08 露わになる傷跡(3)
(やっぱり居心地が悪い)
お湯を沸かしながら、私は背後から向けられるふたつの視線に体がかゆく感じていた。
ゼトアもマロウも、私のわずかな動作すら見逃さないという意気込みがひしひしと伝わってるのだ。
早くお湯が沸かないかと、私はじっと、まだ湯気も上がらない鍋の中を見つめていた。
「これは、昼間にお嬢様お作りになっていたものでしょうか」
「・・・そう、よ」
ぎこちない受け答えは仕方がないのだ。なれない立場と、ゼトアのグレーのプレートに書かれた『暗殺者』という過去の肩書のせいだ。
(だって、怖いじゃない。普通、怖いって)
「あそこでは何をなさっていたのですか?」
聞かれて、答えるべきかどうかを悩んだ。だけど、後ろめたいことではないし、隠す必要もないことだと思い、素直に話した。
「生のコーヒー豆を焙煎していたの」
「ばいせん?」
(あれ?)
焙煎、という言葉が通じないことに、びっくりした。
マロウも怪訝な表情を浮かべている。
この「世界」では、別の言い方があるのかもしれない。
「乾煎り・・・水分を飛ばしながら炒める、というか、焼くというか」
「なるほど。ですが、なぜ焚火で?フライパンで焼いてはだめなのですか?」
「火で焼くというより、炭火で加熱したかったし。豆に直接火を当てると、中に火が通る前に表面だけ焦げてしまうから。フライパンだと焼きむらができてしまうし」
「なるほど、なるほど」
ゼトアが感心したようにうなずく。
マロウも顎に手を当てて、真剣な表情で聞いていた。
ちょうどお湯が沸いたので、鍋を持とうと手を伸ばすと、ゼトアに腕を軽くつかまれた。
「私がお持ちいたしましょう。持ち手もかなり熱くなっているでしょうから」
火傷の心配をしてくれているようだ。
「大丈夫。さっきも持ったし」
そういうと、ゼトアは表情を険しくさせた。
マロウをぎろりとにらみつけ、
「お前は一体何をやっているんだ」
厳しい口調でマロウに詰め寄った。
「お嬢様にまた火傷を負わせる気かっ」
マロウの視線が、私の右手に注がれた。
マロウが怒っているように感じる。私はなぜか、叱られる子供のような気持になった。
「そもそも、あの金網では、火にかざせば持ち手が熱くなることくらい分かるだろう」
ゼトアの口調はさらに厳しくなっていく。
これはまずい、と感じた。
マロウは何も悪くないのだと、ちゃんと分かってもらわないと。
マロウとの厨房でのわずかな時間を失うかもしれないという思いが、私を焦らせる。
「私が作ってとお願いしたのっ、あの金網も私が選んだの」
「だとしても、です。そこから引き起こされる結果は予測すべきでした」
「でも、火を使うって私は言わなかったし。どうなるかなんて、マロウには分からなかったわっ」
「可能性を予測し、事前に対処することも私どもの仕事ですよ、お嬢様。今回の件は、十分に予測できることでした。それを怠った愚息の責任です」
「でもっ」
「今も痛みが続いているでしょう」
ゼトアが私にやさしく問いかける。
「新しく包帯を巻きなおした方がよさそうですね」
「別に、痛くないわ」
これ以上マロウが悪く言われるのが我慢できなくて、言った。本当に痛くはないし。
「痛く、ないですと?」
「これくらい、大したことないし」
傷の深さでいえば、背中の傷の方がずっと重症だ。ただ掌を少し火傷しただけなら、まかれた包帯でうまくものをつかみづらくなることの方が私には問題だった。
ゼトアが押し黙ってしまったので、不安になる。
何かまずいことを言っただろうかと。
マロウも、何も言わない。
「傷口を見せていただいてもよろしいですか」
ゼトアが聞いてくる。
だが、私の腕をとり、否、とは言えない空気だった。
私がうなずくのを待って、ゼトアが慎重に、包帯を外していった。
私の掌には、まだ消えない火傷の跡が縦に一本伸びていた。
それに沿うように水ぶくれができていた。
水ぶくれができるなら、傷は深いが重傷とまではいかないだろうと、私は安堵した。
だが、ゼトアたちは違うようだ。さらに深刻そうな表情を深めていた。
「痛みがないのですか」
「そうね。だから大したことないでしょう」
「・・・火傷において、痛みを感じないというのは重症度が極めて高い場合です。神経まで損傷しているために痛みを感じなくなるのです」
ゼトアが私の目を見つめる。
「お嬢様の火傷は、軽度とは言えませんが、神経を損傷するほどの重傷とも言えないので」
ゼトアが言い淀む。
痛みがないといったことがまずかったと、気が付いた。だが、なかったことにできる様子ではない。
ゼトアのまっすぐ見つめてくる視線から、目をそらせなかった。




