06 深夜の厨房(1)
毎日繰り返される虐待以外は、平穏な日々が続いていた。
誰に会うこともなく、一日、部屋に閉じこもり、人気を避けて書庫に忍び込む。
息をひそめて、暗がりで、ひたすら本を読み漁った。
おかげで、私の「本棚」は本だらけだ。
情報が蓄積されていく実感に、満足感と達成感も増していく。
最近思うのは、私の「設定」機能にはどれだけのメモリが用意されているのかということだ。キャパシティが分からないから、とりあえず情報を詰め込んでいるが、どこかで限界を迎えるのだろうか。
(まあ、そうなったときに整理すればいいか)
今日も、鞭打ちというメイドたちの恒例行事が終わった後の静かな室内で、私は動き出す。
深夜の人気のない時間帯に、宮廷内の探検をするのだ。
といっても、「ミリア」の体は極端に体力がないため、短い時間しか歩き回れない。だから、思うように探検は進展しないのだが、それでも少しずつ、建物の構造も分かってきた。
部屋を出る前に喉をうるおそうとサイドテーブルに置かれた水差しに手を伸ばして、やめた。
暗闇でもわかる濁った水だ。
味もにおいも分からないといっても、気分的に飲みたいとは思えない。
水分補給も、極力必要最低限に抑えている。理由は、部屋にトイレがないからだ部屋の外にもトイレは見当たらない。
(壺にだすとか、ありえない)
この「世界」のライフラインが、自分の知っている社会とあまりにもかけ離れているために、不便を通り越して絶望すら感じてしまう。
今のところわずかな水分と腐った食事で何とか生き延びているから、このまま維持しても問題ないと判断していた。
ゆっくりと慎重に廊下へと続くドアを開ける。
ギギッと音がして、体がこわばった。
少しの間じっと耳を澄ます。特に誰かが近づいてくる気配はない。ようやく息を吐き、私は廊下へ出た。
素足のままだ。
「ミリア」は靴を一足持っている。少しきつさを感じるその靴は、かかとやつま先が痛んですり減っている。サイズも小さい。履けばきつくて足が痛くなるだろうが、この体は痛みを感じないからそこは大した問題ではなかった。履かない理由は、足音だった。靴を履いて歩けば足音が消せなくなる。静まり返った館では、わずかな足音も響いてしまう。私が夜、部屋を出て徘徊していることを知られるわけにはいかないから、あえて靴を履かないのだ。
ひたひたと、それでも消せない足音が、暗い廊下にかすかに響く。
薄い光をまとうプレートを見上げながら、今日はどこへ向かってみようかと考えた。
ふいに、プレートに表示された『厨房』という表記に目を奪われた。進んでいた足が止まる。
興味がわいた。
毎日マレンダが運んでくる腐った食事を作っている場所。
どうやって毎日準備をしているのか、気になっていたのだ。
この時間であれば、さすがに誰もいないだろう。
明日の仕込みも終えて、厨房はひっそりと、朝を待っているに違いない。
私は速度を上げて歩き出す。プレートには厨房への道順を示す矢印が表示されるようになった。
廊下を進み、階段を降り、建物の一階の奥まった場所へたどり着く。
木製の観音開きのドアが現れた。
プレートには『厨房』と書かれている。
ここに違いない。
ドキドキした。
普段であれば見て回ることはあっても、部屋のドアを開けることはしない。中に誰かがいるかもしれない危険は冒さないようにしてきた。だけど、ここは、覗きたかった。好奇心に勝てずに、そっと、私は手を伸ばす。
ギギッと軋む音とともに、ドアがゆっくりと開く。
暗い室内を思い描いていたが、予想外に、室内には本槍とした明かりが灯っていた。
(しまった!誰かいる!)
もう後戻りできず、私の体は硬直した。




