ほど私は、お嬢様に許可を頂き、触れさせていただきました。肩と、頬と、指先に触れたのに、気づかれましたか?」
「えっ・・・」
いつのことだろう。
(もしかして・・・目を閉じていた時?)
私は自分の左手で右手をさすってみた。
触っている、という認識はある。
「目視していると、触れている、触れられているという認識が頭で理解できるので今まで気づかなかったのかもしれません。ですが、お嬢様は」
ゼトアの手が、私の目を覆い隠す。
そして、その手をそっとどかした。
「お嬢様は、私がお嬢様の手に触れたことに、気づかれましたか?」
驚いて自分の手を見ると、確かにゼトアの手が私の手を包むように重ねられていた。
この体は、触覚すらも、失っているのか。
これはもう、人と呼べるのか。
「痛覚や触覚は、命を守るうえでとても重要な感覚です。お嬢様のように火傷をしても痛みを感じなければ、どれだけの損傷を受け、傷を負っても、気づかず、放置し、それが死に至る危険を高めていきます」
ゼトアの真剣な言葉に、私は目を見開いた。
正直、そこまでの考えには至らなかった。痛みがないことは、身も守ることだと思っていたから。感覚を失うことで、生き延びられているのだと分かっている。
「痛みを感じないことには気づいていましたか」
私は頷く。
「感覚がないのは、生まれた時からですか?」
聞かれても、分からない。その記述はプレートにはなかったから。
でも、たぶん。
「違う」
「では、痛みを感じないと気づいたのは、いつからでしょう」
そんなこと、知らない。
「・・・分からない」
「痛みのほかにも、失っている感覚が、あるのですね」
「・・・」
私はマロウを見る。
マロウはうなだれるように首を垂れていた。
「・・・味覚と、嗅覚」
ゼトアが息をのみ、ゆっくりを息を吐きだす。わずかな動揺を見せただけで、ゼトアは平常心を取り戻し、私を安心させるように穏やかに笑んだ。
「他に気づいていることはありますか」
「他・・・」
「熱さや冷たさといった温度感覚はありますか?」
あっ、と思った。確かに、
「・・・ないわ」
晴天の日差しの中、焚火をしても、汗一つかかなかった。熱せられた金網を握っていれば、痛みよりも先に熱さに気づくだろうが、火傷をするまで握っていたのだから、熱も感知できていないのだろう。
「味覚や嗅覚は、どの程度でしょう」
「・・・無味無臭よ」
「まったく感知できないのですね」
私は頷く。
ゼトアが深く息を吐く。
「感覚を失ったことに、その原因に心当たりはありますか?」
ある。
だが、それを言葉で説明するのは、正直嫌だった。
話していて平常心ではいられなくなりそうだったから。
泣き出してしまいそうだったから。
今だって、のどが震えてうまく言葉が出せないのに。
初めてこの「世界」で、何も感じていないことに気づいた時の恐怖を思い出すと、今でも叫びたくなる。自分を見失いそうになる。普通ならあって当然のものがないことが、こんなにも恐ろしいことだと初めて知った。そんな姿を誰かに見せたくはなかった。自分が何を言い出すのか、自分でも怖いのだ。
だけど。
何も言わずやり過ごすことはできそうにない。放っておいてと言ってしまうと、彼らを私が拒絶すれば、私はこの「厨房」を失うことになる。それも、できなかった。
私は無言のまま、今着ている寝巻の前ボタンをはずしていく。
見たら、分かってくれるだろうと、信じて。
「おいっ、なにを!」
慌てたようにマロウが私を止めようと手を伸ばすが、ゼトアに腕をつかまれ、動きを止められた。
4つほどボタンをはずし、私は服を肩から腰まで引き下げた。寝巻だから、脱ぐのは簡単だ。
14歳の「ミリア」の体は、やせ細っているためか胸も真っ平だ。幼女の体系を思わせる発育の遅れに、見せることへの羞恥心はなかった。あるのは、こんな粗末な体を見て気持ち悪がられるかもしれないという恐怖だ。
でも、もう引き返せない。
知られた事実の裏付けを見せることで、彼らは納得してくれるだろうか。




