08 露わになる傷跡(2)
淹れ終わったコーヒーを、マロウに差し出した。
「これがコーヒーよ」
さあ、飲んでみて。
マロウはカップと、私を見比べて、カップを受け取る。
カップの中のコーヒーは、色はマロウの淹れたコーヒーと同じだが、香も味も全く別物のはずだ。
マロウはゆっくりとコーヒーを口に含み、目を見開いた。
(よしっ)
私は思わずガッツポーズをする。
この達成感は、久しぶりだった。
「これが、あのコーヒーなのか」
信じられないといった様子で、またひと口飲んだ。
「ね、コーヒーは、おいしでしょう」
私の言葉に、マロウが唸る。
私は笑った。
今日は、楽しいと思える日になった。
これで一日が終わったなら、きっと明日の朝は、気持ちのいい寝覚めになるかもしれない。
そう思った。
それなのに。
突然、厨房のドアが開かれ、私の体は硬直する。
深夜のマロウとの時間に、誰かがやってくるのは初めてだった。
この宮殿の中で、私に悪意を向けない人はマロウしかいないから。
突然襲い掛かる恐怖と警戒心。
マロウが一歩、私の前に踏み出した。
「おやじっ」
マロウの驚く声に、私も驚いて開かれたドアドアを見る。
厨房の入口に姿を現したのは、ゼトアだった。
やっぱり、二人は親子だったのだ。
ゼトアは私を見つけて、目を細め、やわらかい笑みを浮かべた。
それが本当の笑顔ではない気がして、安心はできない。
「やはりこちらにいらっしゃいましたか」
そう言って厨房へと入り込み、静かにドアを閉める。
周囲を見回し、厨房の中に私とマロウの二人しかいないことを確かめる。
「こんな遅い時間まで出歩いては、明日に響きますよ、お嬢様」
深夜にも関わらず、着ている衣服に寸分の乱れもない。ゼトアの装いは完璧だ。
「それにしても、何の香りでしょうか」
ゼトアが周囲に視線を巡らせ、鼻を鳴らす。
視線が、マロウの持つカップで止まった。
マロウはもういつもの冷静な様子に戻り、味わうようにコーヒーをすすった。
まるでゼトアに見せつけるように。
無言の二人に挟まれて、私は居心地が悪くなる。
何か言ってよ、とマロウを見るが、マロウは答える気はないようだった。
(えっ、仲が悪い感じ!?)
勘弁してくれと思う。
マロウの視線が私に向けられて、無言の視線は説明を催促しているようだった。親子なのだから自分で答えればいいのに、なぜ私にいわせようとするのだ。
少し、抵抗するように黙っていた私だったが、二人からの圧に、耐え切れなくなった。
「えっと・・・コーヒーを、淹れたの」
私はゼトアに敬語を使わない。昼間、ゼトアに言われたからだ。「公爵家のご令嬢が、使用人に対して敬語を使ってはなりません。お立場に沿った言葉をお使いになる必要があります」
真面目な顔でたしなめられた。
私を公爵家の令嬢として対応する人は、ゼトアが初めてだった。冷やかしでもなく、嫌みもなく、当然のことのようにゼトアは言った。「ミリア」よりも、「私」よりも年上のゼトアに対して、敬語を使わずに話すことは勇気が必要だったが、素直に聞き入れることが「ここ」では正解だと感じた。だから、ぎこちないなりに、令嬢らしい振る舞いをする努力をしているのだ。
「コーヒー・・・ですか」
ゼトアが驚いたように言う。
「私の知っているコーヒーとは香りが違うようですが」
ゼトアの言葉に、マロウが薄く笑った。
その挑発するような態度に、さすがに私はマロウをにらんだ。
だが、マロウは素知らぬ顔をしている。
ゼトアが私をじっと見つめてくる。その視線は、どこか今までとは違う感じがする。
もしかして。
「・・・コーヒーを、淹れようか?」
私の言葉に、ゼトアは「是非」と即答した。




