07 ヴィスコス公爵家の当主(2)
そして私は、焚火の前に座り込んでいるのだ。
人目を避けるように敷地の日陰を横切り、豪華絢爛な庭園をしり目に、公爵家の敷地を守る高くそびえたつ塀を目指した。そこまで隅に外れれば、だれにも会わずに済むだろうと思ったのだが、私の体力はそこまで続かず、すぐに断念してしまった。
歩いても歩いても、塀に近づけなかったのだ。サイズの小さい靴は歩きづらいし、舗装されていない道はデコボコしていてすぐ躓いてしまう。これ以上歩けないとあきらめた場所で、人の気配を探した。左右見回しても、人影はない。誰かが近づいてくる気配もない。幸いにも足元は土がむき出しの平面だ。奥へと続く土の道がどこにつながっているかは分からない。だが、そのすぐわきには高さにばらつきのある草が伸び放題で、手入れがされている様子はない。だから、だれも来ないだろうと結論づけた。
抱えていた荷物を地面に下す。
はるか昔の林間学校の時の記憶を探りながら、持ってきた薪を組んだ。
火打石を扱うのは初めてだったが、だれでも簡単に火を付けられる、とマロウが言っていたので、言われたとおりに二つの石をこすり合わせてみた。確かに、簡単に火がつけられた。私の知っている火打石とは違うもののようだ。
焚火の火は燃え上がり、薪が炭に変化し始めると、燃え盛る火は低く縮む。だが、燃え続けている炭のおかげで、十分に熱を放っていた。
(いい感じ)
私は金網を焚火の上にかざす。
絶えず小刻みに降らしながら、コーヒー豆を炒っていった。
火にコーヒー豆を近づけると、すぐに表面だけが焦げてしまう。それでは、昨日のマロウと同じだ。じっくりと、中まで火が通るように、全体に均等に焦げ目がつくように。私は手元に集中し、視線はコーヒー豆の一粒一粒にいきわたらせて、金網を揺らしてはひっくり返していく。
次第に、豆全体が茶色くなり始めた。深い焦げ茶色になったころ、ぱちぱちとはぜる音がし始めた。
(きた!)
豆がはぜる音は、火が中まで通った合図だ。
はぜる音がやんだらすぐに、火から豆を下ろさないといけない。
私は息をひそめて、耳を澄ましていた。
(あと少しかな)
ぱちぱちと鳴っていた音に、間隔が開き始めた。
私は次の手順を考えていた。
火からおろしたコーヒー豆は、すぐに冷やさなければならない。豆の中の熱が、火からおろした後も焙煎を進めてしまうからだ。一番いい状態のコーヒー豆を保持するためには、豆自体を風に当て、熱を下げる必要があるのだ。
実家が喫茶店だという新卒の部下から、昔聞いた話を思いだしたのだ。
(そろそろいいかな)
金網の中のコーヒー豆の状態を覗き込んでいたら、ふいに、腕をつかまれた。
そのまま腕を引かれて、私は金網を取り落とし、バランスを崩して倒れこんだ。
一体何事だ。
いまだに私の腕をつかんでいる手、腕から顔へと、視線を移す。
そこには、険しい表情で私を見下ろす壮年の男がいた。
(やばいっ)
私の体が硬直する。
男の顔から目が離せなかった。
(めちゃくちゃカッコイイ!)
息が止まるほどの衝撃を受けた。
この感覚を、昔、味わったことがある。
映画館でスクリーンに映るハリウッドスターを見た時と同じだ。
あの時のレオ様は、かっこよすぎた。
声も出せずただ見上げるだけの私に、男は怪訝そうに眼を細めた。
そんな姿もカッコイイ。
「ミリア」
名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる。
だけど。
(あれ?)
何かがおかしい。
胸はドキドキと波打っているが、以前アロルドを前にして感じた高揚感がなかった。
反対に、体は何かにおびえたように硬直している。
頭の中だけが、大好きな芸能人を目の前にした少女のように、浮きだっていた。
心と体と頭が、ばらばらなのだ。
「ここで何をしている」
聞かれても、答えられない。喉が震えて、声が出せないのだ。
男の頭上にあるだろうプレートを確認したかったけど、男から視線をそらせなかった。
「答えなさい」
厳しい口調で命令されて、私の体がびくりと震えた。
私はうつむき、
「コーヒーを・・・作ろうと思って」
消え入るような声で、ようやく答えた。
男が、地面に転がっている金網を、ちらりとみる。
そして、つかんでいた私の手首を軽くひねった。
私の掌を見て、表情をさらに険しくさせた。
私も自分の掌を見て、ようやくその意味に気づいた。
持ち手も鉄でできた金網は、熱することで全体が熱くなり、私は掌にやけどを負っていたようだ。縦に一本、赤い線がくっきりとついている。
男の手が緩んだ瞬間に、私は火傷を負った手を引き寄せ、隠すように背中に手をまわした。




